01そして、彼は戻ってきた
いきなり、新作を始めてしまい申し訳ありません。
これは短い話で完結まで書き終わっています。
ジャンルにはどれがあたるのか悩みました。
地面を隠していた白い雪が融け、春の息吹を感じさせる穏やかな陽気の今日この日、エッズ家とクリフガー家にとって、とても喜ばしい日になるはずだった。
エッズ家長女のラトゥーリアは聖女である。
この日まで研鑽に励み、聖女の名に恥じない淑女として美しく立派に成長した。
そして、今日は神から直接祝福を賜る日と聞かされており、エッズ家だけでなく、婚約者ルシウスのクリフガー家も揃って神殿に招かれていた。
神殿内は正面にある神像とその背後の高い位置にあるステンドグラスから注ぐ陽光も相まって、荘厳な雰囲気を醸し出している。中の空気が重苦しく感じるのは、この荘厳な雰囲気だけでなく、壁のように両脇に整列する神殿騎士も一因だろう。彼らは一様に携える十字剣の剣先を床に向け、両手を柄頭に置いている。大きめの法衣は下に鎧を着こんでいるからだろう。顔はフードと顔の下半分から首元までを覆うフェイスガードで見えない。
少し不気味だが、彼らが神殿の祝福を受けた騎士であることは疑いようもないので、ルシウスたちは気にしないことにした。
それよりも彼らの関心はラトゥーリアに集まっていた。
神から直接祝福を賜るというのはどんな感じなのだろうか。過去に初めて洗礼と名を賜った時でさえ、現実離れした幻想的な光景だったのだから、今回はそれさえも上回る奇跡を目の当たりにできるのかもしれない。
そんな期待と純粋に祝福する気持ちでラトゥーリアに穏やかな眼差しを向ける。
――ラトゥーリア、もうすぐだな。
ルシウスは心の中で婚約者を励ました。
ラトゥーリアは一年ほど前からふとした時に悲しそうな顔をすることがあった。そして、ここ最近はその頻度が多くなっているように感じていた。
ルシウスはそれを『祝福を受ける日が近くなってきて不安になっている』と思っていた。
しかし、その考えは、この場に同席した自身の家族とラトゥーリアの家族全員の彼女を祝福する気持ちとともに打ち砕かれる。
「これより、聖女ラトゥーリアは、神の供物となる」
神官長から告げられた衝撃の事実によって。
「えっ……な、なにを……」
衝撃の事実にうまく言葉が出てこないラトゥーリアの父は、それでも『そんな馬鹿なことがあってたまるか』と、自分の娘の近くに行こうとしたが、それはかなわなかった。脇を固める神殿騎士が十字剣で塞いだからだ。
「お父様、お母様。これまでお世話になりました。おじ様とおば様もどうかお元気で」
ラトゥーリアの震える声音と涙まじりの精一杯の笑顔に、これが今生の別れなのだと嫌でもわからされた。声をかけられた両親たちは、彼女になんと声をかけていいのかわからず、ただただ彼女の名前を呼んだ。
そうして、ラトゥーリアは婚約者であるルシウスへと顔を向けた。
彼女の表情を見て、ルシウスは首を左右に振る。
「ルウ、今まで私の婚約者でいてくれてありがとう。たくさんの思い出をくれて、たくさん私を愛してくれて」
「ダメだ……行くな。行かないでくれ」
「私はいなくなるけど、どうか幸せになってね。大好きだったよ、ルウ」
「ラティ! まっ――」
ルシウスは遮る剣をのけてラトゥーリアへと手を伸ばす。だけど、その手が彼女に届くことは無い。彼は神殿騎士に背中からのしかかられ、床に押さえつけられる形で拘束されてしまった。
「ラティ! ラティ!」
それでも、ルシウスは彼女へと手を伸ばし、懸命に彼女を呼ぶ。
だが、ラトゥーリアが振り返ることは無かった。
神像の前に二本の白い柱がいつの間にか現れており、柱の間には青い半透明の膜が張っている。
深い水の底を思わせるような得体の知れないそれに、ルシウスは強烈な寒気を覚えた。
その膜まであと数歩というところまでラトゥーリアが近づいた――その時だった。
「邪魔だ。どけよ」
数人の悲鳴の後に多くの破壊音が神殿内に響き渡る。
これには振り返らない決意をして歩を進めていたラトゥーリアも振り返った。
彼女の視線の先にはルシウスが立っていた。神殿騎士に取り押さえられ、床に伏せていたはずなのに、その神殿騎士は離れた場所でのびていた。
姿形はラトゥーリアがよく知るルシウスその人なのだが、纏う空気が全くの別人だった。
「俺は戻ってきたぜ。神を詐称する輩に引導を渡すためにな」
彼は視線だけで人を殺せるのでないかという程の殺意を込めて神像に目を向けた。
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