57【最終話】旅立ち
ニルネスの様子に気がついたレイジーナはテーブルに乗り出した。
「ルネ! 聞いているの?」
「え? あ、はい。準備は万端です」
「そうみたいね。おかげですぐに男爵にサインしてもらえて助かったわ」
『またお二人の会話がズレているわ。いつかニルネス卿に恋愛に関してのお言葉は通常の五倍の説明とわかりやすさが必要だとお教えしなくては』
ガレンは笑顔の奥で画策案を巡らせていた。
「しかたないわね。五人がどれだけ学園で頑張っているか教えてあげるわ」
アランディルス、フローエラ、メリンダ、バードル、スペンサーのことをご機嫌に話すレイジーナを幸せそうに見るニルネスは甘々で決して涼しくない笑顔だし、飄々ではなくデレデレだが、男前であることは間違いない。
そして、数年かけて進めてきた作戦は実を結び、フローエラの断罪、アランディルスの卒業申請、国王からレイジーナへの謝罪、大臣たちの断罪、レイジーナの王妃宮退去と相成った。
南離宮を出て隣国へ向かったレイジーナたちは、港町の宿を引き払い港に向かって馬車を走らせた。
港に到着すると馬車が停止し、ドアが開くと馬車の中に手が伸ばされた。レイジーナは反対側の窓から見える船に興奮して見入っていてその手の主を見ていない。フローエラは両方をキョロキョロと見た後にその手をとって先に降りた。
「レジ……お母様!」
外から呼ばれて我に返ったレイジーナは慌てて振り返るとそこにいる人物に驚いていた。その人物が一歩馬車に乗りレイジーナの手を引くとレイジーナは自然に立ち上がり馬車のドアに立つ。
「僕の奥様は手がかかる」
言葉とは裏腹にトロけそうな笑顔を見せるとふわっとレイジーナを抱えあげそのまま横抱きにした。
「ルネっ! 下ろしてちょうだい。冗談はやめて」
ニルネスの顔がものすごく近くにあることに動揺したレイジーナは真っ赤な顔を両手で隠す。
「僕は久しぶりに奥様の顔が見たいのだけど」
「王妃じゃなくなったからって、奥様はないでしょう! せめてレジー婦人って言ってよ。って、それより早く下ろしてっ!」
ニルネスはおどけて唇を尖らせた。
「逃げない?」
「どうやったら逃げられるのよ」
「じゃあ、逃げるのはなしね」
「わかったわ! 約束する」
「だって。ローラも聞いたよね?」
二人のやり取りを目をパチクリさせて聞いていたローラはコクリと首を縦にした。にっこりとローラに笑顔を見せたニルネスはゆっくりレイジーナを下ろす。
「もう! なんてことするのっ! 恥ずかしいわっ!」
「愛する妻と愛しい娘をデリシア王国から迎えに来ただけだよ。
ああ……二人とも銀色の髪が美しいね」
ニルネスの眩しい笑顔にレイジーナとフローエラはポカンとする。
「さあ! 僕達の船が待っている、行こう。レジーはあれがとてもお気に召してくれたようだから嬉しいよ」
ニルネスが左手でレイジーナの肩を抱き案内したのは港で一番大きな船だった。
「この船はルネジー商会の持ち物。つまりはレジーの持ち物だよ」
「はい?」
ニルネスはいたずらを成功させたと喜んだ。
「ここラッテガゼン王国とデリシア王国の交易のためにはこれが一番早道なんだ。だが、小さい船では波が高いと危険だ。君たちの安全を考えたらこれを作るしかないと思ってね」
「そんな簡単なこと? あ! もしかしてだから忙しかったの?」
「うん。まあ、それも一つ」
「ところで、さっき「妻」って言ってたけど、子爵夫人ってまだ続いていたの?」
「いや」
ニルネスは左右に首を振った。
「君たちはデリシア王国の侯爵家の者だよ。僕の愛する妻で侯爵夫人のサラレジィ。そして、僕のかわいい娘侯爵令嬢ローラジェンヌ」
「わたくしもですか?」
後ろから素っ頓狂な声がするので、ニルネスは振り返った。
「今日から僕はローラの実の父親だ。さあおいで」
手を広げたニルネスに驚いてからふと気がついて涙を溢れされてニルネスの胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます! わたくしにお母様をくださって! 最高に最高に嬉しいプレゼントです」
「僕が父親になったことも喜んでほしいな」
「もちろんです! お父様! わたくしのお父様! ずっとですか?」
「もちろん」
フローエラは強く抱きついた。
「レジー……」
左腕でフローエラを抱いたままレイジーナに手を伸ばすと唖然としながらもトコトコとその右腕に収まった。
『ルネって細マッチョだったのね。ルネが「僕」って言ってるわ。お酒を飲んだ時にしか使わないのに。本当に私達が親密みたい』
思考停止のレイジーナは斜め上のことを考えていた。その顔を見てそれを察したガレンはいつものように困った顔で微笑んでいた。
「レジー。デリシア王国へ行っても逃げるのは禁止だよ」
「え!? 今だけじゃないの?」
「「今だけ」なんて私は言ってないよ。ねぇ、ローラ」
「はい。お父様はずっと一緒だっておっしゃいました」
何かはめられた気がするがどうしてこうなったかを考える余裕は真っ赤な顔のレイジーナにはない。
真っ白な世界で女性がパチンと指を鳴らすと大きな鏡が消え、小さな光たちが女性のまわりをゆっくりと回り始めた。
「そうね。あちらの世界の者に夢を見せたことは正解だったのね。話を広めるようにとは思ったけど、絵の本にするとはね」
女性は満足気に口角を上げ大きく伸びをした。
〜一部完〜
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第二部は……頑張りますwww
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