13 カモフラージュ婚
レイジーナのアイディアは大当たりだった。普段着が売れるとその肌触りや裁縫技術、そしてデザインを気に入った貴族がパーティー用の服もオーダーしてくれる。さらに貴族たちが買ったワンピースを買い取ることにすると売ったついでに新品を買ってくれるので、売上が瀑増した。買い取ったワンピースは下位貴族や金持ちの平民向けにリメイク品として格安で売ると大人気となった。
こうして数年後には技術者を増員したり、リメイク品の店を別店舗にしたりして大きくなった。モニエリーカが三人目の子供ナーシャリーを出産した後、仕事に復帰したタイミングでほとんどの権利をモニエリーカに譲渡した。
「わたくしは十分に利益をいただいたわ」
「でも、レジーのアイディアはこれからも必要なの。三割ほどの配当受け取りってことでどうかしら?」
手を握り懸命に説得する友人の熱い瞳にレイジーナは屈服する他になかった。
『三割の配当……。本当に上手い数字よね』
レイジーナは困り笑顔になりながら頷いた。
そして、そうやって仕立屋が変化している間、商会も変化していった。仕立屋が大きくなるのは当然の仕入れ屋が大きく関わっている。商会の仕入れ部門にはレイジーナは特に差配を振るったが、レイジーナの名前を出すことはしない。
まずは食品関係からは一時的に手を引いた。王妃宮に不良品を収めていたとの真実の噂が出回り売れなくなっていたから消費期限が限られる飲食物は扱うことが難しかった。
レイジーナはそれを逆手に取り、布製品へ力を入れた。よい布があれば大量に購入し安く仕入れ仕立屋へ納品することはもちろん、仕立屋から数名引き連れてオープンさせた小物屋では、ドレスと同様の材料とテクニックで作られるリボンやレースなどの装飾品は仕立屋部門に納品するだけでなく、それ単体でも売れたし、パーティバッグも普段着用バッグも人気になった。
レイジーナは前世で帽子が大好きだったこともあって、帽子のデザインと制作に携わり、子供用から大人用まで大人気となった。
『布ってすごいわぁ。なんでもできちゃう』
夢を広げたレイジーナは、建築屋ではベッドとソファに力を注いだ。これも布製品であるとの考えで、肌触りや座り心地を研究していく。特にカウチソファが注目を集め貴族のプライベートルームにと注文が殺到した。
すべての部門が順調に売上を伸ばしていくレイジーナの商会であるが、レイジーナはこれらを王城と王宮には秘密にしたいと考えた。レイジーナにはその相談をできる協力者がいる。月に一度は必ず出資者会議で南離宮へやってくるし、何かと理由をつけてはやってくるニルネスに相談してみると目を輝かせて解決策を打ち立てた。
「簡単です! 妃殿下が架空の子爵夫人になればよろしいのです」
「架空では納税もできないわ」
「名義は本物です。私の侯爵家から子爵位を貰ってまいります。領地の小さな子爵位ですから爵位料も大していただいておりません。それ以上の納税をなさりたい妃殿下のお気持ちにぴったりです」
「それは侯爵家に迷惑をかけるのではなくて?」
「私のセカンドネームで買い取った形で独立しますので問題ありません。妃殿下にはセカンドネームで架空の子爵夫人になっていただきます」
「なるほど」
『それって架空とはいえ夫婦になるということではないのかしら? ニルネス卿の罠?』
レイジーナ以外は疑問を持ったが、ニルネスの気持ちを察していないレイジーナは言葉通りを納得した。
「商会運営にも子爵位はあって無駄になりません」
「それはそうね」
「では、これからは私をルネとお呼びください」
「ルネ卿?」
ニルネスはにっこりと笑いゆったりと首を振る。
「ルネです。海外での取引などでは夫婦でパーティに参加することも必要になる場合ももしかしたらなきにしもあらずです」
『『それってほぼないって意味なのでは?』』
使用人たちの疑問をよそににこやかにニルネスの話は進む。
「そうね。商売を広げたいなら直接行った方がいい場合もあるわ。わかったわ。ルネ。では、わたくしのこともこの国の行事でない場所ではレジーとお呼びなさい」
真面目に答えるレイジーナにニルネスは顔を綻ばせた。
「かしこまりました。レジー。貴女の商才に協力できて幸せです」
『妃殿下は商売以外はお詳しくないのかもしれない。でも……悪いお話ではないから反対したくないわ』
ニルネスの気持ちを察しているガレンとソフィアナ、他の使用人たちはレイジーナの未来の幸せを願ってそれに異を唱えなかった。
ニルネスは架空子爵位についての案はずっと考えていた。商売を大きくするなら爵位があった方が何かとスムーズだし、トラブルも少ない。何より架空とはいえレイジーナと夫婦になれる。しかし、どのように切り出すべきかを思案していた。そんなときのレイジーナからの相談だったので渡りに船であった。