第十一話 「許さない」
ヴェスペル家で送る新婚生活が始まって数ヶ月が経ったある日のこと
「レオヴァルド、話したいことがあるんだけど…」
「なんだ?」
「あのね…その…できちゃったっぽいんだよね…」
「なにがだ?」
これはレオヴァルドなりのおふざけなどではなく本当に天然故の疑問だ。
するとフェリシアは耳を斜めらせて顔を赤くして言った。
「こ、子供…」
「!!エルフは孕みにくいというのに良くやったフェリシア!」
「う、うん…レオヴァルド恥ずかしげもなくそういうこというよね。」
「どういうことだ?」
「もーー!言わせないで!!」
レオヴァルドの背中をフェリシアがポカポカ叩く。その光景を見た使用人達は微笑ましい顔をしていたとか。
フェリシアが妊娠し近衛騎士団の副団長は長期休暇となった。
背中を預ける相手がいなくなったレオヴァルドは少し弱くなった…ということもなく今日も剣を振り続けている。
「フン!フン!フン!」
「団長…」
「ん?、なんだ?」
レオヴァルドが一人で鍛錬をしているとそこに近衛騎士の新兵が現れる。見るからに弱腰で剣を持ったら剣に持たれそうな感じの青年だ。
「奥さん…副団長がいなくなってからというもののどこか鍛錬が激しくなっておられませんか?」
「当たり前だ。俺はヴェスペル家を…フェリシアを守ることが役目だからな。強くならねばならぬ。」
新兵は質問したことが失礼だったと自負し「失礼します」と言いその場を去った。
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10ヶ月が経過しフェリシアは臨月に入ったあれだけ細かった腹も今では大きくなりもう少女とは言わせないと言わんばかりだ。
鍛錬を終えたレオヴァルドはフェリシアの元に来ていた。
「十月十日と言うが本当だったのだな」
「ふふ。そうだね。もう今日にでも産まれちゃうかな?」
「だといいな」
「あっ!名前!名前考えた?」
「ああ。」
「もう!最初に教えてよね!私が忘れてたらどうしたの!」
「すまん」
「それでいいの。で、私たちの子供につける名前は?女の子だからね!」
「ああ。分かっている。俺たちの子供の名前は"アウロナ"だ。」
名前を決めた3日後"アウロナ・ヴェスペル"が誕生した。
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アウロナが誕生してから2ヶ月後近衛騎士団に副団長フェリシア・ヴェスペルが復帰した。
「フェリシア、アウロナは大丈夫なのか?一人にしていいのか?」
「もう!アウロナに対してはすごく心配性なんだから!私には全然してくれないくせに!」
「フェリシアは強いだろう。」
「そうだけど!」
フェリシアが長い耳をピンと立てて頬をプクーっと膨らませながらレオヴァルドの背中をポカポカ叩いている。これはアスフェリア王国近衛騎士団名物である団長いちゃつきタイムである。目にしたものの一人は心が浄化されたりあるものはレオヴァルドに嫉妬したり。そんな騎士団の日常が今日帰ってきた。
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フェリシア復帰日の任務はアスフェリア王国のある廃村での魔物退治だ。
レオヴァルドが馬に騎乗しながら情報係に聞く
「詳細は?」
「1ヶ月前に通報があり数名を派遣。しかし誰一人帰還せず行方不明。そこでレオヴァルド様とフェリシア様でございます。」
「ふん…フェリシアはまだ体調が優れないのだぞ…」
「そんなことないから!私久しぶりに剣が振れてとても楽しいの!!」
フェリシアがレオヴァルドの嫌味に似た心配を塞ぐように言葉を重ねて情報係にフォローを入れた。
