54 悪役令嬢作戦
「ディ。わかったでしょう? 貴方の気持ちと同じくらいローラも貴方を兄として慕っているの。貴方に「わたくしとフローエラを捨てろ」と言ったけど、捨てられるわたくしたちにも寂しさも悲しみもあるのよ。でもね、わたくしはその先の未来に笑って会えると信じているわ。そのための一時的なお別れよ」
「…………わかりました。でも、それでもメリンダを妃にすることはできません……」
「爵位のことはわたくしにまかせておきなさい。では、みんなで再会し笑い合う未来のために作戦を授けるわ。ソフィアナ、バードルとスペンサーを呼んできてちょうだい」
『ディの婚姻後、レジーの気が更におかしくなりメリンダを殺そうとして、数度目にディに斬られることになる……なんて話は心配ないわね』
レイジーナは前世の記憶にある物語にならなかったことに安堵した。
こうして学園での『フローエラ悪役令嬢作戦』が開始され、フローエラの髪は少しずつピンク色に変化していく。
学園でフローエラが似合わない役を頑張っているころ、レイジーナはメリンダの父親である男爵を王都へ呼び出した。男爵領から遠路遥々一週間かけてやってきた男爵は不機嫌さを隠すこともしない。仏頂面で馬車を降りると真っ青な短髪をガシガシとかき、王城を見上げて朱色の目を細めた。
しばらくすると衛兵が現れ案内されたのは王宮の応接室だった。王城ではなく王宮に通される者は数少ないのは当たり前の話で、尚更に胡散臭いとイライラが募った。
通された応接室でほとんど待つこともなく手紙の主が現れる。
「王妃殿下におかれましては」「挨拶はいらないから座ってちょうだい」
男爵の口上を止めて座るように促された。
『これは多少の無礼は赦されそうだな。言いたいことも言えない覚悟は少しはしていたんだがな』
男爵がレイジーナがソファに到着するのを待たずに座るとそれを咎めることもなく対面に座った。すぐに飲み物が用意された。
『菓子がでないのは、話が短いからなのか、業務話だからなのか』
男爵は目の端でレイジーナを観察するもレイジーナには何かを悟らせる仕草はどこにも見当たらず、男爵の警戒心は強まった。
「男爵。わたくし、執務室をもたないので、このようなところに呼んでごめんなさいね。でも、人払いはしてあるから遠慮はいらないわ」
社交もせず仕事もなくて引きこもっていると噂の王妃から呼び出されれば不審しかないが、王家の紋付きの手紙では無下にもできない。
「私は早く領地へ戻り研究をしたいのですが?」
冷たい紅茶を一気に飲み干しアピールする男爵にレイジーナは楽しそうに笑った。
「男爵にとって悪い話じゃないはずだから落ち着いてちょうだい。ガレン、飲み物をもう一つ」
言うが早いかグラスが交換され、ガレンの優秀さが伝わると男爵は少し姿勢を正した。
『こんなできるメイドが愚妃に仕えるわけがない。何かあるのだ』
「ふふふ。そなたのその回転の速さはとても好みだわ」
『は? 俺を慰めの愛人にでもするつもりなのか?』
遠慮なく眉を寄せた男爵はメリンダの父親だけあって整った容姿であった。騎士ではないのでムキムキというほどではないが、山歩きや畑仕事で鍛えられた筋肉は服の上からでもたくましさがわかるし、何より褐色に焼けた肌は男らしい。
「男娼なら他を当たってください」
「まあ! 残念だけど男爵の見た目はわたくしの好みではないわね」
扇を広げて大仰に笑うレイジーナに面食らった男爵はこれまで容姿を気に入らないと言われたことはない。
「馬鹿話の時間はもったいないわ。早速本題よ。三年前の流行り病の際には尽力してくれてありがとう」
レイジーナに頭を下げられ困惑し固まった。確かに男爵が考えた薬湯が利いたという自覚はあるが、国の中枢の者たちによって彼らの手柄にすり替えられていたこと知ったのはつい最近だ。だが、男爵は人々を助けられたことに満足して、手柄については何も気にしていない。それより『俺の名前よりお偉方の名前の方が国民たちは受け入れやすいだろう』とまで考えていたほどなので、急に礼を言われても戸惑う。
そんな男爵をよそに頭を上げたレイジーナはズイッと顔を前に出した。
「今更だけど功績を考えて領地を差し上げるわ。だから薬草園を増やしてほしいの」
「え? 功績ってそういうこともしてもらえるのですか?」
「そうよ。勲章一つだと思った?」
「まあそうですね」
男爵は引きつり笑いで自分に呆れていた。




