14 弟か妹
レイジーナはアランディルスへの教育を怠ることはなかった。愛情いっぱい育てる反面、厳しい教育も施す。さらには国王対策もしていく。
万が一、国王が南離宮を訪れることがあったときにアランディルスが国王を知らないでは済まされない。廊下に大きな肖像画を飾りそれが父親であり国王だと説明した。
アランディルスが四歳の時である。レイジーナと手を繋いで廊下を歩いているとアランディルスが肖像画の前でピタリと止まった。
「おかぁしゃまはどうやってへいかとお手々をつないだのですか?」
肖像画を見上げたアランディルスが徐ろに質問してきた。
『え? 結婚式と社交パーティ以外で腕を組んだことなんてないけど……』
「そ、そうね。普通に繋いだわよ。どうして?」
「僕が生まれたのはお手々をいっぱいつないだからでしょう。もっともっとつなぐとおとうとかいもうとができるそうです。僕もバードやスペンのようにおとうとやいもうとがほしいです。だからおかぁしゃまとへいかにお手々をつないでほしいんです」
アランディルスがうるうるとした瞳でレイジーナを見上げた。
『モリーのところも、ソフィのところも夫婦仲がとてもいいものね。わたくしたちにそうなってほしいってことなんでしょうけど……。無理! ね……』
無理だとはわかっているが我が子に失意を与えたくなくて適当に誤魔化すことにした。自分自身への言い訳も含まれている。
『いつか、理解できるようになったら説明するわ。四歳児に言っても傷つけるだけだもの。そう、今はまだ早いのよ』
「わ、わかったわ。考えておくわね……」
曖昧に笑ったレイジーナだが、ほんの少しではあるが前向きな返事をもらえたアランディルスは満面の笑顔になった。
「うれしいです!」
レイジーナの手を離してトテトテと肖像画に近寄る。それからいっぱいに背伸びをして手を上げた。
「? ディー。何をしているの?」
「へいかにおそとへ来てもらわないとお手々をつなげないでしょ。ぼくがお手々をつないでおかぁしゃまのところへつれてってあげるよ」
「え? ま、待って……」
「いつもこの中にいるからおかぁしゃまとなかよしになれないんですよ」
手を懸命に伸ばして肖像画にお説教している姿はとても可愛らしいが、話の内容に顔を青くしてしまう。
『もしかして、絵自体が父親だと思っているの? 確かに「これがお父様よ。陛下とお呼びするのよ」とは説明しているけれど。これはまずいわ、色々とまずいわ』
レイジーナがオロオロとアランディルスを見ているとアランディルスがスッと抱きかかえられた。アランディルスは目的の『へいかのお手々』に触れる。
「あれ? へいかに触れない……」
「アランディルス王子殿下。これは絵です。王子殿下と妃殿下が国王陛下をお忘れにならないために飾られているものですよ」
神物を掲げるようにアランディルスを優しく抱き上げていたニルネスは宝物を守るように抱き変えた。それを拒否する様子もないアランディルスはこうしてニルネスに抱かれることは慣れているのだ。
「そっか。ご本のドラゴンと一緒なんだね。僕より大きいからお手々をつなげると思っちゃった。なら、どうすればいいの?」
アランディルスの向こうに立つレイジーナはブンブンと首を振る。いいたいことは理解できないが、今は何か誤魔化したいようだと察した。何をどうしたいのかはわからないがここでは会うことはないと伝えるべきだと考えた。
「国王陛下は大変にお忙しいお方ですからここの宮邸でお会いになることはできないかもしれませんね。殿下は陛下にお会いしたいのですか?」
「う~~ん……」
アランディルスは一生懸命に考えてから真剣な顔で首を横に振ってニパッと笑う。
「僕にはルネがいるから。おとぉしゃまがいなくてもいいんだ」
後ろに控えるメイドが胸に手を当てて膝を突いた。
『天然殺人鬼……。あの笑顔に心臓が止まりそうになったわ。さらにニルネス様はあのお言葉を直球攻撃されているけど……』
メイドはそのまま顔を上げてニルネスの様子を見るとニルネスは完全にフリーズしていた。
「ルネ?」
アランディルスが覗き込むとニルネスがボンと赤くなり、アランディルスをぎゅ~っと抱きしめた。
「私は果報者です」
「かほも?」
抱きしめた腕を緩めてアランディルスと目を合わせる。
「私はとても幸せです」
「うん! 僕もっ!
だけどね、僕、ほしいものがあっておかぁしゃまにお願いしていたの。でね、それにはへいかとお手々をつながないとダメなんだよ」
「ほしいものですか? 私に用意できるものでしたら何でもお持ちいたしますよ」
「ホント? 僕ね。おとうとかいもうとといっしょにあそびたいんだぁ」
ニルネスは再び硬直したが、先程とは異なり顔は青くなっていた。