「フェリシア…死ぬなよ。」
「もう何言ってるの!私は近衛騎士団副団長だよ?」
「そうだな…」
レオヴァルドの心のうちにはどこか嫌な予感がしていた…
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「くっ!死ね!!」
苦戦。否、乱戦である。
実際に村に着くと襲ってきたのは魔族ではなく人間でありその数は膨大でありそれぞれが魔術が組み込まれた武器を有していた。しかしそれだけに留まらず仲間割れが起きたのだ。そして今レオヴァルドが斬ったのは近衛騎士の一人である。
「なんだこれは…」
あるところから喧嘩が起きあるところから仲間割れが起きあるところから乱戦が始まった。それ故現在レオヴァルドの敵はここら一帯の全てとなっている。
正直レオヴァルドは魔術を使えば剣を使わずともここら一帯を焼き尽くすことができる。しかしそれをしない理由–
「フェリシア…!どこだ!」
レオヴァルドは最初分断された時からフェリシアの行方が分からなくなっていた。
その時レオヴァルドに数名の近衛騎士と魔術武器を持った人間が襲いかかってくる。皆口々に喋り出すがその内容は同一のもので
「死ねぇぇぇぇ!!!」
「お前らが死ね!!!」
レオヴァルドはそれにすぐに対応し一刀で全ての敵対者を斬り捨てた。
「フェリシア!!」
そう叫んだレオヴァルドの元に再び人が来る。だが今回は今までとは雰囲気が違った。相対しているとすぐにでも斬りかかりたい。殴りたい。蹴りたい。殺したい。そんな剣士にあるまじき感情が隠し切れないほど溢れてくる。
「お前…誰だ殺してやる。」
「俺は、終焉の四騎士の戦争。アンタレス・アレイスだ。」
空気が揺らいだ。言葉のあやではなく本当に。レオヴァルドの殺気が爆発してアンタレスに飛びかかる。
「四騎士は殺す!!」
「ハッ!こいよ龍族!!」
アンタレスはそう言うと何処から出したかも分からない程長い槍を構えた。リーチはレオヴァルドの数倍だ。そしてその槍を剣のように振ってくる。
「バカめこんなものは当たらぬ。ハアッ!!」
レオヴァルドは跳躍していたも容易くアンタレスの攻撃を避け攻撃しにいく。
しかし、
「甘いな龍族。」
瞬間。槍の刃から何本もの槍が生え累計8本がレオヴァルドに深々と刺さる…
「当たらん」
「おぉ!これを避けたやつはお前で3人目だ!!お前もなんかの加護持ちかぁ?」
次は地面から槍が生えその槍がしなり曲がって全ての槍の切先がレオヴァルドを向き命を刈り取りにくる。
「当たらん」
レオヴァルドはその全てを叩き落とし死角からの槍も叩き落とし無傷だった。
それを見たアンタレスは顎に手を当てて考え出した。
「……予見の加護か?」
「!!」
「空気が揺らいだな!!正解っぽいなァァァ!!!」
今度は槍を空中から発生させレオヴァルドを狙う。
「フン…当たら…!?」
アンタレスがいやらしく口角を上げる。
そして–
「がっ!!は…」
14本の槍は全てレオヴァルドを捉えて体を貫いていた。そのうちの3本が左手の同一の場所を捉え左手がボトリと落ちる。
そのうちの一本が両膝を貫きレオヴァルドは立てなくなった。
そのうちの一本がレオヴァルドの腹を貫きおびただしい量の出血をさせる。
「な…ぜ予見が…」
「加護に頼り過ぎは良くねぇってことだよ。団長さんよ。」
アンタレスは勝ち誇った顔をしてレオヴァルドを見下す。そして歩けなくなり這うことも難しくなったレオヴァルドに槍の切先を向けた。
「加護が無くなった途端羽をもがれた鳥じゃねぇか。近衛騎士最強の騎士なんて名ばかりか?まあいいや死ね。」
槍がレオヴァルドの脳天に向かって突かれる…
「!?」
