幼馴染が義妹になった
オチ無しヤマ無し。ただイチャイチャしているだけのお話です。
「悟、父さん再婚することにした」
「へぇ、おめでとう」
俺の母さんは俺が幼い頃に病気で亡くなった。
その母さんの遺言が恋愛関係の内容ばかりで、女の子を大切にしなさいだとか、女の子に好かれる男の子になりなさいだとか、俺宛の遺言はこんな話ばかりだった。
そして父さんに向けた遺言だが、新しい女を作ってイチャコラしなさい、だそうだ。アレンジして雑に紹介したわけじゃないぞ。本当にそう言っていたのを俺は覚えているんだ。
母さんのことが大好きだった父さんは、そんなこと出来ないと苦悩していた様子だったけれど、俺が高校生になったのを機に吹っ切れたのかもな。
「そこで、大事な話があるんだが……」
父さんが何かを言い辛そうにしているが、想像がつく。
「新しい母さんと会ってくれって話だろ。良いよ」
男手一人で苦労して俺を育ててくれた父さんには感謝の念しかない。
その父さんが新たな幸せを求めているのであれば、新しい母さんを母さんとして迎え入れることに抵抗はない。亡くなった母さんにも、遺言で新しい母さんが出来たらたっぷり甘えろだなんて言われてるしな。流石にこの歳になって甘えることなんか恥ずかしくて出来ないが、母さんとして受け入れる心の準備は出来ている。
「いやそれはそうなんだが……」
「父さん?」
どうしてそこで言い淀むのだろうか。
まさか新しい母さんって、俺と相性が悪いタイプなのかな。それはしんどそうだけれど、父さんの幸せのためだ、頑張ろう。
「どんな母さんでも頑張って受け入れるよ」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」
「え?」
「悟が知っている人物で、相性的にも問題は無いはずだ」
「俺が知っている人?」
誰だろう。
父さんと同じくらいの年代の大人の女性に心当たりなんて無いぞ。
遠い親戚の誰か……いや、待てよ。
おいおいおいおい。
それはマズいだろうが!
「なぁ、父さん」
「…………」
めっちゃ冷や汗かいてる。
これは本当に俺の想像通りなのかもしれない。
「俺に彼女がいるって知ってるよな?」
「…………」
この反応はやっぱりそうだ!
このクソ親父、なんてことをしてくれたんだ!
ガタッ
リビングの隣の部屋から、微かに物音が聞こえた。
なるほど、準備万端というわけだ。
俺に怒られるのが嫌で、先手を打ちやがったな。
あの人達がいれば、怒りにくいもんな。
別に俺は父さんの再婚に今更ながら反対しているわけではない。
ただ、どうすれば良いのかと頭を抱えたい気分なだけだ。
「はぁ……」
思わず溜息が出てしまった。
そんな俺の姿を見て、父さんはオロオロして使い物にならなさそうだ。
全く、普段はしっかりしているのにな。
案外こういうギャップにあの人も惹かれてしまったのかもしれない。
さて、困っている父さんに変わって、俺が切り出してあげようか。
「榊さん、いるのは分かってますから入って来てください」
隣の部屋に向けてそう声をかけると、再び大きなガタッという音がした。
そして十秒程度経ってから、そっと扉が開いた。
「こ、こんにちは、悟君」
部屋から出てきたのは、俺がとても良く知る女性だった。
普段と違って物凄く緊張している様子なのは仕方ないか。
そしてもう一人。
「やっほー」
緊張の欠片もなく、とても楽しそうに登場したそいつは、俺が人生で最も顔を合わせている相手だった。
「やっぱり帆奈利もいたのな」
榊 帆奈利。
俺の一つ下の幼馴染。
そして恋人。
つまりだ。
そいつが義妹になり、一つ屋根の下で暮らすことになるってことだ。
焦るに決まってるだろ!?
