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22 十年の蓄積

 レイジーナが玉座に戻るとすでに国王の姿はなかった。国王の「煩わしい」の一言で、国王の退室はいつのまにやら早々に済んでいるようになったと説明された。王宮庶務局の次官からすでに段取りは聞いていたので驚きはない。が、呆れはある。


『本当にファーストダンスを待たずに退室してしまうのね。普段は王宮庶務局が用意した者が踊るだけだからいいけど、今日は後継者のファーストダンスなのよ』


 ダンスを踊らないスタンスである国王のために王宮庶務局は何かと理由をこじつけてファーストダンスのカップルを決めている。とはいえ、大変に誉れ高いことではあるので誰もが快く了承しているため人選に困ったことはない。


『「王妃は国王に社交を任せて無責任だ」って言われているけど、国王も挨拶のひとつもしないじゃないの! 国賓でもいないかぎりこの状態だとは聞いていたけど、聞くと見るでは衝撃度が段違いだわ。なんて形だけの王家なの』


 レイジーナが難しい顔をしていると次官の一人が話かけてきた。


「妃殿下はいかがなさいますか?」


 そのように聞いてきたということは、レイジーナが退席しても問題ないということなのだろう。レイジーナの思案顔を不機嫌だと読んだようだ。


「アランディルスの前半の五人とのダンスまでは見ていくわ」


 思いもよらない返事だったようで、次官が口を小さくポカリと開ける。


『息子に興味のない母親だと思われているし、それが好都合なのだけれど、可愛いディの生誕祭のダンスが見られるのは最初で最後なのだから見逃せないわ』

 

「前の五人がそなたたちが選んだ王妃候補なのでしょう? わたくしの未来にも関わるのだから見て当然ではなくて?」


『はっはあ、なるほど。自分の地位を脅かさない者を見極めるということか。本当に強欲な女だ。だから傀儡にされるんだ』


 礼をしてから下がっていった次官はまんまとレイジーナの話術に嵌ったことを表すように片方だけ口角が上がっていた。それを見たソフィアナが嘆息する。


「いいのよ。そう思わせるために日々噂を流しているのだから」


 レイジーナは官吏たちには決して優秀さを見せるつもりはない。官吏たちもすでに凝り固まったイメージの曇った目でレイジーナを見るのでレイジーナの本質を見極めることはできないでいる。


 宣言通り五曲見たレイジーナは国王に倣い、ソフィアナとともに音もなく退室した。

 国王夫妻の入場までレイジーナの悪口を言っていた婦人たちだが、レイジーナの後ろ姿が消えても悪口を再開させることができなくなっていた。レイジーナの装いは見るからに今や飛ぶ鳥も落とす勢いのモニエリーカの服飾店とルネジー商会のものだった。この二店は「王妃のわがままで無理矢理付き合わされている」と噂になっていたが、今日の姿は「国王もこれに絡んでいる」と判断される装いだった。これは作戦としてニルネスによって手配された装いである。

 この二店とはどうしても敵対したくない婦人たちはレイジーナの後ろ盾だと勘違いし悪口が出なくなった。後ろ盾はレイジーナの方であるが、理由としては遠からずなのでレイジーナの作戦は成功と言える。

 

 レイジーナが王妃宮のサロンでお茶をしているとそこから繋がるテラスを隔てる大きな掃き出し窓からコンコンとノックの音がした。まだ早い時間とはいえ夕日はとうに沈んでおり、夜空には星が瞬いている。だが、執事は何の躊躇もなく窓に寄り、その窓を開いて客人を招いた。


「本日も大変麗しく。ご挨拶できますことに至福の喜びを感じております」


 胸に手を当てたその姿は貴公子として一つのほころびもなく、他の貴婦人が見れば卒倒してしまうのではないかと思われるほどの美丈夫ぶりである。


「ニルネス卿。どうしてそのようなところから現れるの?」


 レイジーナは呆れと諦めを混ぜて嘆息した。


「こちらは王妃宮でございますれば正面より堂々と参りますと『あらぬ』噂……ではなく、『ある』噂のタネとなってしまいますから」


 ニコニコと破顔しているニルネスは慣れたようにレイジーナの前に座った。


「何も『ない』でしょう。でも、確かに『あらぬ』噂になるのは面倒ね。それにしても随分易易(やすやす)とここまで来たようね」


「それはもちろん、この十年という時間をかけてこちらに仕えるみなさんの信頼を勝ち取ってまいりましたから」


 執事がレイジーナの視線に首肯して答えた。確かにレイジーナの意向で外の衛兵に至るまで南離宮でレイジーナに尽くしてくれた者たちだ。つまりはニルネスと顔見知りである。


「それでもこのように夜の帳が降りませんと伺うことは難しくはなりました」


「『あらぬ』噂は困るもの、ね」


 レイジーナがすねたように言うのでニルネスはクスクスと笑った。


「皆、あくまでも私が妃殿下にとって害のない者だと判断しているからです。万が一の時に妃殿下より私を優先させることはありません。彼らを信じてください」


「ニルネス卿に言われずともわかっております!」


 レイジーナはわざとプイッと顔を逸らした。ニルネスはその気安いやりとりを殊の外嬉しく感じているので目尻を優しく下げる。


「外でお会いできるときにはまたルネと呼んでください……」


 請われた内容にレイジーナは目を丸くしてパチパチと瞬かせた。


「わ……かったわ……」


 ニルネスがあまりに幸せそうに笑うのでレイジーナは扇を広げて赤くなった顔を隠した。

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