槍の切先がレオヴァルドの額に入ろうとする瞬間突如アンタレスが持つ槍が折れて砕け散った。
そしてアンタレスに立ちはだかる女がレオヴァルドの前に立つ。
「レオヴァルド、やっと見つけた。」
それはアスフェリア王国近衛騎士団副団長,フェリシア・ヴェスペルだった。
「俺の槍を折るとかヤベェなお前。誰だ?」
「アスフェリア王国近衛騎士団副団長。そして団長レオヴァルドの妻、フェリシア・ヴェスペルよ」
フェリシアはそう言うと騎士剣を構えた。
対するアンタレスはそれを聞くと醜く笑って何処か分からぬところから新しい槍を取り出すと構えた。
「終焉の四騎士の戦争。アンタレス・アレイス。」
「何、笑ってるの。」
「さあな。じきにわかるさ」
アンタレスは悪魔のように笑っておりそのままそこから動かない。フェリシアは異変を感じ後ろを向こうとした。その時–
フェリシアの胸から赤色の物体が飛び出した。その物体が出てきた箇所は心臓の位置でありそこから血が溢れ出してくる。フェリシアは口からも吐血すると恐る恐る背後を見る。自分を刺した者の顔を。
「え…」
「…死ね。」
フェリシアの胸を貫いたのはレオヴァルドだった…
レオヴァルドの表情にはまるで人間味がなくあるのは濃厚な殺意だ。自分の妻に対する。
フェリシアはレオヴァルドに意識を向けアンタレスから意識を切っていた。その一瞬でアンタレスは槍を4本飛ばしフェリシアの両膝、そして腕の腱に突き立てた。
「がっ!!ぐ…」
フェリシアはなすすべなく倒れる。そして無防備になったフェリシアにレオヴァルドが騎士剣を持って近づく。
「や、やめゴフッ!レオ…ヴァルどォッ、!」
レオヴァルドは無言でフェリシアの喉に騎士剣を突き立てた。それによりフェリシアは呼吸が封じられ声も出せなくなった。
「…!!…!!!!!」
「自分の旦那に殺される。最高におもしろいなァ。これが戦争ってやつだよ!!!!殺戮!!殺傷!!命奪!!」
「ーー…!………」
フェリシア・ヴェスペルは旦那に心臓を突かれ喉も斬り潰されて結局何も言えず死んだ。
「クハッ…」
アンタレスがそう笑うとレオヴァルドに"何か"をした。
その瞬間レオヴァルドに正常な意識が戻り目の前の惨状を目の当たりにする。
「フェリシア…?おい!しっかりしろ!死ぬな!!」
レオヴァルドはフェリシアの体を激しく揺さぶる。しかしとっくに命の灯火が消えたフェリシアからの返答は何もない。
「死ぬなァ?お前が殺したんだろうがよ!!!グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
アンタレスが爆笑して地面を転げ回る。すると黒いズボンはみるみるうちに茶色く染まり金色の鎧もところどころ茶に染まった。
するとレオヴァルドに抜け落ちた記憶が時間差で戻り自分がしてしまった罪を自覚する。そしてレオヴァルドはブチ切れる。
「貴様ァァァァァ!!!!!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
「そうだよそれでいいんだよ!戦争とは殺意をぶつけ合う場なんだよ!来い!!」
「ガァァァ!!!!」
雄叫びを上げるとレオヴァルドが突っ込む。そこに策は何もない。
「学習してるよな?」
そう言いながらアンタレスは槍を10本飛ばす。
そしてその槍の全てはレオヴァルドに刺さりレオヴァルドを貫く。だが
「ガァァァ!!!!」
槍によって開いた穴が瞬時に再生しレオヴァルドは少しも減速せずアンタレスに向かっていく。
「素晴らしいな!!龍族の血が覚醒でもしたかァ!!!???」
「ァァァ!!!」
レオヴァルドが騎士剣を振りアンタレスはそれを槍で受ける。
「良い動きだ!!たが甘い!!」
