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6 罪

「本当に常識知らずばかり……」


 呟くような仕草ではっきりと聞こえるように零し、背を正すように少しだけ顎を上げて使用人たちの方を向く。


「誰が発言を許しましたか? まだわたくしが話している最中です。あなたたちの目は節穴? 耳はついている? 口だけは達者なようね」


 手の上に扇を当ててパシンパシンと小さな音を立てながら侮蔑の表情でゆっくりと見回すと、使用人たちは慌てて姿勢を取り直した。名簿をテーブルから拾いゆっくりとメイド長へ向かう。ピラピラとそれを見せつけるように揺らしている。


「南離宮は最初は少数精鋭の予定なの。これほど仕事ができない者たちを連れてはいけないわ」


 その紙を丸めて床に捨てる。


「しかし、それではわたくしたちの仕事が……。せ、せめて王子殿下はお連れにならないでいただきたく……」


 王子は十歳までは王妃宮で過ごすことになっているため、もし王妃が出て行っても宮としての仕事はなくならない。十年あれば次の仕事を見つける時間はある。


「まあ! あなたたちは王子に興味もないのでしょう?

入ってちょうだい」


 レイジーナがこの部屋から続く寝室のドアに向かって声を出すと二人の女性が現れた。一人は壮年で一人は成人して数年の年齢に見える。二人の服はお仕着せを着ているのだが、王妃宮や王宮のお仕着せではない。そして、何より、壮年の女性は赤子を抱いていた。


「二人はわたくしが外部から雇用した乳母よ」

 

 王子を担当するメイドたちが青くなって震えたり蹲ってしまったり硬直したりしている。


「確かにわたくしは授乳を自分でやっているし、わたくしへの食事は届いていたわ。味は無くてとても不味かったけど。でも、王子のおしめ替えや着替えは必要ないと感じたの? 汚れ物を誰も取りに来なかったわね」


 キョトンとした表情をそちらに見せつける。 


「王子がわたくしの部屋に来ていることに誰も気が付かないなんて……。本当にすごいわ。ここまできたら感動も覚えるわ。

さらに、乳母の二人が入宮していることを止めも咎めもしないなんて。何を警備していたのかしら?」


 騎士たちは互いに目を合わせて確認し合うが知っていた者がいないようだ。


「食事はドアの前に届いてはいたけど最近はあまりに不味くて手をつけていなかったのに、それにも気が付いていないのかしら? それとも無視? 出産が終わってからは食事内容も酷いものだったものね」


 レイジーナは乳母たちが持参してくれた物を食べていた。料理人たちも互いに首を左右に振っている。

 

「ですが、我々にも生活が……。本当に俺たちはメイド長に命令されたのです」


 料理長が必死に言い募る。レイジーナは一度は発言を止めさせたが、『長』である者たちの発言には目を瞑ることにした。でなければ埒が明かないからだ。


「そう。つまりあなたたちは命令系統の優先順位が理解できないのね。わたくしと王子に快適な生活を与えるというのは、陛下からの無言の命だと思うけど?」


『陛下がそんなこと考えているとは思えないけど、ね。ふふふ。『無言の命』とは自分でもよく思いついたと思うわ』


「だって王子はこの国の後継者なのですもの」


「陛下」そして「国の後継者」というワードまで出て耐えきれずに数名が倒れるように床に手をついた。


「わたくしの母乳が出なくなったらどうするつもりだったのかしら?」


 料理人たちの顔色が悪い。


「なぜ今になってこのような仕打ちを……」


 メイド長が震える声を絞り出す。


「反感を買ってお腹の子に害するようなことをされては困るからよ。本が読めずとも手紙が書けずとも子供に被害があるわけではないわ。食事が出ないなら困るけど、不味い食事でも出てはいたわ。水風呂はさすがに困ったけど、一応煤だらけの部屋の暖炉はついていたから何とかなったわ」


『本当はレイが意見を言えないほど気弱な娘だったからなんだけど、ね』


「な、ならばせめて紹介状を……」


 メイド長は懸命に糸口を探す。 


「あっはっはっは!!」


 レイジーナが腹を抱えて笑う姿に悪魔の前で動けなくなっているかのように唖然としている。レイジーナは淑女らしからぬ姿だが、だからこそ尚更威厳と迫力を感じさせた。


「メイド長。紹介状の意味をご存知? 「この者は自信を持ってご紹介できます」とこの中の誰に言えるのかしら? アハハハハハハ!」


 笑いをピタリと止めて相手を見やる。


「それとも、そのような者たちを紹介させて、わたくしに恥の上塗りをしろと言うの? 仕事がほしい、紹介状がほしいと思うならここできちんと働けばよかったでしょう。チャンスは一年以上あったのだから。

ああ! いい考えがあるわ。ここでの働きぶりを記載した紹介状をあげるわ。そういう使用人を求めている奇特な者がいるかもしれないわね」


 誰もが反論できずに俯いている。  

 そこにノックの音がして、ビクリと反応する。それもそのはず、この王妃宮の使用人たちはここに揃っていて外からノックする者などいるわけがないのだ。

 レイジーナが頷くと若い乳母が扉を開けた。ドヤドヤと入ってきた騎士は数十人で、使用人たちより余程多い人数である。少し形の違った軽鎧を纏っているので、王妃宮の護衛騎士ではない。


 騎士たちが部屋に散らばり待機する。入口にいた騎士二人が踵をガチャッと鳴らして背を正しその間を悠々と歩いて来たのはいかにも高そうな服を着た生真面目そうに濃い紫の髪をしっかりと後ろに撫でつけている男だ。

 男が眼鏡のブリッジをクイと上げて元々細めの黒目を更に細めて微笑した。


「お話し中に失礼いたします。緊急事案のためご了承ください」


 胸に手を当ててわざとらしく頭を下げた。

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