ーーーーーーーー
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。
目覚まし時計が鳴る音で意識が覚醒しかけているがまだ眠い。
昨日、父さんの再婚の話で夜遅くまで色々と話し合ったから疲れてるのかな。
睡魔に勝てなかった俺は、無意識のうちに手が目覚まし時計に伸びて、そのまま二度寝の世界へと突入してしまった。
「……て」
「う……」
「……てってば」
「んん……」
気持ち良く寝ているのに、それを邪魔するかのように誰かの声が耳元から聞こえてくる。
「起きて、遅刻しちゃうよ」
「…………あと五分」
まだとても眠いんだ。
もっと寝かせてくれ。
まどろみながら漠然とそう考えていたら、今度は体が優しく揺さぶられた。
「そんなこと言って、絶対に沢山寝ちゃうんだから。ほら起きて」
ゆさ……ゆさ……
「おーきーてー」
ゆさ……ゆさ…
あれ、そういえば、誰に起こされてるんだ。
いつもは一人で起き……
「起きてよ、おにいちゃん」
「はああああああああ!?」
「おはよう」
「いやいやいや、今のは一体!?」
とんでもないセリフが聞こえてきて、一気に覚醒しちまったよ。
「先に挨拶だよ。おはよう」
「お、おはよう。じゃなくて、さっきのお、おに、おに……!?」
「だって妹になったんだから、自然だよね?」
「うっ……わざとやってるな?」
めっちゃ楽しそうな悪戯顔。
本当に止めて欲しい。
だって恋人が朝起こしに来て楽しそうにおにいちゃんって呼んでくるんだぜ。
情緒がぶっ壊れちまうよ!
「ほらほら、起きた起きた」
「ばっ……今は!」
思いっきり掛布団を剥がされると、そこには健全な男子の朝のアレが立派に主張していた。
「…………っ!」
「き、きき、着替えるから外出てろって」
「う、うう、うん!」
うう、そうやって真っ赤になるのも可愛すぎてどうにかなってしまいそうだ。
俺はこの先、自重することが出来るのだろうか。
何故、帆奈利が義妹になることに抵抗感があったのか。
好きすぎる帆奈利と寝食を共にするとなると、理性が耐えられなくなりそうだからだよ!!
ーーーーーーーー
「いってきまーす」
「いってきまーす」
榊さんお手製の朝食を頂き、制服に着替えてから帆奈利と一緒に家を出る。
元々、俺と帆奈利は一緒に登校しているため、ここからは今までと変わらない感じだ。
「…………」
いつもは快活に話をする帆奈利が、朝のアレを思い出して恥ずかしがっていることを除いて、だ。
だからそういう反応は男心をくすぐるだけだから本当に止めて欲しい。俺と帆奈利はピュアな交際を続けているのだが、近いうちにその日常が崩れ去る気がしてならない。
「なあ、帆奈利は父さんたちの再婚のこと知ってたのか?」
空気を切り替えるために、俺から話を切り出した。
すると帆奈利は話に乗り、すぐにいつも通りの雰囲気に戻ってくれた。
「うん、知ってたよ」
「マジか、父さんは教えてくれなかったんだよな。どうして秘密にしてたんだろう」
事前に言ってくれれば心の準備が出来たのに。
「う~ん、恥ずかしかったんじゃないかな」
「あり得る」
父さんは恋愛に関することになるとポンコツになるからな。
恥ずかしくて言い出せないまま、来るところまで来てしまったってのはありそうだ。
「帆奈利のとこは、どんな感じで教えてくれたんだ?」
「普通に付き合ってるって言ってたよ。後、悟くんが知ってるかどうか分からないから、私からは言わないようにってことも言われてた」
「あ~、だから帆奈利はこのことについて何も言ってなかったのか」
榊さんも、父さんの性格を分かっていて俺に何も言ってないだろうって分かってたんだな。そして勝手にバラすのは良くないとも思って帆奈利に口止めさせていたのだろう。
「ずっと相談したかったんだけどね。だって一緒に住むだなんて……ねぇ」
「意味深に『ねぇ』だなんて言ってるが、昨日からノリノリだったじゃねーか」