アンタレスはガラ空きのレオヴァルドの腹を足で蹴り抜き吹き飛ばした。
「ガァァァァァ!!!!」
次の瞬間レオヴァルドの背中から制服を突き破り翼が生えた。そして吹き飛ばされ壁に激突するのを待たずして翼で勢いを殺しアンタレスに突っ込む。翼での加速によりそのスピードは常軌を逸している。
「おぉぉ!!見えねぇぇぇ!!…ゴハァア!!」
翼で加速したレオヴァルドはそのままアンタレスに突っ込みアンタレスの腹にレオヴァルドの体当たりがモロに入る。アンタレスはそれによって吹き飛ぶ…だがレオヴァルドはアンタレスが壁に激突する前にアンタレスの背後に着き背中に強烈な蹴りを入れアンタレスを上空に吹き飛ばした。
「グォォォ!!」
そして再びアンタレスの背後に着き今度は地面に向かって蹴り飛ばした。
「ガァッッ!!」
その繰り返し。
アンタレスは地面ギリギリと空中を往復させられる。
そして回を増すごとにレオヴァルドのスピードはどんどん上がっていく。だがアンタレスがそれに対応し始める。
「ここだろぉがァァァァァ!!」
アンタレスはレオヴァルドの蹴りを受け止めレオヴァルドを蹴り、上空に吹き飛ばす
「グゥゥゥ!」
レオヴァルドが翼で滑空しようとするとそこに槍が現れ翼を貫き、翼を失ったレオヴァルドはそのまま墜落してゆく。
「ゴハァア!!」
落下の大ダメージを負ったレオヴァルドは再生力が落ちてきていたこともあり少しの間動くことが出来なくなった。
「ふう…急に速くなりやがってまあまあキツかったぜ。だが…」
アンタレスが言葉を紡ぐ前に周りを見るともう周りの人間や近衛騎士は全滅しており戦場に残されていたのはレオヴァルドとアンタレスだけだった。
「なるほど。だからか…」
するとアンタレスはレオヴァルドにトドメを刺さずその場を後にしようとする。
「待…て。殺す…お前は絶対に。アンタレス…アレイス。」
レオヴァルドが這いずりながらアンタレスに近づこうとする。しかしアンタレスはそれをそれを無視して近くの家の屋根に飛び乗った。
「じゃあな。妻殺しの団長さん。また会う時があったら復讐でもなんでもしにくればいい。それはまた素晴らしい戦争となるからな。今度は本気でやり合えることを祈ってるぜ」
そう言うとアンタレスは屋根から飛び、消えた。
そして戦場唯一の生者はレオヴァルドだけとなった。
「ク…ソ。クソが!!殺してやる!何があっても絶対に俺が!!!」
レオヴァルド・ヴェスペルは自分の手で殺した妻の体を抱きしめながらそう誓った。
アンタレスが去ったことを確認するとレオヴァルドは周りの警戒の意識を解いてフェリシアこ顔を見る。その顔は安らかそうだが首に突き刺さっているのは自分の騎士剣だ。
「…ぐぅう…フェリシア…フェリシアっ!どうか、俺を恨んでくれ…許さないでくれっ!!」
この日アスフェリア王国近衛騎士団は戦力の大半を失った…
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アンタレス視点
アンタレスはレオヴァルドとの交戦地点からかなり離れたところで木の下で座って酒を飲んでいた。
「あの女俺の権能効いてなかったぽいよなぁ。まさか愛の力ってやつ?だとしたら旦那の方は愛が足りねぇってか!グハハハハハハハハハハ!!」
アンタレス・アレイスは最高の酒の肴を手にした。
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フェリシア・ヴェスペルの死から1週間後、レオヴァルドは––
轟音。
「なんだ?」
屋敷のどこかから爆発音が聞こえレオヴァルドは追憶を中断して椅子から立ち上がる。
「アウロナっ!」
亡き妻が唯一残した物を守るためレオヴァルド・ヴェスペルは走り出す。