目が覚めたら全てが終わっていた~ざまぁをやらなくてもいいのか?~
状況を知って思った事はただ一つ。
眠っていた間に全部終わっちゃったのね。
知らない天井を見て、自分の中に残っている記憶を確認する。
菊理はアレクシスと言う、ドレイパー公爵家の娘として生まれた子供に転生した。
両親に当たる大人二人は政略婚で、完全な仮面夫婦だった。
父親に当たる男は、婚姻前から没落令嬢の姉妹を愛人として囲っており、愛人邸に入りびたっていて本邸に帰って来なかった。その男の顔を初めて見たのが、母に当たる女の葬儀の日だった事からも、男にとってこの婚姻が如何に不本意なものか分かる。
母親に当たる女は、一言で言うとプライドの塊だった。見栄を張り、虚言を吐き、自分よりも上になりそうな人間を陥れて笑う、正に悪女のような女。実家の公爵家でも扱いに困ったから、政略婚させられたんだろう。
本命は第二王子だったらしいが、王子の婚約者の伯爵令嬢を虐め抜き、時には犯罪紛いな事までやってのけ、当の王子から断罪された。
これは扱いに困るだろう。どう考えても修道院行きか、処刑ものの事をやったのだ。婚姻が出来ただけマシとしか言いようがない。なのだけど、女は不満しか抱えなかった。
男との婚姻は双方の家の問題解決を図ってのものだった。
この国では庶子は家を継げない。代わりに女でも家が継げる。
男は愛人を囲っており、他の女を拒んでいる。兄弟もいないので跡継ぎがいない。
女は嫁ぎ先がなく、修道院に入れても叩き出され、領地で幽閉状態。
互いが不良物件。ひっそりと式が挙げられた。
初夜の数日で女は身籠り、男は愛人邸に引き籠った。
で、産まれて来たのが自分ことアレクシス。男じゃないからと、育児は完全に乳母に押し付けた。
この世界では八歳になると教会で『洗礼』を受ける。
この世界に精霊や妖精と言った類は存在しない。代わりに『大地の女神』、『海の女神』、『戦の女神』、三女神を妻とする『大神』の四柱を崇める宗教が存在し、崇める神もいる。
崇める宗教団体は腐り切っておらず、本部が伏魔殿程度の状態。善し悪しは不明。
八歳の時に、乳母に連れられ教会に行き――騒ぎになりました。
簡単に言うと『アレクシスは全ての神の加護を得ている』が正しいか。
騒動になるような事には思えないが、神の加護を持った人間がいる国は繁栄すると言われている。アレクシス以外にも複数人の存在が確認されており、擁護する国は非常に豊かだ。
国王の許に即座に連絡が行きそうな気もしなくはないが、加護を持った人間が悪事に巻き込まれない配慮として、公表は『十六歳の誕生日を迎えてから』と決まっている。家庭事情を考えて数年早まっても十三歳。
アレクシスの場合、母親に当たる女が非常に有名だったので『十三歳で公表』となった。
教会から父親に『大事にしろ』と手紙が送られた。即座に破棄、速攻で忘れ去られそうなのに必要かと思うが『手紙を出した事実』は残る。この事実を使って何かあったら攻撃する気満々な思惑が透けて見える。
ご丁寧に手紙の下書きまで残されたからね。表向き、誤送信を防ぐ為の処置なんだろうけど、深くは突っ込まん。
さて、十歳の時。母親に当たる女が流行りの病で儚くなりました。高齢だった乳母も体調を崩して引退。
ドレイパー公爵家の家令が葬儀を進め、アレクシスが喪主を務めました。
女の実家からは親族一同、誰も来ませんでした。それは男の親族もです。
男は葬儀が終わった頃にやって来て、翌日から地獄となった。
愛人の息子と娘――アレクシスから見ると腹違いの五つ年上の義兄と三つ年上の義姉――と男の愛人二名、父親の男と一緒に暮らす事に。
やって来た五人は徹底的にアレクシスを虐げた。
毒を盛り、階段から突き落とし、熱湯をかけ、部屋を馬小屋に変えて追いやり、食事は三日に一度で朝から晩まで奴隷のように使い倒す。
そんな日々が三年程続いた十三歳の誕生日を一ヶ月後に控えたある日、城から使いがやって来ました。
この家の令嬢が第三王子に婚約者候補に挙がっていた。第三王子からの希望も有り、それが正式に決定した為、城に来いと迎えが来た。
だが、名前が挙がったのはアレクシス。義姉ではない。使者は訝しみ、邸内を隅々まで捜索しやっと見つけたのはガリガリに痩せ細ったズタボロな子供。しかも、義姉の母に当たる愛人が刃物で滅多刺しにしている現場。
