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03そのためだけにここにいる

一話目の時間軸に戻ります。

 拘束を跳ね除けたルシウスに向かって、両親を制していた残りの神殿騎士が剣を構えて突進する。ルシウスは溜め息を吐いた後、特に気にする様子もなく、ラトゥーリアの方へと歩みを進める。


「ルウ!」


 ラトゥーリアは咄嗟に彼に危険を知らせるが、それは杞憂に終わる。

 神殿騎士の剣がルシウスの背中を捉えようとした時、握られていた十字剣の刀身は粉々に砕け散り、剣を振り下ろそうとしていた神殿騎士の体は遥か遠くへと吹き飛んでいった。フェイスガードも粉砕され、失神しているのが遠目からでもわかる。

 突然の出来事に呆気に取られたのは見ていたラトゥーリアたちだけではない。他の神殿騎士もまた動きを止めてしまった。

 ルシウスはこれを見逃さず、瞬く間に一人、また一人と自分に刃を向ける神殿騎士全てを打ち倒し、何事もなかったかのように涼しい顔でラトゥーリアの前に立った。


「ラティ……()()()()()()()()()


 ここに至るまでずっと一緒だった、何なら言葉も交わしていた婚約者は、悲痛な面持ちで自分を見ていることにラトゥーリアは戸惑いを隠せなかった。徐に伸ばしてきた彼の右手がラトゥーリアの左頬に触れる。その手はとても震えていて、彼の心境を如実に表していた。

 違和感のあるルシウスに戸惑いこそしたが、彼に触れられてもラトゥーリアは嫌ではなかった。どこか心細さを抱え、今にも消えてしまいそうな彼を突き放すことなどできない。寧ろ、目の前の彼が抱える心の澱を取り除いてあげたかった。

 けれども、きっとそれはできないのだとも思った。彼の瞳から伝わってくる覚悟とも諦めともつかない気配に。


「無礼者!その者は神の御怒りを鎮めるためにあるのだ! 聖女、神の供物から離れ――ひぶっ」


 ラトゥーリアの腕を掴もうとした神官長は、ルシウスのアッパーで宙を舞った。

 そこに両親たちが駆け寄ってくる。


「ラティ、みんなと一緒に下がっててくれ」


 ルシウスは家族のところにラトゥーリアを送り出すと、神像へと向き直る。ただ、彼の敵意は神像というよりは、その前にある二本の白い柱の間にある青い半透明の膜に向けられていた。

 ルシウスが右手で頭上に小さい円を描くと、円を描いたところに光をも飲み込んでしまいそうな黒い空間が現れる。彼がその黒い空間に指先を触れ、何かを引きずり出すように地面に向かって右手を振り抜けば、闇の中から巨大な剣が現れて彼の手の中に収まった。


 闇の中から引きずり出されたそれは、大人の背丈ほどもある黒い片刃の刀身は厚く、剣というよりは鉈に近いが、切先も備えているので剣鉈といえる常人にはとても扱えない代物だ。


「見ているんだろ? さっさと出てきたらどうだ」


 得物を右肩に担いでルシウスが啖呵を切るが、何も起こる気配がない。そのため、周りは怪訝な表情を浮かべるが、彼には分っていた。何もないように見える先に黒幕が潜んでいることを。


 ルシウスは「そうかよ。それなら――」と呟くと、剣鉈の刀身を肩から降ろし、両手で柄を握って右脇に構える。彼が重心を落とした瞬間、黒い気が足元から沸き起こり、黒い刀身には赤紫の葉脈のような筋が走った。


「引きずり出してやるまでだ!」


 ルシウスは右脇に構えた剣鉈を水平に左へと振り抜いた。同時に正面に向かって黒い剣気が放たれる。それによって白い柱も神像も二つに両断された。


「ぎゃああぁぁ!!」


 突如として耳をつんざくような悲鳴が神殿内に響き渡った。あまりのけたたましさにその場にいる全員が耳を塞ぐ。

 どこか愉快げな表情を浮かべるルシウスを除いて。


 切断された神像の上部分が滑り落ち、白い柱が消えると、それと同時に柱の間にあった膜も消えた。すると、その先に先ほどまではいなかった若い男性の姿があった。彼の左腕から夥しい量の血が流れ出ており、傷を押さえて呻いている。


「キ、キサマ! 下等生物の分際で神である私の体によくも――」


 自らを『神』と名乗った男は射殺さんばかりの視線をルシウスに向ける。腕からの出血は目に見えて量が減り、傷が塞がりつつあるのを見ると、少なくとも何かしら人よりも力を持つ存在なのがわかる。

 恨み言とともに左手の傷を押さえていた右手に力を集中させる。


 しかし、それらは口上とともに最後まで発せられることはなかった。


「お前が『神』だと? 寝言は寝て言え」


 一瞬で距離を詰めたルシウスの強烈なタックルで男は体勢を崩した。そこに右下から左上へと剣鉈が振り上げられ、彼の体に大きく斜めに傷が走る。

 ルシウスは振り上げた剣鉈の刀身を背中に回す。柄を握る右手は頭上に置き、その目は完璧に獲物を捕らえて離さない。


「神はな、全てに平等なんだよ。だからな、人間にだけ声をかけたり、姿を見せたり、ましてや手を差し伸べることなどあろうはずがない。なら、お前は何か? 答えは神を詐称する何某かだ」


 男が抵抗を試みるが、ルシウスにとっては遅すぎた。無数に振られる剣鉈が、荒れ狂う奔流となって彼の体を幾重にも切り裂き、細切れにする。斬られるたびに、その超越的な回復力によって傷が塞がろうとするが、完全に塞がることを許さぬ怒涛の剣撃で体を削られていく。

 そうしているうちに回復力も限界を迎えたのか、体の端から再生が止まり、徐々に体が小さくなっていく。


「バカな! バカな! バカな!! 私は神だ! こんなことあるはずが……」

「お前を殺す。そのためだけに俺はここにいる」


 自分に向けられた低く冷たい声が聞こえ、彼は瞠目した。目の前の男の背後に大きな闇が見えたからだ。まるで巨大な捕食者が自分を食らおうと、その大口を開いているかのように。

 情けなく震える声で疑問が口から出ていた。


「お前は……何者だ?」

「俺はお前に大切なものを奪われ、深淵に叩き落された男の成れの果てだ」


 人を遥かに凌駕する力を持つはずの男の力は、全てを回復力に取られたことで枯渇し、今は体の再生もできず、満足に動くことさえかなわない。

 もはや詰みの状態。ルシウスは半時計周りに身を翻すと、勢いそのままに剣鉈を男の体に突き入れた。

 心臓を貫かれた男の体が砂山を崩すように消えていき、跡形もなく消えた後、無数の光の玉が見えた。

 優しいその光はまるでルシウスに感謝を伝えるかのように彼の周りを回った後、天へと昇って行った。


「輪廻の中へと還れたんだな……」


 ルシウスは穏やかな表情でそれを見上げていた。

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誠にありがとうございます。

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