「だって私は考える時間たくさんあったから。もう覚悟出来てるもん」
「そ、そうか」
その覚悟の内容が気になるけれど、聞いたら引き返せない気がするので聞けなかった。
「まぁでも学校では今まで通りなわけだし、家での関係は徐々に慣れていけば良いか」
「そうだね、おにいちゃん」
「ばっ……それマジでやめろって!」
「え~良いじゃん。その反応は好きってことなんでしょ」
「帆奈利のことが更に好きになるから困るんだよ」
「でた、悟くんのズルいセリフ。そういうの素で言っちゃうの本当に卑怯だよ。困るのはこっちだって」
「ならおにいちゃん禁止な」
「おにいちゃん酷い!」
「こいつ!」
「あははは」
笑って駆け出す帆奈利を怒ったフリをしながら追いかける。
ああ、やっぱり。
学校に通っている間は、今まで通りで良いんだな。
近くを歩く男子生徒がめちゃくちゃ歯を食いしばってこっちを睨んでいるのもいつも通りだ。
だが俺は勘違いしていた。
俺の理性が着実に破壊されつつあったことに、まだ気付いていなかった。というか、この日のお昼にすぐに気付かされた。
昼休みになると、帆奈利が俺の教室までやってきて、一緒に中庭に向かって昼食を食べるのがいつもの流れだ。そしてその時、帆奈利が俺に向けるある言葉について、俺は完全に失念していたのだった。
「せんぱ~い! お昼食べに行こう!」
「ぐはぁ!」
「先輩!?」
そうだった。
帆奈利は学校では俺のことを先輩と呼ぶ。
それもそのはず、帆奈利は正真正銘俺の後輩であり、そう呼ぶのが自然だからだ。
しかし、だ。
愛しの幼馴染が、妹で、後輩だと。
属性が大渋滞を起こしている!
こんなの耐えられるわけないじゃないか!
「先輩大丈夫ですか?」
「あ、ああ。驚かせて悪いな」
「もしかして、おにいちゃんって呼んだ方が良かった?」
「ぐはああああ! 本当に止めて!」
「え~どうしようかな~」
こ、こいつ、分かっててやってやがるな。
「せめて学校では先輩で通してくれ」
「は~い、分かりました。おにいちゃん」
「こいつめ!」
「きゃっ、脇は弱いんだから止めてよ~」
ん?
誰かが机を強く叩いた音がしたな。
学校の備品は大事にしないとダメだぞ。
「んじゃ中庭行くか」
「は~い」
俺としては教室の中で食べても良いのだけれど、上級生の教室に下級生の帆奈利がいるのは居心地が悪いだろうと思い、外で食べることにしている。雨が降る日は仕方なく俺の教室で食べるのだけれど、どういうわけか教室の空気が悪いんだよな。普段はそんなことないのに、不思議だ。
「いつものところが空いてるよ」
「おう」
中庭で一番陽が当たる絶好のポジションゲットだぜ。
気持ち良いけれど、校舎から一番良く見えるから恥ずかしくて誰も使わないのかな。
というか、俺たちが中庭で昼食を食べるようになってから、ここで昼食を食べる人が減ったような気がするのは気のせいだろうか。
「はい、今日のお弁当」
「おう、サンキュ」
昼飯は帆奈利の手作り弁当。
我が家で暮らし始めてまだ慣れないだろうに、それでも朝早く起きて作ってくれたと思うと弁当と帆奈利が神々しく見えてくるな。
「神様仏様帆奈利様。今日もお恵み頂きありがとうございます」
「おにいちゃんのために愛情たっぷり籠めたんだよ」
「ぐはぁ! まだそのネタで弄るのか!?」
「だって事実だし。それに悟くん、すっごい喜んでくれてるみたいだし」
「嬉しいが心がもたない」
「おにいちゃん、あ~ん」
「ぐはぁああああ! 今日のも旨い!」
「えへへ、やった」
可愛くて料理上手な幼馴染とか、俺ってマジ勝ち組。
「!?」
「!?」
今どこかで窓ガラスが割れた音がして、二人してびっくりしてしまった。
「怖~い」
「安心しな、俺がいるから大丈夫だ」
「うん」
割れたガラスを思いっきり踏みつける音が聞こえるんだが。
この高校はいつからこんなにバイオレンスになってしまったんだ。
高校一年生の時は、穏やかな普通の高校だと感じてたんだけどな。