――アレクシスの記憶はここで終わっている。
ここで一度死んだと何となく分かった。
体のあちこちが痛むが、我慢出来ない激痛ではない。痛みを和らげる魔法を己に掛けて起き上がり、部屋を見回すとベッド横のサイドテーブルの上にコップと水差しと、一通の手紙が置いてあった。
手紙には、アレクシスが保護された『そのあと』の様子が書かれてあった。
コップに水を注ぎ、少量ずつ水を飲みながら手紙の文字を追った。
愛人はその場で取り押さえられ牢屋に連行。元没落令嬢で公爵の愛人とは言え、現在の身分は平民。
平民が貴族を殺害するのは処刑と国法で決まっている。王が派遣した使者が殺害現場の第一発見者であった事もあり、裁判もなく処刑が決まった。
保護されたアレクシスは一目で虐待が行われていると分かる状態。使者は城に連絡を入れ、ドレイパー公爵家は全員、事情聴取の名の元に連行が決まった。
教会でアレクシスに洗礼を授けた司祭も城に呼び出され、始まったのは御前裁判。教会が提出した事前証拠を見て王が裁判を始めると言い出したそうだ。
実は、教会はアレクシスが『大神の加護持ち』で有ると発覚してから直ぐに密偵をドレイパー公爵家に派遣していた。
その密偵から上げられた虐待の証拠と証言が提出され、五年前に教会から送った手紙の下書きも公表された。
簡単に言うと、言い逃れ出来ない証拠がこれでもかと提出された。
ついでに横領に関わる帳簿や犯罪などの証拠も提出され、情状酌量の余地のない判決が下った。
狙ってやったとしか思えない程の手際の良さ。国は関与していないそうだが、何処まで真実かは不明だ。
まず、現公爵は身分の剥奪と『やったら処刑もの系』な犯罪に手を染めていたので、取り調べのあとに処刑となった。
義兄の母に当たる愛人は隣国で作った男に金を貢いでいただけなので、一見すると放逐で済みそうだった。しかし、貢いでいた相手を経由して貢ぎ金が隣国の軍事費になっていた事が発覚し、国家反逆罪が適用されて処刑が決まった。
義姉の母は現行犯で既に投獄されている。改めて裁判を行う事もなく、法に則り決定済みだった処刑で固定。
義兄はアレクシスの暴行・虐待に加担していただけではなく、横領の手伝いもしていた。罪人が送られる鉱山で強制労働二十年が決まった。その後は平民として生きる事になるだろうが、送られる鉱山で刑期を終えて出所した人物はいない事で有名な鉱山だった。義兄が生きて出られるかは神のみぞ知る。
最後に、義姉は義兄と同様の暴行・虐待加担だけでなく、毒殺未遂を始めとした殺人未遂を何度も行っていた。更に第三王子の恋人と吹聴して、王子に近付く令嬢に犯罪紛いな嫌がらせをしていた。実際に王子との仲は良かったらしい。
では何故、アレクシスが第三王子の婚約者に選ばれたのかと言うと、これは王子に問題が有った。王子が『ドレイパー公爵家の令嬢がいい』と義姉の名前を言わなかった事が原因である。ドレイパー家の令嬢と言われて、庶子を思い浮かべる人はいないだろう。まして、相手は王族。二つの公爵家の血を引くアレクシスなら問題はないと判断された結果だ。
しかし、義姉の現状の扱いは罪人。罪状は親族殺人未遂ではなく、貴族殺害未遂と侮辱罪。
裁判の間に居合わせた第三王子は義姉が庶子だと知らなかったらしい。義姉本来の身分を知って一気に熱が冷めたのか顔を顰めた。
義姉はこのままでは不味いと判断したのか、今度は『第三王子の子供を身籠っている』と主張を始めた。実際に第三王子とそう言う仲だった証拠は簡単に揃った。だが、妊娠はしていなかったらしい。王族への虚偽罪と侮辱罪が追加され、処刑となった。
今一件の引き金となった第三王子への処罰は、王位継承権と王籍の剥奪だけになった。
どうやら、義姉以外の他の令嬢とも一線を超えた関係を築いていた事が盛大にバレたらしい。婚姻前から愛人を持つとは何事だと怒られた。王子の母親は側妃で立場も弱い。親子揃って側妃の実家に送り返された。
ドレイパー公爵家の当主、愛人二名、庶子の娘が処刑、庶子の息子は強制労働所行きで裁判は幕を下ろした。
公爵家の使用人は、愛人邸で働いていたものは解雇。前公爵夫人がなくなるまでに働いていたもののみ継続雇用となったが、そんな人間は一人もいない。アレクシスを庇った使用人は全員解雇されている。あの家に居るのは愛人邸から移った使用人のみ。
