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25 報告書

「妃殿下はモニエリーカ様とも三割でご契約なさっていらっしゃるとお聞きしております。ニルネス会長もそこまでは譲歩なさったのではないでしょうか?」


「譲歩ですって? そういうなら普通逆でしょう? わたくしが権利を寄越せというならわかるけど、ニルネス卿が寄越したがるっておかしいじゃないの」


「ですが……それは妃殿下も……」


 苦笑いのリグダーは流れる汗を拭いた。互いが互いのために譲り合っているのだから間にいる身としてはフォローのしようがない。リグダーの様子を見たレイジーナは嘆息した。


「今回はこれでサインするけど、いつかちゃんと受け取ってもらうわ。リグダー。収支報告は正確にお願いね。損失があっても誤魔化したりしてはダメよ。今のニルネス卿ならやりかねないんだから」


「かしこまりました」


 リグダーは『ニルネス会長の手腕とこれまでの資産で商会が傾く損失があるとは思えません』という言葉は飲み込んだ。それを口にすればまたレイジーナがサインをする手が止まってしまう。レイジーナがサインをした書類を素早くバッグの中へと片付けると別の書類を出しレイジーナの前に出した。


「例の報告書ね……」


 リグダーが頷きレイジーナが拾い上げて目を通し、じっくりと読むのを待った。


「これを調べるのは大変だったでしょう。ありがとう。明日会合の約束があるから助かったわ」


「ニルネス会長よりその日程はお聞きしておりました。短い期間だったためもし足らぬ情報がありましたら、申し訳ございません」


「大丈夫よ。大方予想通りだから。わたくしだってあそこに十五年いたのですもの」


「左様でございますね」


 レイの記憶を思い起こしながらもリグダーににっこりとしたレイジーナの目は悲しみに満ちていて、リグダーの微笑も苦しさを滲ませていた。


 翌日、侍女たちに先導され赴いた応接室に大きな体を踏ん反り返えらせていたのはレイジーナの実の兄であった。レイジーナより濃い目の髪色は銀というよりグレーに近く、オレンジの細い目は相手を見下すようにいつでも下目気味で口はひしゃげるように片方の口角が上がっている。


「公爵。場を弁えてください」


 レイジーナが厳しく指摘すると眉を吊り上げて睨んできたが、それに怯むことなく視線を騎士に向け『国の護衛騎士がいるのだから礼を重んじろ』との意味を表す。ニヤリと笑い立ち上がるとふてぶてしい態度のまま小さく頭を下げた。騎士たちはもちろん国王の手の者たちではなくレイジーナが信用している者たちなのだが、実兄にそれがわかるわけもなく、レイジーナは『いつでも第三者の目と耳が近くにあるのだ』と示すことで実兄の暴挙を牽制することに成功した。


「妃殿下におかれましてはご健勝のご様子で」


 ニタニタした顔を止めることなく口を開く。

 

「ありがとう」


 表情を変えずに歩み、上座となる席へと座る。実兄はレイジーナの許可もないのにドカリと座った。


『自分が公爵で、自分より上が王家しかいないからって礼儀作法も学んでいないのかしら? つくづく呆れるわ。それにしても父親にそっくりになったものね。瞳の色以外は瓜二つだわ。十年の歳月を鑑みないなら父親と間違えそう』


 実兄の大きなお腹に実父の面影を見て嫌気がするのでとっとと話を始めた。


「前公爵と前公爵夫人は元気ですか?」


「領地から金の無心ばかりしているから生きてはいるだろう。そんなに心配ならお前も金を送ってやったらいい」


「わたくしが自由にできるお金などありません。ところで今日はどのようなお話ですの? 手紙には会談の要請内容がありませんでしたが?」


『わたくしや王子を(おもんぱか)ったり心配したりする言葉もなかったわ。相変わらずの自分本位ね』


「兄が妹を訪ねるのに理由が必要か? 家族として話をしにきたんじゃないか。妃殿下は五年前の俺の公爵継承パーティにも来なかったから心配でな」


「そうですか」


『心配の割には、わたくしの断りの手紙からは何の交流もありませんでしたよ? こちらも望むところですけどね』


 レイジーナは挑戦的に笑顔を貼り付けた。


「確かに産後の肥立ちが悪く南離宮で療養しておりましたが、だいぶ良くはなりました。まだ王妃宮へ戻って間もないので立て込んでおりますの。王子の生誕パーティも終えて一ヶ月ばかりですから忙しいのですわ。わたくしのご心配なら必要ございません」


 レイジーナは実兄公爵の返事を待たずに立ち上がり退室しようと一歩出る。

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