うそをつかないうそつき鏡
「あれっ?」
買ったばかりのドレッサーの鏡に映った自分の顔を見て、ユカは声を漏らした。
「あたし……こんなに可愛かったっけ?」
個人経営のリサイクルショップの片隅で見つけたその白いドレッサーは、まるでお姫様が使うようなアンティーク品で、三万円ぐらいでもちっともおかしくないのに、ついていた値札は三千円だった。
「貴女は美しい!」と、いきなり鏡が喋った。
「えっ」
ユカは声をあげた。
「ほんとう? 嬉しい!」
元々ちょっと可愛い自覚はあった。
でももっともっと可愛くなりたいと思っていたので、鏡のことばは素直な音色で彼女の琴線を鳴らした。
鏡は続けて喋った。
「ほんとうです! 貴女はなんて美しいんだ! きっとそのうちみんなに発見されて『新潟の奇跡』ともてはやされるようになりますよ!」
「でもあたし、もう29歳だし……」
「手遅れではありません! 私の言う通りにすればもっと綺麗になります! そうすれば年齢など関係ないですよ!」
「わっ、どうすればいいの?」
「まず、眼球に指を突っ込み、取り出してください」
「……取り出したわ。それで?」
「眼球が入っていた穴から皮が剥ぎ取れるはずです。剥いでみましょう」
「すごい! ペリペリって剥がれる! 肉まんの皮みたい! それから?」
鏡の中でどんどん色づき美しくなっていく自分の顔を見ながら、ユカは狂った笑顔で続きを促した。
鏡は言った。
「ドレッサーの一番上の引き出しにナイフが入っています。それで自分の心臓を一突きにしてください」
「わかった!」
引き出しから古びたナイフを取り出すと、ユカはそれを思い切り自分の胸に突き立てた。
ぐむ、というような声を最後に、ユカは前のめりに倒れ、動かなくなった。顔の皮を剥ぐ時に一緒に取れていた髪が藁のように揺れ、悪霊のようになったその死顔が鏡に映る。
「美しい……」
物言わなくなったユカに、鏡は語りかけた。
「美を求めて滅ぶ女性の姿が、うそなどではなく、私にとってはほんとうに一番美しいのです。美しいものを見せてくれてありがとうございます」
鏡の中で黒い影が立ち上った。それはゆっくりと鏡を這い出ると、ユカの死顔を舐めるように観察し、それからゆっくりと窓の外へ姿を消した。