となると、全員解雇されていそうだ。
家の維持を独りで行うのは難しいから新しく人を雇わなくてはならないが、こんな厄付きの家に来てくれる人間が要るだろうか。
前途多難な状況に頭痛がして来た。
目を覚ますまでの間に全てが終わった。
それは良いんだけどね。
今後の生活どうしろってんだよ。保障がない。
馬鹿みたいに広い家で独りで過ごせって? 維持と管理費どこから捻出するんだよ。王都滞在用の屋敷だけど結構大きいんだよ。しかも、ドレイパー家の女共が散財しまくったせいで財政は結構傾いている。要らない宝石やドレスを片っ端から全部売ればそれなりの金にはなるだろうが。
産みの女の葬儀に来た親族は誰もいないから、縁が切れていると判断して話しが何か来ても全て断ればいいかな。
どこかに相談役はいないだろうか。
完全回復し、爵位を継いだ女公爵アレクシスになった自分は一ヶ月振りに足を踏み入れた屋敷の惨状を見て愕然とした。
城から派遣された司法文官曰く、『解雇されると判断した使用人達が屋敷のものを持ち出して夜逃げを図った』そうだ。間抜けな事に、全員盗品を売ろうとして捕まった。そのお陰で盗難に遭った品は全て戻って来たけど。
そうそう、領地の代官を呼び寄せると、借金が嵩んでいると報告を受け、その金額を聞いて天を仰いだ。
散財購入品は全て売り払った。ついでに愛人邸も売った。金を捻出して借金を返済する。意外と高く売れて、借金の八割が消えた。
手元に残った金で一時雇用の使用人を雇って屋敷を大掃除して貰う。普段使わない部屋は状態維持の魔法を掛けて綺麗なままを維持。使用出来ない品は全て廃棄。買い手がついたもののみ売る。これで美術品は全てなくなった。
そして借金残りの二割は、国が肩代わりをしてくれました。
第三王子が原因で起きたと言っても過言ではないと言う判断から、慰謝料を貰う事になった。けどね、借金の完済には額が足りなかったので『どうせなら残りの借金返済してくれた方が良い』と無理を承知で打診した結果、受けてくれた。詳細を聞くと第三王子の母親の実家に丸ごと移動したそうだ。とばっちりに近いが諦めてくれ。
借金の移動は側妃からの『慰謝料』扱いとなり、国からの慰謝料が別で正式に来た。結構な額だ。
家の財政整理をしていた間、案の定と言うか、両親の親族がやって来た。母の葬儀に来なかった事を理由に全員突っぱねた。
『通知を出して無断欠席したのだから、縁が切れていると判断して来なかったんでしょう。事情が有っての欠席だとしても、欠席の通知を出す余裕が有る筈。手元に届いた通知が遅くて期日を過ぎていたとしても、後日挨拶には来る筈』
そう言って全て追い返した。
これ以上王都の屋敷にいるとわらわらとやって来そうだ。領地に引き籠りたいが、呼んだ代官曰く『借金がなくなれば領地経営に問題はない』と返されてしまった。これはあれか? 『上司がいると気が疲れるから来ないで』って意味だよね。
代官はやや老齢で、何時引退しても息子が問題なく仕事が出来るように引き継いでいたそうなので、屋敷に引き取って家令代わりをして貰う事になった。息子でも構わないと言ったが、代官曰く『息子が何処まで出来るか見定める良い機会』とやって来てくれた。
本音を言えば領地に引き籠りたかった。王都にしか引き籠り場所がないとは。少し憂鬱になった。
すっかり忘れていた『加護持ちの公表』は家の住人が自分一人となった為、本来の十六の誕生日を迎えた日に変更となった。
また、加護云々が存在する事から想像付くだろうが、この世界にも魔法が存在する。平民から貴族まで大抵の人間が使用するのは『生活魔法』だ。切り傷程度の小さな傷も一人で治している。
この世界に学校と呼ばれるものは存在しない。魔法を極めたいのなら各国の宮廷魔法師団の育成会に参加するしかない。独学で極めたものもいるらしいが、非常に珍しい。
加護持ちと公表されたら面倒な事に巻き込まれるのは確実。公表まで三年程の猶予が有るが、それまでに国外逃亡するのは厳しい。
ドレイパー家の断罪に一番貢献したのは教会。王国は裁きはしたが、何もしていない。
教会から保護しろと言われたら国は今度こそ動かなくてはならないだろう。教会の恩を買ってしまった以上返さなくてはならない。
いっその事、今から国外に逃亡しようかな?
