32 専属メイド
レイジーナが秘書と仕事をしている執務室にガレンがやってきた。レイジーナが応接室を出てすでに二時間以上が経っていた。
「すこし休憩しましょう。お茶をお願いね」
秘書は軽く礼をして別のメイドを呼びに行く。レイジーナはガレンを促してソファーに着いた。使用人や部下から話を聞くときのレイジーナは相手もソファーに座らせるということは南離宮の時から日常化しているので、ガレンもその指示に従う。
「ローラの様子はどう?」
「はい。遊戯室へお移りになり、カウチソファーでシアに本を読んであげながら二人でお昼寝となりました」
「まあ! さすがに子供同士ね。お昼寝できるほど仲良くなれてよかったわ」
「いえ……。ローラ様は最後まで眠そうな目をこすりながら耐えておりました。そして最後には「ごめんなさい」と一筋の涙を流されて倒れるようにお眠りになりました」
レイジーナは少し哀しげに微笑する。
「おやつは?」
「シアに薦められたいくつかを召し上がりました。まだご自分でお選びになるのは難しいようです」
『したいこと、嫌なこと、それらを考えることを止めてしまっていたのね。フローエラはそのように教育されてきたのだわ……そう……レイのように……』
「…………わかったわ。あの子の殻はゆっくりと溶かしていきましょう」
「はい。それで、エクアをローラ様の専属メイドにしたいと思います」
「それがいいわね。エクアったら、先程もずっと後ろで泣いていたでしょう。ローラを心配してのことなのはわかるけど、まだ若いから情緒を隠すことは不器用ね。でも、だからこそ、ローラにはエクアがいいわ」
レイジーナはフローエラとの初対面の場面でガレンの後ろで涙ぐんでいたエクアを思い出し嬉しそうに緩ませた。エクアは十七歳で子爵家の三女である。
感情を持つことさえ不器用な少女と感情を隠すことが不器用な少女の相性はきっといいに違いないとレイジーナたちは考えた。
「ソフィが指導していきますので、問題はないと思われます」
「シアという天然教師もいるし、ね」
周りでお茶の支度をしているメイドたちも優しげに笑っていた。
三日後、再び実兄公爵がやってきた。今日は王宮応接室に通している。王宮はプライベートと執務の中間のような役割である。そこへ衣装ケースをいくつかメイドに運ばせていた。
「中身を確認いたします」
済まし顔のガレンが指示してガレンの後ろに控えていたメイドに指示をする。護衛騎士たちは公爵家のメイドたちが何もできないように衣装ケースから離れさせる。
忌々しそうに顔を歪めた実兄公爵であったが前回のソフィアナの態度から自分が快く受け入れられているわけではないことを察しているし、王宮や王妃宮の奥に入れるものに厳しいチェックが入るのは当然であることはわかっているので、フンと鼻を鳴らして荒々しくソファーに座る。
「何もやましいものなど入っていない。フローエラがここで肩身の狭い思いをしないように用意したものだ」
「これが……ですか……」
実兄公爵には聞こえない程度で呟いたエクアは苦々しく眉を寄せていた。
しばらくして立ち上がったエクアたちがあやしいものは入っていなかったとガレンに頷く。
「それで? 娘と妹の顔を見たいのだがっ!」
無表情のガレンに顎をしゃくりあげながら脅しつける。
「妃殿下は現在公務でお出かけになり、フローエラは侍女見習いとしてそれに同行しておりますのでこちらにはいらっしゃいません」
「フローエラだとっ!」
ガレンが伯爵家の出だと知っている実兄公爵は声を荒げてテーブルを殴った。
「わたくしは王妃宮の侍女長を務めております。何か問題がございましたか?」
「くっ……。ならば、訪問伺いを出した時に二人の不在を知らせればよかったではないかっ!」
「フローエラの荷物をお預かりするだけですのに、妃殿下のご都合をお教えする必要がございますか?
ともかく、こちらの荷物はお預かりいたします。ご苦労さまでございました」
ガレンがわざとらしく頭を下げ、とっとと踵を返すとエクアたちが衣装ケースを持ってそれに続く。
「おいっ!」
ガレンを引き留めようと立ち上がった実兄公爵の前に護衛騎士が立ちふさがった。
「これより先の入宮許可は出ておりません。王家の命でありますので、公爵様であろうとも拘束せざるを得ません。こちらでお引き取りください」
さも実兄公爵を慮る言い方をされれば引かないわけにはいかず、怒りを表しながら応接室から出て行った。