2 王妃の実家
六年前、ラッテガゼン王国王妃レイジーナは男子を出産するとホッとしたように深い眠りについた。そして目が覚めるとその中身が違う人物になっていた。
しかし、国王から冷遇され、使用人はメイドや侍女や執事、はたまた警護騎士にまで無い者として扱われてきたレイジーナの中身が入れ替わったことなど気がつくものはいなかった。
「たった一度の義務で王子を授かるなんて奇跡ね」
レイジーナはベビーベッドで眠る自分が産んだわけではない我が子の頬をそっと撫でた。
元レイジーナの知識やこれまでの記憶はあれど、感情はここにはないのでこれまでの受けてきた待遇に対してどのように感じていたかは定かではない。
「でも、王に無視されるなら死んでしまってもいいと思うほど愛していたのかしら?」
夢の中の神様らしき人から簡単な転生経緯を聞いている現レイジーナからすればそのような男は願い下げだ。
「王城や王宮に勤める者たちにも情は無いみたいだから気は楽ね。それにしても産後のお見舞いに実家も来ないなんて素晴らしく政略結婚ね」
呆れたように薄い笑いを浮かべた。実家もレイジーナを子供を産む人形程度にしか考えていないことは明白である。
「とにかく数少ない味方に頼むしかないわ。どうか成功を祈ってね。その時には貴方も一緒よ」
自分と相手との間の色をした産毛を撫でて、額に口づけを落とすとその部屋を出た。
自室に戻り友人に出産の報告とお茶会のお誘いの手紙を書く。
その日の午後、レイジーナの父である公爵と実兄である小公爵が見舞いという名の偵察に来た。王妃用の応接室にベビーベッドが用意され王子がそこで休んでいる。ニヤケが止まらない公爵は白髪交じりで薄いグレーの髪を後ろで一つに纏めベビーベッドの脇ででっぷりとした腹を撫でている。同じグレーの髪にオレンジの瞳の実兄は表情を変えずに見下すように王子を見ていた。
青い瞳に王子の顔を映したかどうかは定かではないが、公爵はニヤリと笑いとっとと踵を返し、ソファーにドカリと座った。王子を抱くことも触れることもしないことにレイジーナは半ば分かっていたことでも呆れてしまった。
「ふん。男を産むとは。お前にしてはよくやった。これでワシも国王の外祖父だ」
「公爵。ここではわたくしを妃殿下、王子を王子殿下とお呼びなさい」
「は? 何だその態度は?」
公爵は青い目をギラつかせて怒りを隠すこともしない。兄である小公爵も目を細めてレイジーナを威嚇する。
「勘違いなさらないで。王子が生まれた今、わたくしの地位は安泰と言っても過言ではありません。そうなると擦り寄って来る者や唆して来る者、嫉妬や妬みを持つ者も多くなるでしょう。そういう者たちにお二人のそのようなお姿が見られれば公爵家の権威に傷が付かぬとも言えません」
二人は前のめりになっていた体をソファーに預けた。
「うむ。確かにな」
「そういう者たちは粗を探すことが得意ですからね」
「ええ。ですから、こちらから付け入る隙を与えないように配慮するべきだと考えたまでです」
「お前にしては気が利くじゃないか。王宮での暮らしは少しは役立っているようだな。いや、妃殿下」
「わたくしもお二人を公爵、小公爵とお呼びいたしますが、他意はございませんので」
「わかった。ははは。なかなかすぐには直らんな。
かしこまりました。妃殿下。はっはっはっは!」
二人は用意されたお茶を口にする。
「さすがに妃殿下のお茶ですな。うまい! では我らはそろそろ。どうかお体をお大事に」
二人は頭を下げることなく出て行った。
『家族と呼びたくないから言っただけなのだけど、存外に上手く丸め込めたわね。それにしてもわたくし用のお茶は安物ですのにそれも気が付かないとは……。お酒にしか興味がないものね』
レイジーナはわざわざ自らお茶を淹れ、高級茶葉の隣にあったレイジーナ用の安い茶葉を使ったのだ。メイドが目を見開いて抵抗しようとしたが、それを許さなかった。
『少しはわたくしの変化に気がついたかもしれないけど、きっと国母になって気が大きくなっているって程度の認識でしょう。舐められていた方が動きやすいこともあるわ』
それから数日のうちに手紙の相手が来た。
「レイジーナ! 会いたかったわ! こちらに来てからちっとも呼んでくれないのだもの! 元気だった?」
若草色がレイジーナに飛び込む。客人モニエリーカは入室するなりレイジーナに抱きついた。
「モニカ。落ち着いて。とにかく座りましょう」
ソファーに並んで座るとレイジーナは壁に立つメイドに声をかけた。
「知己の友人なの。二人にしてちょうだい。お茶はわたくしがやるから結構よ」
「ですが……」
「ならば、貴女たちはこの場で首です。メイド長を呼んで」
「え?! いえ、大変失礼致しました。ドアの外におりますのでベルを鳴らしてください」
レイジーナはわざと冷たく見えるように外へ出るようにと手を振った。
メイドが退室するのを見届けて隣の友人へ視線を戻すと、口をあんぐり開け黄色の瞳をパチクリとさせた友人がこちらを見ていた。