突拍子もない思い付きだが、追い込まれた状況だと妙案に見えるから不思議だ。
逃亡に備えて、色々と情報収集をして過ごす事一年間は色々と起きた。
かつてこの家で働いていた使用人達を見つけ出し『戻って来て欲しい』と打診するも、全員再就職先を見付けていて断られた。乳母に至っては病の末期だった。偶然にも再会した日が、余命と宣告された日だった。ある意味母代わりだった女性をそのまま看取る事になり、翌日亡くなった。
余命が一日延びただけでも奇跡だと言われる程の重病だったらしく、乳母の息子に感謝された。通夜と葬儀にも参加してから帰った。
ハウスキーパー以外に使用人がいない屋敷でどうしようか考えたが、何処で聞き付けたのか城から元側妃付きの侍女が三名派遣された。
何故城からと首を傾げたが、教会からの圧力を最初に疑った。
何しろ、ドレイパー家で起きた騒動は全て教会協力の下で解決している。勘の良い奴なら『教会が目を掛ける程の秘密が有る』と気付くだろう。愛人の一人に国家反逆罪が適用されて尚、公爵家として残っているのだ。疎い奴でなければ『公爵家としていて貰わなくてはならない事情が有る』と推測する。
恐らくだが、国王も教会が密偵を放った事で気付いたな。
礼を述べに登城し、直接会った国王からしつこく教会について尋ねられたので当たりだろう。
更に一年後。デビュタントの日が来てしまった。
この国でのデビュタントは十五歳の誕生日の月の終わりに行う。ドレスの色に指定はないので、落ち着いた色のドレスを選んだ。地味に見えるだろうが自分が十三歳の時のお家騒動を知るものなら『目立つ気がない意思表示』と受け取る筈だ。
化粧も薄く、アクセサリーも細いブレスレットのみにした。
侍女がゲット出来たので、家庭教師から詰め込み出遅れていた分の勉強の時間が取れた。礼儀作法類は大丈夫だろう。
馬車に揺られて会場に向かう。会場は王城の夜会用の大ホール。受付を済ませて、王家に挨拶。その際に、王妃から花飾りを一つ貰う。この花飾りは本日デビュタントするものの証。多少の不作法も見逃される。
だけどね。
今日は誰かとダンスをする為に来たのではない。デビュタントも顔出し程度に収めるつもりだ。誰か一人とでも踊ってみろ。根も葉もない事を言いふらして婚約にまで漕ぎ着けられたらと思うと、たまったもんではない。
気配遮断で影を薄くし、会場の飲食コーナーで料理を堪能する。この国では『自分で料理を取る』事になっているので、給仕に頼まずに料理が取れる。大皿に全種類を乗せて少し離れて食べる。流石王城で供与される料理。どれも美味しい。何時もなら簡素な味付けで美味しくない場合が多いのだが、この世界の料理は美味しい。過去に誰かが料理を伝えて広めたのか、フレンチ風な料理や菓子が多い。美味しいから起源はどうでも良いのだが。
デザートまで堪能し、テラスで夜気に当たろうかと会場内を移動する。飲食スペースからある程度離れたところで気配遮断を解除。目立たぬようにひっそりと歩いていると、
「アレクシス! 貴様っ、俺を無視するとは良い度胸だなっ!」
背後からいきなり怒声が響いた。何事? と振り返ると、片腕に何処かの令嬢を引っ提げた知らない青年。
「どちら様でしょうか?」
「白を切るな阿婆擦れ!」
いきなり罵られた。つーか、誰よこの男。男の怒声で耳目が集まる。振り返る際の視界の端で王が血相を変えていた。
「アレクシス・クーパー! 貴様のような阿婆擦れとの婚約など破棄させて貰う!」
「はぁ? 人違いですよ」
婚約者はいない。そもそも家名が違う。男は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「嘘を吐くなっ!? この国で黒髪の女は貴様しかいないだろう!」
いや、いるよ。
心の中で突っ込む。男には腕にしがみ付いている令嬢以外の婚約者がいるんだろうね。しかし、黒髪系はこの世界でもやっぱり少ないのか。
それにしても、婚約者の顔も覚えていないとは。この男馬鹿の類か?
