漂着した箱の中身を不用意に取り出してしまった兄が手にしている物を見て妹は……
俺と妹の璃々香は、家族で船旅をしていたところ嵐に遭遇し、船は沈没。
近くに浮いてきた浮き輪に二人で掴まり、この島に漂着した。
そしてこの島で泉の精霊を自称する女性と出会い、二人は獣人へと変化させられた。
どうやらこの島には魔獣が棲息し、ここで生きていくためには、自らの身を戦って守らなければならないらしい。
そのためには、強力な戦闘力を有する獣人へと変化する必要がある。
というわけで俺はゴリラの獣人に、璃々香は白い虎の獣人へと変化させられたというわけだ。
そして、新たにルミるんさんとユリりんさん姉妹が漂着し、それぞれ山猫と狼の獣人へと変化、俺と璃々香、ルミるんさんとユリりんさんの四人は精霊が教えてくれた浜へと向かうこととなった。浜に打ち上げられたという箱を回収するのが目的だ。
「箱ってどういう箱かな?」
璃々香が聞いてきた。
「さあなぁ……やっぱ木の箱かな」
俺が言うと、
「ええ、木の箱ーー?やだなぁーー……」
璃々香が文句を言い出した。
「なんで木の箱がやなんだよ」
「だってさぁ、木の箱だとささくれがあったりして、持つ時に手に棘が刺さったりするじゃん」
ほっぺたを膨らませて璃々香が言った。
「木の箱って言っても色々だろ。ささくれが気になるような箱だったら璃々香は触らなくていいから。とにかく行くぞ」
俺がややぶっきらぼうに言って歩き始めると、
「……うん」
と、璃々香は不承不承といった感じの返事をして俺に着いて歩き出した。
俺がちらっと後ろを見るとルミるんさんとユリりんさんが、心持ちしおれ気味の璃々香に話しかけてくれていた。
(やっぱ女子には女子だよな……)
これからはお姉さんたちが色々と璃々香の話し相手になってくれるだろう。
そう思うと肩の荷が少し軽くなったような気がした。
浜に着いてみると、そこには三つの大きな木の箱があった。
「うっわ!でっかい箱ぉおおーーーー!」
箱に駆け寄りながら璃々香が言った。
「だな……」
それは、縦横高さがそれぞれ1mかそれ以上ありそうな木の箱だった。
各面は一枚板ではなく、幅が20cmくらいの板を組んで箱にしている。
箱というよりはコンテナといったほうがしっくりくる形に思えた。
「これは……持っていくのは無理そうですね」
ルミるんさんが言った。
「そう……ですね」
と、言いながら俺は箱を抱えられるかやってみた。
箱の前にしゃがみ込み、両腕で箱を抱えた。
(大きいから持ちづらいな……)
そう思いつつ立ち上がると、思っていたよりもずっと簡単に持ち上げることができた。
「すごぉおおーーーーい!」
ユリりんさんが歓声を上げた。
「さすがお兄さんですね!」
ルミるんさんにもそう言ってもらえて満更でもない気になった。
「ふ、ふん、私には分かってたし!お兄ちゃんならこれくらい簡単だって」
ホントかよ?
てか、なんでお前がドヤってるんだ?
俺は持ち上げていた箱を一旦降ろして言った。
「持って行く前に何が入ってるか見てみるか」
俺は箱の上面の板の端に指をかけて、蓋を外そうとしてみた。
バキバキッ!
釘で打ち付けてあった蓋が呆気なく外れた。
(こんなに簡単に外れるものなのか……?)
