3 静かな教会
第三話には性的に不快なシーンが一部あります。
「レイジーナ? どうしたの? …………ううん。貴女、本当にレイジーナなの?」
モニエリーカは後ずさるようにレイジーナから離れた。
「さすが、モニカね。気がついたのは貴女だけよ」
「何? どういうこと?」
レイジーナはこれまでのことをじっくりと丁寧に誤解を生まぬよう説明した。モニエリーカは顔を赤くしたり青くしたりしながら話を聞き入りある程度説明が終わると項垂れるようにテーブルを凝視してしまった。
レイジーナは立ち上がりサイドボードに用意された水差しからグラスにレモン水を二つ注ぐとモニエリーカの前に置いた。
「わたくしをこちらへ呼ばないからおかしいとは思っていたの。元々はわたくしの家にお茶会という名目で避難していたのよ」
「ええ。公爵家で何をされていたわけではないけど、無関心のくせに監視はされるという生活に疲れていたから、モニカとの時間は唯一の和みだったようだわ」
「それってレイが?」
「う……ん。行動の記憶しかないからなんとも言えないけど、彼女に本当の笑顔で接してくれていたのはモニカだけのようだわ。彼女の笑顔もしかり。そのような友人が大切じゃないわけないでしょう」
「それなら……相談してくれればよかったのに……。愚痴ぐらいいくらでも聞けたのに……。わたくしが婚姻して子爵夫人になってしまったせいかしら」
モニエリーカはハンカチで涙を押さえた。
「大切な友達に心配をかけたくなかったのよ。それに監視の目は公爵家の頃より更に厳しくなっていたから、貴女に迷惑をかけたくなかったのかもしれないわね」
「そう……レイならそうかもしれないわ……」
「モニカ。図々しいお願いかもしれないけど、わたくしともお友達になってくださらない?」
「え? もちろんよ。もう友達のつもりだったけど」
きょとんとしたモニエリーカを見たレイジーナは転生して初めて心から笑顔になった。
「『モニカ』っていうのは『レイ』の大切な宝物だと思うから、わたくしはモリーって呼んでもいいかしら?」
「わかったわ。なら、わたくしもレジーって呼ぶわね」
「ありがとう! それでね。モリーにいろいろとお願いしたいことがあるの」
「何? なんでも言ってちょうだい!」
「わたくし、とりあえずここを出るつもりなの」
「出てどうするの?」
「離縁するわけにはいかないから離宮へ移ると言うつもりよ。おそらくすぐに認められるはずだわ」
「でも、貴女が離宮へ行ってしまったら側妃が迎えられて、子供ができたら王子殿下のお立場が危うくなるのではないの?」
「その心配は全く無いわ」
あまりにはっきりと断言するレイジーナにモニエリーカは驚嘆して目をまんまるにした。
「レイの記憶から察するにあの人…………国王陛下は男色家よ」
「うそっ。だってレイは出産したわ。まさか陛下の御子じゃないの?」
「間違いなく王子殿下よ。髪の色以外は陛下に似ているわ。瞳の色も同じよ」
「なら、どうして?」
レイジーナは口籠るが、モニエリーカに王子位の安定について安心させ、協力してもらうには真実を話す他にない。
「初夜に、ね……。陛下は寝室に現れたわ……」
モニエリーカがゴクリと喉を鳴らす。
「愛人である青年とメイド長を連れて……」
モニエリーカはパカリと口を開いた。
「レイは潤滑のクリームをメイド長に塗り入れられて、あの獣は愛人とキスをしながらレイの後ろから入れたのよ……」
モニエリーカの顔がみるみる赤くなった。照れではない……怒りでである。
「バカにするにもほどがあるわっ! 十六歳の生娘にしていいことなわけないじゃない!」
「ええ、そうね……。その一度で懐妊して本当によかったわ。それから一度も食事をともにすることも話をすることもなかったみたい。パーティの席だけの仮面夫婦。レイのお腹が大きくなってきてからはパーティも出なくなって、接点は零になったわね」
「すぐよっ! レジー! こんなところすぐに出なさいっ!」
「ありがとう。モリー。でもね、貴女に離宮用の使用人たちを用意してもらいたいの」
「そうね。そんなメイド長を連れていくのは嫌よね」
拳を握るモニエリーカにレイジーナは首を振った。
「ここの使用人は誰一人連れていかないわ。最低限の人数でいいの。わたくしは自分のことは自分でできるし、離宮も一階だけを使うつもりよ。ただ、お料理は美味しいものが食べたいわ」
モニエリーカが歯を食いしばる。
「…………わかった。なるべく急ぐわ」
「あとね、図々しくて申し訳ないのだけれど、先にお塩とお砂糖をプレゼントしてくれると嬉しいわ」
状況を察したモニエリーカは目を見開いて、もう一度奥歯をギリギリと噛んだ。
「夕方までには出産のお祝いプレゼントを贈るわ。今日はこれで失礼するわね。王子殿下のお部屋へ連れて行ってもらえる?」
「もちろんよ」
二人は連れ立って王子の部屋へ行き、しばらく王子の様子を見てからモニエリーカは帰っていった。
翌日の早朝、子爵家から地味な馬車が出立した。到着したのは小さな教会で、黒いドレスに黒い帽子、黒いベールの婦人が降り立ち、一人で中に消える。
婦人は祭壇の前に立て膝になった。
「レイ。貴女の苦しみに気がつけなくてごめなさいね。貴女の分身であるレジーと貴女の子はわたくしが全力で守るわ。自分が微力なことが情けないけど、頑張るから見守っていてね」
一筋の涙がこぼれたその目元は泣き腫らした跡がくっきりとついていた。