あれ、スマホが震えた。
「どうしたの?」
「父さんから連絡が来た」
何々、今日は仕事が忙しくて帰れなくなるから夕飯の用意は要らない、と。
元々父さんと二人で順番に夕飯を作っていて、今日は俺の番。だから連絡をしてきたのだろうけれど、今は榊母さんがいるからどちらが作るか相談しなきゃ。
「あ、私のところにも来た。お母さん、今日は帰りが遅くなるから夕飯は私たちに任せるって」
「そっちもなんだ」
「そっちもってことは、お父さんも遅くなるんだ。はは~ん」
「なんだよその反応は」
「悟くんだって分かってるくせに~」
「まぁな」
再婚が決まっている父さんと母さんは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいにラブラブしていた。その二人が同時に帰ってこないということは、つまりはそういうことなのだろう。これ以上の詮索は野暮ってものさ。幸せにな、父さん。
「じゃあ夕飯どうすっか。帆奈利は弁当作ってくれたし、俺が作ろうか?」
「いいの!?」
「ああ、帆奈利みたいに料理が上手じゃないけれど、それでも良いなら」
「悟くんの手料理食べたい!」
「任されました」
「えへへ~」
可愛くて思わずナデナデしてしまった。
ずっとこうしていたいな。
「それじゃあ帰りにスーパー寄って帰るか」
「うん。それとコンビニか薬局にも行かないとね」
「どうしてだ?」
「もう、分かってるくせに」
「…………」
くそぅ、意識しないようにしていたのに、帆奈利の方からそっちの話題を出して来やがった。父さんも母さんも居ないということは、今日は帆奈利と二人っきり。しかも帆奈利が『おにいちゃん』攻撃でぐいぐい来るとなったら、絶対に耐えられない。
「私、もう高校生だよ」
「あ、ああ」
「約束」
「お、覚えてる」
俺達は幼い頃からお互いを好き合い、ずっと付き合い続けていた。
その中で、若さに任せて羽目を外さないようにと、あるルールを設けていた。
キス以上は高校生になるまで我慢すること。
帆奈利はもう高校生になった。
義妹という特殊な立場だが、同棲しているような状況になっている。
お互い、幼い頃以上に相手のことが好きになっている。
「おに~いちゃん」
「ほんと止めて」
夜のことを意識している今、そんな風に迫られたら我慢できなくて保健室に直行だ( そして保険医の先生に怒られる )。
「せ~んぱい」
「それも今はキツイ」
あま~い声で囁かないでくれ。
「だんなさま」
「なんでだよ!? まだ婚約中だろ!?」
「少しぐらい前倒ししても良いじゃ~ん」
大きくなったら結婚しよう。
俺達はその約束を果たすのだと本気で思っている。
つまりすでにプロポーズは終わっていて、婚約中というわけだ。
あれ、つまり俺にとって帆奈利は、幼馴染で、義妹で、後輩で、許嫁だと!?
属性がビッグバンしてやがる……
なんて馬鹿げたことを考えていたら、帆奈利が目を閉じて口を突き出してきた。
「ん~」
「昼飯食べた直後だぞ」
「味は分かってるからへいき~」
「そういう問題なのか?」
だがこのままじゃ、悶々としてしまい午後の授業をまともに受けられそうにない。
帆奈利もまた同じ気持ちなのかもしれないな。
仕方ない、少しだけ発散させておくか。
突き出された唇に向かって、そっと優しく口づけた。
何度も、何度も、時間が許す限り。
その間、更に窓ガラスが割れた音や怨嗟の声が聞こえたような気がするが、きっと気のせいだろう。
【一般】現代恋愛短編集 の記念すべき 100エピソード目ということもあり、
初心に帰って幼馴染とイチャイチャするだけのお話にしてみました。
これにて 【一般】現代恋愛短編集 はひとまず終了とし、
この先に高校生の恋愛短編作品を投稿する場合は 【一般】現代恋愛短編集2 としてまとめる予定です。
これからは高校生以外の恋愛話も書いてみたいなと思っています。
色々と試行錯誤しますが、これからもお読み頂けたら幸いです。