自分でも驚いたが、
(これも獣人化のおかげか)
と改めて感心した。
「ねえねえ、何が入ってるの?」
璃々香が斜め後ろから俺に体当たりしてきて肩越しに箱を覗きこもうとした。
俺は少し開いた隙間から中を覗いてみた。
「うーん……ビニールに入ってるのは……服か?」
「服!?」
璃々香が2オクターブくらい高い声でいうと、
「えっ!?」
「服ですか!?」
と、俄然興味が湧いてきたのか、ルミるん姉妹も、駆け寄ってきた。
「今開けるから離れててくれ」
中身が気になって仕方がない女子たちを下がらせて、俺は蓋を外した。
やはり中身は、ビニール袋に分けて入れられている服だった。
色柄からして女性物のように見える。
「「「きゃぁああーーーー!」」」
三人の女子が黄色い歓声を上げて、箱の中身を物色し始めた。
「濡れてたりしないか?」
俺が聞くと、
「うん、濡れてるのもあるけど」
「乾かせば大丈夫だと思います」
「ですね!」
三人娘は目をランランと輝かせて品定めに余念がない。
「ここで広げるのも何だから、小屋に持って行こう」
そう言いながら俺は、三人を箱から離れさせて、再度箱を抱えて持ち上げた。
「お兄ちゃんがゴリラでよかった!」
璃々香がニコニコ顔で言った。
「調子いいこと言いやがって」
「えへへ」
でも、ある意味璃々香の言う通りだ。
この先、島で生活していくうえで、ゴリラの怪力が必要になることはいくらでもあるだろう。
(とは言っても、多少見かけは変えてほしい気もするが……)
今度精霊に頼んでみるとしよう。
やがて小屋に着くと、俺は小屋の脇に箱を降ろした。
だが、ゴリラの怪力に気を良くしたせいか、俺は少々油断してしまった。
「痛っ……!」
箱のおろし方がぞんざいだったせいで、箱の縁のささくれが棘になって指に刺さってしまったのだ。
「どうしたの、お兄ちゃん!?」
璃々香が駆け寄ってきた。
「いや……ささくれがな」
俺はそう言いながら、璃々香に手を見せた。
「わっ、大っきい棘!すぐ取らなきゃ!」
璃々香はそう言うと、棘が刺さったあたりを押したり引いたりして、棘を抜こうとした。
「痛……痛えったら痛え!」
などという俺の文句など一向に構わずに、璃々香は一心に刺抜きを続けた。
やっとのことで棘が抜けたあとの指は、赤く腫れてしまったていた。
「しばらくは仕方ないか……」
俺が独り言のように呟いていると、棘が抜けた後に泉の方に駆けていった璃々香が何かを手にして戻ってきた。
「お兄ちゃん、手を出して!」
「ん……?」
わけが分からないながらも、俺は璃々香に言われるがまま手を差し出した。
すると璃々香は、持っていたハンカチを俺の指に巻き付けていった。
「それは……?」
「ハンカチに泉の水を染み込ませてあるの。怪我を治すこともできるんだって精霊様が言ってた」
早口にそう言いながら、璃々香は手際よく俺の指にハンカチを巻いていった。
「よしっ、完了!」
キュッとハンカチを結んで璃々香が言った。
「ありがとな」
俺か言うと、
「へへーん、見直した?」
ニカッと笑いながら璃々香が言った。
「ああ、見直したよ」
俺も笑顔で返すと、
「これで、お兄ちゃんに貸一つだね」
「いや、ここまで箱を持ってきたのは俺なんだから、貸し借りなしのあいこだろ」
「ええーーそんなのつまんない」
「つまんないってなんだよ」
そんなふうに俺達がいつもの調子で始めると、
「はいはい、そのくらいにして、箱の中身を皆で見てみましょう」
と、ルミるんさんが間に入ってきてくれた。
「そうですね、楽しみ!」
と言うユリりんさんは既に箱の中に手を伸ばしている。
こうして、女子三人が箱の中身、おそらく殆どは女性物の服、の検分を始めた。
(俺も少しは手伝うか)
そう思って、俺も箱の中に手を入れ、服が入っているビニール袋を取り出した。
(ん……服にしては色が薄いかな……)
そう、思いながらビニール袋の口を開けて、中身の服を一枚取り出した。
(……?なんか小さいな)
疑問に思いながらも両手でそれを広げてみた。
(あ……)
「あぁああーーーーお兄ちゃん、何やってるのぉおおーーーー!」
璃々香の怒号が飛んできた。
「お兄さん……それ」
「あ……」
ルミるんさんとユリりんさんも呆気にとられている。
「いや……これは、たまたま……」
なんと言えばいいかわからずしどろもどろの俺。
「やっぱお兄ちゃんはドスケベ変態ゴリラだよっっ!」
そう言いながら璃々香は大股で俺のところに来て、俺が広げていた布をひったくった。
そう、俺が不幸にも手にしてしまったのは、女性用の下着だったのだ。
(でも、これって事故だよな……)
見ると、ルミるん姉妹は下を向いて肩をふるわせている。必死に笑いを堪えているようだ。
璃々香はと言うと、向こう側を向いて腰に手を当てて、背中でプンスカを主張している。
(はぁ……しばらくは璃々香のご機嫌取りだな)
憂鬱ではあるが、こういうことは今に始まったことではない。
(なんとかなるさ)
そう、俺は自分に言い聞かせた。




