5 次の仕事
三日後、レイジーナの元にメイド長が来た。ソファで本を読んでいるレイジーナに無表情で書類を一枚本の開かれたところに置く。レイジーナはそれを取り本を閉じて脇に置いてその書類にサッと目を通す。メイド長の失礼さかげんは今更なのでスルーだ。
「これは何? 退職者名簿? 自由に辞めてもらって結構よ」
メイド長は眉を上げて苛立ちを見せたがレイジーナは無表情でそれをソファテーブルに投げた。
「妃殿下とともに南離宮に移る者の名簿です」
レイジーナは顎に手を当てて思案した。
「ここに名前のある者全員今すぐここへ呼んで」
「は? 現在仕事中ですので無理です」
「わたくしの召集命令より重要な仕事って何?」
メイド長へは目もくれずに立ち上がり水差しからコップへ注ぎソファへ戻ってくる。
『水注ぎまで自分でやる王妃なのに、何が仕事よ』
ゴンと音を立てるようにコップを置いた。これまでのレイジーナの態度との違いに困惑と苛立ちを綯い交ぜにした顔をする。
「早くしてちょうだい。わたくしは読書でとても忙しいの」
「か……かしこまりました」
『あら? あのような言葉遣いもできるのね』
メイド長への軽蔑の眼差しを切り替えて再び本を開いた。
数分のうちにノックとともに数十人の使用人たちが入ってきた。
訝しむ者、面倒くさいと表す者、やる気の無さが丸出しの者。はっきり言ってロクな者がいない。
レイジーナはスッと立ち上がると扇を向けて命じた。
「一人一人の顔が見えるように壁に沿って立ちなさい」
命令の意味が分からず唖然とする使用人たちにメイド長が急かして立ち位置を変えさせる。
レイジーナは一番右側に立つ執事長を無視してその隣にいる執事の肩に扇を乗せた。
「あら? 貴方はわたくしが本を所望したのに持ってこなかった者よね?」
その執事が顔を青くするのを見るとその隣の執事の肩に扇を移す。
「貴方は確か「友人などいないのだから便箋は必要ない」と言ってわたくしに便箋を用意しなかったわ」
さらに隣の執事に向ける。
「貴方はわたくしへの招待状を放置して、パーティに行きもしなければ断りのお手紙もしない非常識王妃だという濡れ衣を着せた、わよね?」
膝から崩れ落ちる。
「まあ! 貴女たちはお風呂のお湯もまともに用意できないメイドじゃないの。冷水のお風呂はさすがに大変でした」
にっこりと笑ったレイジーナに目を合わすこともできない。
「そして、貴女たちはそのせいで風邪をひいたわたくしに「勝手に風邪をひかれて迷惑だ」と言ってほったらかしにしたわ。王子を流産しなくて本当によかった」
涼しい顔でそのメイドたちの前を通り過ぎる。
「ん? 貴女と貴女、ドレスの管理係ね。いつも裾やら袖やら襟がボロボロのドレスを用意してくれてありがとう」
レイジーナは二人の手を握って二度振ると隣へ移る。
「貴女たちは洗濯係かしら? 目が悪いのよね? 王宮の医者を紹介しましょう」
「「「え?」」」
レイジーナが何を言っているか理解できない。
「真っ白なはずのリネンがあれほど汚れていても見えないのでしょう? わたくし、心配だわ」
「そそそそそれは……」
言い訳を募ろうとするメイドを無視した。
「貴女たちもわたくしを見ていつも楽しそうだった」
ふふふと笑顔を見せる。
「毎日居眠り騎士さんは、早く休まなくて大丈夫なの? お酒がなくては眠れないのかしら?」
顔を覗き込んで心配のフリをすると隣の騎士の顔も一人一人を覗き込みながら歩く。
「貴方たちは図書室やサロンへ行くわたくしを護衛するのも疲れるって言っていたわ。体力がないのに騎士のお仕事は大変ね」
騎士たちは軽鎧をカチャカチャと言わせて震えた。
「まあ! 貴方たちは料理人ね! 料理長は誰かしら?」
壮年の男がおずおずと手を上げた。まるで隠れるように数名の料理人の中にいたが、レイジーナが近寄って手を握る。
「わたくしが妊娠していたから、いつも栄養満点のお食事をありがとう」
「とととととんでもないことでございます」
「でも、味付けにお砂糖やお塩を使うということを知らないようだから、お料理のお勉強をし直した方がいいわ。
でも、時にはびっくりするぐらい甘いものやびっくりするぐらいしょっぱいものがあったのだけど、貴方ではなく部下が味付けをしたのかしら? 皆も味覚がおかしいのに料理人をしていて大丈夫?」
周りの者たちをグルリと見るが誰もが下を向いていた。
「俺たちはメイド長の命令でやっただけです!」
料理長が声を上げると料理人とメイドが我も我もと叫ぶ。
「あなたたち! 何を言うのっ!」
負けないほどにメイド長が声を張ると罵り合いが始まった。
レイジーナはソファテーブルへ歩むとグラスを手に取りテーブルに力一杯投げつける。ガッシャーンと大きな音がしてグラスが砕け、全員が絶句した。