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51 愛人

 国王はグラスをゆっくりと置く。


「幸いというべきか、何かの策略があったためなのか、国王の子を身籠る者は現れず、世継ぎは十の歳に王子宮へ移った。まさかそこからさらなる地獄になるとは思わず、公爵家から出ることになって喜んだ愚かな王子だ」


 自分の吐いた皮肉に歪めた顔は今にも泣きそうで、レイジーナはただ静かに見つめた。


「王子宮はお世継ぎ様が守られるべきところではありませんか。なぜ更なる地獄だなのですか?」


 子供に尋ねるようにゆっくりで優しい声音(こわね)であった。国王は話す決心をするように一つ嘆息を落とす。


「国王にはすでに種がないのだと判断されたのだろうな。いや、その頃を知る者たちは世継ぎも国王の種ではないのだろうと誰もが予想していたであろう。それでも公爵家に何も言わない……言わせない……」


「それほどまでにお力が?」


「いや、世渡りというべきなのか……。能力のありそうなものたちに力を配分して自分も傀儡(かいらい)になることで生きていた。それが後にあだとなり、没落させられるのだがな」


「一家惨殺の強盗は貴族の誰かの仕業だとお考えなのですね」


「証拠はない。手引をしたであろう衛兵たちはすぐに行方知れずになったしな」


 国王は悔しさを滲ませた。


「ともかく、種のない国王と後ろ盾のない王子が残る王家のできあがりだ。なら、次にほしいものはなんだ?」


 ニヤリと口を歪めるが目には皮肉ではなく悲しみが浮かんでいた。


「まさか?! だって王子はまだ十歳だったのでしょう?」


「俺は王子宮へ移って三日後にはタンスの中で寝た。王子宮のいくつもの部屋のベッドの下やクローゼットやタンスの中や、毎日のように寝床を替え逃げたよ」


 国王はもう話の人物が自分であることを隠すこともしなくなった。


「しかし、歳を負うごとに体は大きくなり、隠れることも難しくなっていった。それを見かねた一人の護衛が俺との添い寝を提案してきたのだ。まさかの大正解だったよ。その日からやっとベッドでゆっくりと寝ることができた」


「では、まさか?」


「あはは。今では性癖もそちら側だ。男は(はら)まぬゆえ安心できるというのが主な理由だがな。そのような顔をするな。(はべ)らせている者たちは可愛がっている」


 顔を(しか)めたレイジーナを見た国王は顔を緩ませた。


「ならいいのです。性癖に口出しはいたしませんが、性欲処理だけだとお考えであるのなら反対です」


「クックック。夫の愛人たちに寛大だな」


「陛下にも心許せる者たちが少しはいたことにホッしました」


「まあ、数名だがな。初期に添い寝した騎士もその一人だ。信頼している者たちは現在は別の動きを命じているため、今の俺の周りにはメイド二人と愛人だけだ。して、()はいつから俺がアランディルスを忌避(きひ)していないことに気がついていたのだ?」


「………………疑問を抱いたのは南離宮に到着した時です。あそこは……愛人の住処ではなく……陛下の安らぎの場であったのではないかと思いました。それに蔵書も移すことなく置かれていましたし、子供部屋になるであろう部屋は真新しく改装されておりました。友人に尋ねると職人が勝手やったが気に入ったので何もいわなかったと言っておりました」


 南離宮に住んでいたのは愛人かと思っていたら学者肌の青年が司書のようなことをしており、レイジーナは青年をそのまま雇入れアランディルスたちの家庭教師の一人にしていた。


「そこにいた者は陛下とわたくしの関係を見て判断したのでしょう。すぐに口を開くことはありませんでした。ですので疑問は持ちつつも確信を得るには数年かかりましたわ。彼は陛下の忠実な家臣ですわね」


 国王は嬉しそうに目を細めた。


「彼からわたくしやディの様子をお聞きになっておられたのですね」


「そなたがやつらに目をつけられてしまったらそなただけの対応では足らぬゆえ。幸いそうはならなかったがな」


「わたくしも陛下に負けず愚妃で通しておりましたから」


 ふふふんと鼻を持ち上げて見せると国王がやっと頬を緩めた。


「俺から離れれば大丈夫かと思ったが、苦労をかけたな」


「ディのための苦労はなんてことありません。それにしても入試の答案表を破ったのはやり過ぎでは?」


 レイジーナは小さく肩を揺らして笑った。


「現物があっては改ざんされるかもしれぬであろう。「朕が確認したのだから、必要ないものだ」と言い切れるようにしてみたんだ」


 少年のように笑う国王にレイジーナも眩しそうに笑顔を見せた。


「さらに陛下の手の者たちをディの護衛にまわしてくださっているのですね」


「妃では届かぬ場所もあるのはいたしかたあるまい。気にするな。それよりこれは餞別(せんべつ)だ」


 国王がソファに置いていていた書類をレイジーナに手渡す。それは離縁証明書であった。


「これならニルネスも気を揉むまい」


「まあ! ニルネス卿とのお仕事を知ってくださっているとは。ですが、お仕事はほとんど卿に預けておりますので、これはあまり関係ありませんのよ」


「は? 俺も始めから知っているわけではないが……」


 レイジーナのキョトンとした様子からガレンに視線を移すと思いっきり苦笑いをしていた。


「つまりそなたにも欠点はあるのだなぁ……」


「離婚くらいの欠点は問題にはなりませんわ」


「いや、そちらではなく……」


 胸を張るレイジーナに国王は呆れ顔をし執事長とガレンに憐憫(れんびん)の視線を向けた。二人は困り顔で頷く。 


「それを頑張るのは卿だしな」


 呆れ顔の国王が頷くとレイジーナは首を傾げた。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 王様がレイジーナ様がここまで恋愛音痴で鈍感だとは思わなかったと、思わぬ欠点(?)を見つけて呆れ顔をしているところが、重たい真面目な話をしていた直前までの雰囲気とのギャップがあって面白かった…
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