この手の茶番は好きではない。早々に終わらせましょう。
淑女の礼を取ってから名乗る。
「私の名は『アレクシス・ドレイパー』になります。何処のご令嬢とお間違えになったかは存じませんが、婚約者の顔も覚えられていないようですね」
「え? ドレイパー? 公爵家?」
自分の家名を聞いた男の顔が真っ青になる。それは腕にしがみ付いている令嬢も同じだ。漸く人違いに気付いたのだろうがもう遅い。
そのまま固まったので、魔法を使いこの二人の思考を読む。
男の名は『ジョン・トプソン』で、伯爵令息。女の名は『エスメ・スコット』で、男爵令嬢。こいつ庶子だ。
「身に覚えのない事で、デビュタントの日に罵られるとは思ってもいませんでしたわ。ジョン・トプソン伯爵令息、エスメ・スコット男爵令嬢。お二人には今ここで、謝罪を要求します」
「うっ」「えっ?」
名前が知られている上、謝罪を要求されるとは思ってもいなかったのだろう。男は言葉に詰まり、女は呆けた顔をした。
今ここで名前も言ったからね。周囲には誰がやったか名前が広まった事だろう。
ドタドタと騒々しい足音が響き、二組の夫婦らしい初老の男女が現れた。片方の男性は令息の頭を掴み、膝裏に蹴りを入れ、土下座するような姿勢で、床に頭を叩き付ける勢いで下げさせた。訂正、ゴツンって音がしたから叩き付けたな。
もう片方の男性と一緒にいた女性が令嬢の顔を扇子で数度叩き、頭を掴んで下げさせ、パートナーの男性が頭を下げていない事に気付いて、頭を掴んで下げさせた。気の強い女性だな。
「申し訳ありませぬドレイパー公爵! 息子は放逐いたします!」
「申し訳ありません、公爵! 再三再四再教育しましたが、手の施しようがないと判断し、勘当致します!」
同時に響いた謝罪の声に思った。
そこまでせんでええわ。
などと、関西語風で内心突っ込んだ。口には出せん、首を傾げて放置されている問題について問う。息子と言ったからこの人が伯爵で間違いないだろうね。
「トプソン伯爵。人違いで婚約破棄を言い渡された、ご令嬢にはどのような対応を取るのでしょうか?」
頭を下げたまま伯爵の肩がビクついた。忘れていた反応だな。
「アレクシス・クーパー様が本日参加していらっしゃるのなら、今回答が得られるかもしれませんが。婚約は家同士の契約も同然ですので、後日、当事者同士でお話し合いをなさって下さい」
「……はい」
「私からも謝罪いたします。ドレイパー公爵。息子が恥知らずな事をして誠に申し訳ありません」
奥方らしき女性が頭を下げる。怒りに震えているところから察するに、礼儀作法に煩い人だな。
魔法で思考を読み取ったが、この女性が伯爵夫人だった。土下座姿勢の男性は伯爵で合っていた。
「伯爵、夫人、男爵夫人。どうか頭をお上げください。危害を加えられた訳ではありませんし、迅速に謝罪が頂けましたのでそれで結構ですわ」
そう返すと、三人は漸く頭を上げた。明らかにホッとした表情を浮かべている。ウチは公爵家だが、そこまで権力がない。そこまでビビらなくても良い気がする。
ちなみに、頭を上げて良いと言ったのは伯爵夫妻と男爵夫人だけ。きちんと聞いていれば分かる事なのだが、伯爵令息、男爵、男爵令嬢は頭を上げようとして、其々の身内に叩かれた。
謝罪の言葉を口にしていないもんね、こいつら。
あっ、早く謝罪しろと叩かれている。
