30 好きなもの
「ソフィ。シアを連れてきてちょうだい」
「はい!」
ソフィアナが廊下に出ると入れ違いにガレンとメイドがお菓子やケーキやお茶の載ったワゴンを押してきた。しかしフローエラが表情を変えることはなかった。次々と並べられる色とりどりの美味しそうなお菓子たちにも感情は動いていないようだ。
並べ終わったのを見越してレイジーナはフローエラの顔を覗き込んだ。
「フローエラ。どれが食べたい?」
「え?」
驚いてテーブルからレイジーナへ視線が動くが、それ以上言葉が発せられることはなかった。
「フローエラ様」
ガレンの呼びかけに再びテーブルへ視線を戻す。
「こちらはイチゴがサンドされております。こちらはチョコレートのコーティング。それからオレンジピールのケーキもございますし、ドライフルーツのパウンドケーキもございますよ。このお花の形のクッキーはいかがですか? それより、まずは甘いものではなくサンドイッチやスコーンになさいますか? スコーンはジャムとバターとクリームでしたら何がお好みですか?
うふふ。フローエラ様のお好みを存じませんでしたので、料理人たちが張り切ってこんなにたくさん作りました。お一つでもフローエラ様のお好みのものがあるといいのですが」
「わたくしの? おこのみ?」
レイジーナはそっとフローエラの膝に手を置く。
「そうよ。フローエラが好きなものを選んでいいの。お味がわからないのなら、お色で選んでもいいわ」
「でも……」
「食べてみて好みでなかったら、それをガレンに伝えればいいのよ。食べたくないものがあることは決して悪いことではないの」
「…………わたくしは……熱いお紅茶が苦手です。ごめんなさい……」
「そうよね。フローエラはまだ九歳ですもの。熱いのは苦手で当たり前よ。では冷たいオレンジジュースにしましょう」
「え? いいのですか?」
「どうして?」
「それは弟たちしか飲んではいけないものだから……」
レイジーナはゆっくりと首を横に振った。
「ここでフローエラが食べてはいけない、飲んではいけないものなど何も無いわ。でも、フローエラが食べたくないもの、飲みたくないものがあったら教えてね」
「はあ! はあ! た、食べれます! 飲めます! 大丈夫です。できます!」
レイジーナの言葉を「教えなかったことが悪い」と言われたと勘違いして顔を白くしたフローエラは、急に息を荒くし、レイジーナの袖を握り必死になって訴えた。レイジーナはそっとフローエラを胸に入れる。
「フローエラを責めているのではないわ。そのように感じさせてしまったのなら、ごめんなさいね」
「……………………うっく……ごめんなひゃい」
『わたくしが焦らせてしまったのかもしれないわ。しばらくは言葉選びも難しいわ。妃殿下と一つ一つ確認していきましょう』
ガレンは涙を押さえながらお皿に一口より小さくして載せていく。もう一人のメイドがフローエラの前にオレンジジュースを置いた。
「さあ。フローエラ。一口飲んで落ち着きましょう」
コクリと頷いてコップを手にしようとしたが手が震えていた。ガレンが脇に跪きコップに手を添えたのに、フローエラはびっくりしている。
「ごめんなひゃい……」
「フローエラ様は何も悪いことはなさっていませんよ。わたくしたちはフローエラ様のお手伝いができることを大変に嬉しく思っています。オレンジジュースを是非お飲みください」
フローエラが小さく頷いたのでガレンはコップを支えてフローエラの口へと運ぶ。
「おいしぃです」
「よかったわ。見て、フローエラ。フローエラがたくさんの種類を食べられるようにとガレンがお給仕してくれたわ」
フローエラはびっくり眼でガレンを見た。
「おてまをかけてごめんなさい……」
ガレンはそっと首を振る。
「フローエラ様がお好きなものを見つけるお手伝いをさせてくださいませ」
「あい。おねがいします」
フローエラが必死に泣くのを我慢している姿が痛々しく思えたが、ガレンはその気持ちを隠すよう優しく笑顔を見せた。
そこへコンコンコンとノックの音がしてソフィアナが入ってきた。
「シア。フローエラ様にご挨拶しましょう」
ソフィアナのスカートの影から出てきたのはソフィアナと同じクルクルとウェーブした淡い茶色の髪の女の子で、服もソフィアナと同じ淡い水色のワンピースを着ているので、二人は誰が見ても親子だとわかる姿であった。




