42 前世の本
題名は忘れてしまったが、好きだった異世界婚約破棄物語小説の一つだった。
引き籠もりの母親にも色狂いの父親にも見向きされないアランディルスが十歳になり王子宮で生活を始めても虚しさが増えただけ。十歳が憂いを帯びた目で自分の宮を見つめるシーンが第一挿絵だった。『きれいな子だなあ』と挿絵に感心したことを覚えていた。
誕生日パーティーや茶会のたびにしつこく媚びてくる従妹フローエラにうんざりしていく。
この世界にいるレイジーナならフローエラが父親の命令に必死で応えようとしての行動だとわかるが、読者だったときには傲慢な女の子だなあと思っていた。
十三歳になり中位成績でアカデミーに合格したアランディルスは首席合格のメリンダに興味を持つ。メリンダは清楚で優しく笑顔を絶やさない女の子だ。両親に愛情いっぱいに育てられたメリンダを好ましく思うのに時間はかからなかった。そして三年するころにはすっかり仲良くなっていたアランディルスとメリンダの姿を十五歳でギリギリ合格したフローエラは癇癪を起こして引き裂こうとする。その結果、フローエラはパーティーの席で断罪され、修道院への道すがら父親公爵に雇われた破落戸たちによって殺されるのだ。
十八歳になったアランディルスは婚約者として男爵令嬢メリンダを選び、フローエラの死を知らない二人は幸せに暮らす。国王夫妻として二人が活躍する中、とうとう気を狂わせたレイジーナがメリンダを殺そうと企てアランディルスの手で斬られるのだ。
ゲームではないので攻略ルートとかはないため、アランディルスの側近たちが誰であったかまでは覚えていない。
レイジーナの努力もあって二人は親の愛情がどのようなものなのかを十分に理解しているし、十二歳で首席合格だし、二人は兄妹として心許す関係になっている。
「大丈夫。いざとなったらローラを抱えて逃げるくらいの蓄えはあるはずよ」
決意を固めたレイジーナは首を傾げる学園長にその書類を戻して笑顔で退室していった。
新入生説明会を終えたフローエラは自室に戻った。
「エクア! ただいま!」
全寮制であるアカデミーは部屋のランクは料金で決められている。一人部屋なら侍女を連れるのは可能だ。フローエラは専属侍女のエクアを伴っていた。
「わたくし、もう友人ができたのよ。お年はおひとつ上なのだけれど、とても可愛らしくて気が合いそうなの。お勉強のお話ができるご令嬢って今までいなかったでしょう。とっても楽しいわ」
エクアは慈愛あふれる笑顔でお茶の支度をした。
その頃、男子寮では広めの四人部屋にアランディルスとバードルとスペンサーがソファにいて、一人の執事がお茶を出していた。金持ち兄弟用にこのような部屋もある。
「ローラはさっそく友人ができて嬉しそうだったよ」
「「え!」」
「女の子だから」
男子率が高いため男友達と勘違いしたアランディルスとバードルをからかうようにスペンサーは笑った。
「ローラは僕たちのせいでお茶会では心からの友人ができなかったから」
アランディルスがしょんぼりと項垂れた。
「なんだ、わかっていたのかよ」
バードルの呆れたような声にアランディルスはちらりと睨んだ。
「だって、ローラに近寄る女の子たちって、絶対俺を見ながらローラと話をしてるんだぞ。遠くから見てもローラを知ろうと思っている雰囲気じゃなかった」
「それはそうさ。ディーが十七歳になるまでは誰でもチャンスがあるんだ。ローラを懐柔できれば最短でお近づきになれる」
レイジーナの懐妊ニュースによりフローエラと同年齢の高位貴族子息は多い。婚約者であれ、従僕であれ、アランディルスと懇意になれというのは彼らの命題であり、その手段としてフローエラがターゲットにされるのは当然である。
「今日はそういう雰囲気じゃなかったよ。どんな子なのかは俺も見ていくし、ディー系の目的なら即離すから」
「スペンサー、頼んだぞ」「よし、任せた」
自由専攻とはいえ、フローエラたちとすでに三十以上単位を取っているアランディルスたちとでは全てが一緒というわけにはいかない。
三人はがっちりと手を合わせた。
そして約束していた同じ専攻科目の席にフローエラが伴ってきたのは濃い水色の髪をツインテールにした金色瞳の可愛らしい女の子『男爵令嬢メリンダ』であった。だが、スーパー美女はレイジーナとフローエラで耐性のついているアランディルスとバードルが動揺することはなかった。




