19 謁見
パーティの三日前に王宮へ入ることにしたレイジーナとアランディルスは入城の馬車も別々にするほど他人のフリをする。その姿と家庭教師をしていた侯爵子息の家の者たちの振り撒いた噂によって、それを鵜呑みにする者たちは多く、ほくそ笑んでいる者までいた。
「あれほど無関心ならば王子殿下の能力は……わかるな」
さすがに声を大きく「たかが知れている」とは言えぬまでもそれを含ませる意見がそこここで飛び交い、それを否定する者もいない。息子を家庭教師にしていた侯爵は「自分の言った通りだろう」と鼻高々にニヤケている。
そして、国王に挨拶するために二人が通されたのは謁見室であった。
レイジーナの予想通り謁見は互いに興味がないと表現するためのようなものであるのでレイジーナは心の中では歓喜した。
『今更関わられても迷惑以外の何ものでもないわ。いつまでも愚王でいてくださいね』
身なりもキチンとしたものではなくダルそうに肘掛けに手を置き手に顎を乗せている国王にレイジーナは笑顔を向けた。
「陛下。引き続き同様に思し召しいただきますようお願い申し上げます」
「うむ。そのように」
会話はこの二言でアランディルスには声もかけなかった。二分で謁見室から出てきた二人を見たソフィアナは目を見開いて驚くが二人の間に入りさらに「レイジーナはアランディルスを無下に扱っている」と表していく。アランディルスもソフィアナのその態度を不快に思うこともなくついていくので、尚更に愚王子の噂となることも計算済みだ。
だが、王妃宮に入った瞬間にソフィアナが眉を寄せた。
「家族との面会に謁見室を指定するとはなんたることでしょうかっ! これまで十年近く一度も南離宮へいらっしゃらなかったうえに、この扱いは酷すぎます!」
レイジーナの連れてきた他の使用人たちも怒りを顕にしていたが、レイジーナは皆を諭した。
「積極的な接触はなるべくしたくないから丁度いいわ。わたくしたちも一度も王都へ来なかったのだからお互い様よ。「これからも他人でいい」という陛下からのメッセージだと思えばありがたいじゃない」
『本当に頼もしいご主人様だわ』
ガレンは飄々とするレイジーナの姿を見て安堵した。
「はぁ! すっきりしたわぁ!」
王妃宮の自室のソファにバンザイをしてお尻からダイブしたレイジーナに気持ちを切り替えた使用人たちはクスクスと笑い、ソフィアナは早速お茶を用意しはじめた。
「ふふふ。妃殿下もご緊張なされていたのですね」
「母上。ここは南離宮ではないのですよ」
アランディルスは十歳とは思えないほど優雅な仕草でお茶を口にする。
「南離宮の皆しかいないのだからいいじゃないの。ディもだらけていいのよ」
「………………ですね」
カップをテーブルにそっと置くとにっこりと笑ってみせ、両手を挙げてソファの座面に顔から飛び込んだ。その可愛らしい姿に誰もが心を和ませる。
顔を上げてレイジーナと目を合わせる。
「それにしても陛下は本当に…………陛下でしたね」
「「他人でしたね」って言いたいのでしょう。はっきり言っていいのよ。ふふふ」
必死に言葉を探したアランディルスの様子にレイジーナが笑ってしまうとアランディルスは唇を尖らせて拗ねて見せた。
「ディ。「社交は完璧な王子様」をよろしくね」
「任せといてよ!」
二人が目を合わせてサムズアップすると再び笑いが溢れた。
モニエリーカの服飾店とルネジー商会の小売店によってレイジーナとアランディルスの支度は着々と完璧に素晴らしく整えられた。
こうしてアランディルスの誕生日の当日を迎える。
パーティの会場には綺羅びやかに着飾った貴族たちが続々と集まった。アランディルスの年齢に合わせて十歳でも参席が認められている。ただし、当主を除き一家に三人まで。いくら王城パーティとはいえこれ以上は入れない。当主が夫人を連れずに三人の子どもを連れている家もある。王子の目に留まらずとも、同世代の高位貴族に顔を知ってもらうチャンスがあるかもしれないのだから下位貴族たちにはとてつもない好機である。
いつもとは違う喧騒に見守る兵士たちの顔も緩むほど和やかである。
だが、それは子どもたちの集まる部分で、本日主役になり得ないが好奇心満載で噂話に花をすでに咲かせている者たちはいる。




