05重ねた罪の重さを知れ
これはある意味、蛇足部分です。
本編までの終わり方で満足している方は戻ることをお勧めします。
ルシウスは深淵に叩き落された後、闇の中を彷徨っていた。いや、漂っていたという方が合っているかもしれない。
ここに来た当初は足を動かしていたが、歩いている実感が湧かず、移動しているのかもわからない状況に、今はその身を闇に委ねているからだ。
ルシウスの心の中には後悔が渦巻いていた。
一年ぐらい前から表情が翳るようになった。その時からこうなることをラトゥーリアは知っていたはず。そんな彼女を心配しつつも、曖昧にはぐらかすのを見ていながら、呑気に構えていた自分を殴ってやりたかった。
小さな頃から一緒にいたから、彼女は周りを心配させないように振る舞うことぐらいわかっていたはずなのに。
「結局、自分のことしか考えてなかったのか……」
ルシウスの口から自嘲気味に漏れた言葉は、闇の中へと消えていった。
「珍しい。深淵に生身の人間が来るとはな」
どれくらい闇の中を漂っていただろうか。頭の上から唐突に男の声が聞こえてきた。
見上げると、一人の男が立っていた。
「お前さん、堕とされたのか。しかし、あれだな、こんなところにいながら、他人への恨みとか憎しみとかよりも、自分の不甲斐なさを恥じているのか」
「っ!」
会ったばかりの見知らぬ男に心中を言い当てられたルシウスが息を呑む。
あれはここを深淵だと言った。それが嘘か真かはわからない。だけれども、この闇の中を自由に移動できるというだけで、目の前の男が計り知れない存在なのは確かだ。
男は顎に手を当て、少し考える素振りを見せた後、意味深な笑みを浮かべた。
「お前さん見所がある。強くなりたいなら、手を貸してやらんでもない」
男は顎に当てていた手をルシウスへと差し出した。まるで、それを望むならこの手を取れと言わんばかりに。
そして、ルシウスは迷わず彼の手を取った。
「いいか? 奴らは残忍で冷酷で狡猾だ。俺たちはお前を鍛え上げてやる。だが、それ以上は手を貸さん。そこから先はお前次第だ。いいか? 奴らに情けをかけるな。微塵も躊躇せず、微塵も油断せず、微塵も容赦せず、完膚なきまでに叩き潰せ」
―――――――――――――――
「おっ、帰ったか。悪いが先に始めてるぜ」
深淵の主である男は、ルシウスの姿を認めて声をかけた。
ルシウスは深淵へと戻ってきていた。
あの時間軸に今の彼は存在できない。してはならない。この理を逸脱することはできない。
だが、彼は消えることはできない。深淵で鍛えられた彼は、すでに深淵の一部と化している。そのため、ここに戻ってくるのは必然とも言えた。
「別に構いません。あっちで散々八つ裂きにしたので」
ルシウスの返答に深淵の主は、「そうか」とだけ返してまた前を向いた。
その視線の先には、神を詐称した男が何人もの男に囲まれて甚振られている。
ろくに抵抗もできず、されるがままの男は時折情けない声で許しを乞うばかりだ。
「自分で蒔いた種だ。まったくもって救えねぇ」
神を詐称した男は魔法士だった。
彼は幼い頃、自分を慰めてくれた少女に恋をした。
美しく成長した彼女には婚約者がいたが、真実の愛で結ばれていると信じた男は彼女に求婚した。
しかし、それは彼の独りよがりな勘違いだった。
彼女は彼に幼馴染以上の感情をもっておらず、婚約者と想い合い、愛を育んでいた。
裏切られたと思った男は彼女とその婚約者を殺害し逃亡――その逃亡生活の最中に憎悪と怨嗟が膨れ上がり、深淵を垣間見る機会を得た。
というのが大筋らしい。
「深淵の表層、いや、表面を見た程度でここまで思い上がれるとは……呆れを通り越して感心するな」
ルシウスは彼の言葉に共感した。
深淵に堕とされ、闇の中を漂い、彼に鍛え上げられ、魂が深淵と同化したルシウスも同じ思いだからだ。
加えて言うなら、少女のちょっとした同情心で、よくもまあここまで舞い上がれたものだとも思った。
「所詮は表面しか見れぬ小者だったということか」
ある意味、憐れではあるが、同情する気は一切ないし、容赦する気もない。
この男はラトゥーリアの前にも、散々、同じように『オフィ』の名を授けて女性を攫ってきたのだ。
しかも、人間だった時の思い出と重ね、十歳前後で印をつけ、彼女たちを強引に手元に置き、拒絶する彼女たちを力尽くに暴いて尊厳を踏み躙り、成熟した後で飽きたら命を吸い取ってきたのだから。
あっちで八つ裂きにしたから――と、一歩引いたルシウスだったが、その実、男への憎悪は少しも薄まってはいなかった。
だけれど、今は先達に譲ることにした。
ルシウスは、自身がともに歩めないけれども、大切な人を守ることができた。
しかし、彼よりも前に大切な人を奪われた者たちは。
今、目の前で男を嬲っているのは、器を失い、深淵に流れ着いた怨嗟や憎悪と言った負の感情だ。それだけに容赦がない。
――まさに因果応報と言ったところか。
ルシウスは男の漏らす情けない声に薄い笑みを浮かべたのだった。
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