23 譲渡
「でも、南離宮での生活のように気軽に外へ行くことは無理ね」
寂しそうに笑うレイジーナにニルネスも哀しく肩を落とす。
「私も暗くなりませんとこちらへ参ることはできません……。明るいテラスで妃殿下とお茶を……くっ……」
レイジーナがにこやかにパチンと手を一つ叩く。
「と! いうわけだから。商会の全権を貴方に譲渡したいと思うの!」
「え!?」
ニルネスが青い顔で頭を上げた。
「ルネジー商会は充分に利益が出ているし、もうわたくしのアイディアなどなくとも貴方の手腕ならもっと成長させられるわ。これまでは折半だったけど、貴方に全て買い取ってほしいの」
始めこそ三割であったニルネスの利権だったが、頻繁に動くことができないレイジーナの代わりにニルネスが雇用した者たちが存分に働いてくれ、それを感じたレイジーナは一年ほどでニルネスとの折半を決断した。ニルネスからの条件で互いに他の者には譲渡しないとの約定が盛り込まれた契約はこれまで続いてきた。
「貴方本人なら約定違反にはならないでしょう? 心配しないで。わたくしは王妃用の予算をやり繰りすれば寄付は続けられる。モニエリーカの衣料店からの収益はモニエリーカが貯蓄してくれているし、これまでの貯蓄と貴方から譲渡金をもらえればかなり余裕があるわ」
レイジーナを茫然と見つめるニルネスはゆっくりと首を左右に何度も振っているが、嬉々として話すレイジーナはこれまでのことやこれからのことを想像しながらなので目に何も入っていない。
「本当にこれまでありがとう!」
やっとニルネスと目を合わせたレイジーナはニルネスの姿に驚愕した。
「ニルネス卿。どうしたのです?」
「ダメですっ! 違うっ! イヤです!」
三十過ぎの成人男性が目を潤ませて訴えた。レイジーナは目を見開く。
『まあ……、ニルネス卿ったらそんなにお金がないのかしら? でも売上は折半なのだからわたくしと同じだけの収入はあるはずよ。わたくし以上に社会貢献している?』
レイジーナはニルネスがボランティアしている姿を想像した。
『ドンピシャに似合い過ぎて怖いわね。きっとボランティアをする女性たちに人気があるのでしょうね。…………ん?』
ボランティア好きの若い淑女たちにニルネスが囲まれている姿を想像したレイジーナは胸の奥に何やらモヤッと感じた。
『わたくしったら、ニルネスを慈善事業のライバルだと思っていたのね。わたくしももっと手を広げましょう。………………でも、もしかしたら散財しているだけかもしれないわ。紳士の社交はお金が掛かるっていうもの。社交の一貫で男性しか知らない隠し館がいろいろとあると聞いたことがあるわ』
レイジーナの脳裏に大きなベッドに光沢のあるバスローブを纏いワインを片手に揺らしながら、高級娼婦を数人侍らせているニルネスの様子が浮かんだ。またしてもモヤッとするので、首を振った。
『そうよ! 相手が女性とは限らないじゃない。国王みたいなこともあるのよ。うげっ!』
宮廷の高級で豪華でばか広いベッドで、国王の胸にニルネスが甘えた顔で寄り添っている姿を想像しレイジーナは思わず苦虫を噛み潰した顔になり舌を出した。
『ギャンブルもありえるわね。最初は気持ちよく勝たされて調子に乗って掛け金を釣り上げられていくのよ。最後には丸裸にされちゃうんだから!』
パンツ一枚で震えているニルネスの姿を想像すると眉を寄せてニルネスを睨んだ。
「いくら収入がたくさんあってもそれを上回る出費をしてはダメじゃないっ! 資産管理はしっかりなさい!」
「はい?」
「「ブフッ!」」
「「っん!」」
ニルネスは首を傾げ、ニルネスより長い時間をレイジーナと共にしてきた護衛や侍女たちは吹き出したり息を詰まらせたりした。
『出たわぁ……。妃殿下のご想像マックス! そのご想像の中にニルネス卿のお気持ちが入らないところが妃殿下らしいわよね……』
ソフィアナは目尻を下げる。他の使用人たちもレイジーナに情深い視線を向け、ニルネスに不憫だと労う視線を向けた。
「え? え? えっと……金はあります……」
「あら? そうなの? 買うお金が無いのではないの? なら何が問題なの? 収益を独り占めできるのだから万々歳じゃないの」
「ですから、金ならこれ以上必要としていません。それでも……イヤなのです」
ニルネスは理由について言いたいことはあれど、現状で言えることではなく、口籠ってしまった。
『理由が言えないけど「イヤ」なのね。意見を言ってくれるだけマシね。意見も言わずに離れていくだけの人間関係なんて山程あるもの』
「わたくしは、商会に貢献できないのに利益をいただくことが心苦しいの。だから買い取ってほしいと言ったのよ。ニルネス卿はどうしたらいいと思う?」
『妃殿下らしいわ。こうして下の者に押し付けるではなく意見を聞いてくださるのよね』
ガレンは二人のカップに温かいお茶を注いだ。