「「「も、申し訳ありませんでした」」」
異口同音に同じ言葉が来た。これ以上の相手は面倒なので、頭を上げて良いと言えば、苛立っているのが丸分かりな顔を上げた。自業自得だろうに。
その後、王家がいる壇上に向かい『騒がせてしまったから中座する』と言って会場から去った。
二年前の一件でただでさえ注目を集めている家なのだ。過度な耳目を集める前に退散するに限る。ま、トプソン伯爵とスコット男爵が居れば話題には困らないだろう。
妙に疲れたデビュタントはこうして終わった。
翌日。
トプソン伯爵とスコット男爵の両家から謝罪の手紙が届いた。何故かクーパー家からも手紙が来ている。
伯爵と男爵から届いた手紙の内容はどちらも似たようなもので『昨晩は申し訳ありません。息子・娘を勘当しました。今日から平民として生活させる予定です。後日、改めて謝罪に向かいます(意訳)』と書いて有った。
続いて、クーパー家から届いた手紙を開けて読む。意外な事に、クーパー家は侯爵家だった。
『昨晩は巻き込んでごめんなさい。夜会は不参加だったので今朝方になって事情を知りました。浮気していたトプソン伯爵家のクソガキとの婚約が、向こうの有責でやっと正式に解消出来ました。あのクソガキは婿入り予定だったけど、どっかの娼婦に引っ掛かり、婿入りしたあとも愛人として傍に置いておきたいと寝言を吐いたから、どうにかして婚約解消したかったんだよ。あの場で名前を口にしてくれたから、婚約解消もスムーズに出来たよ。ありがとう。(意訳)』
……暴露していいのかよっ、と突っ込みたい『裏事情』が混じっていた。
感謝される程の事をした覚えはないんだけどね。
伯爵家と男爵家には『迅速誠実な対応をしてくれたし、若輩の自分にそこまで気を使わなくても良いよ(意訳)』と言った内容の手紙を返信した。
侯爵家への返信内容は、
『昨晩のあの程度は大した事じゃないよ。馬鹿との婚約解消出来て良かったですね。感謝される程の事はしていないので、手紙だけで十分です。御息女に良い方が見付かるようにお祈りします。(意訳)』
こんな感じだろうか。
家令と相談し、内容に加修正を入れて手紙を出した。
それでも後日、三家がそれぞれ謝罪と御礼の挨拶にやって来た。
クーパー侯爵家に至っては、自分と同じ名前の嫡女アレクシスも同伴だ。夜会で馬鹿が言っていた通り、彼女は黒髪だったが澄んだ水色の瞳をしていた。そして年齢は十八歳。デビュタントを終えている歳だ。複数の事業に関わっている才女で、昨晩は商業ギルドの重鎮と商談を兼ねた会食をしていたそうだ。
黒い髪と水色の瞳で大人びた令嬢。ぱっと見、年齢よりもやや年上に見られるだろうが、容貌も整っている。
美人の部類に入るが妙な没個性が有り、確かに『顔が記憶に残りにくい』特徴的な令嬢だった。
テラスで『男に関する愚痴の言い合いをしましょう』とお茶に誘うと、『馬鹿との婚約が向こうの責任で破談になってもう、サイコーよ! しかも向こうからの申し込みだったから、慰謝料もぼったくれたわっ!』と、アグレッシブな発言が飛び出した。
これが『素』だろうね。たまにいる『被る猫が分厚い令嬢』だな。
お茶を終えたあと、クーパー親子は軽い足取りで帰った。
デビュタントの騒動以降、夜会やお茶会への出席は控えた。と言うよりも、建国祭などの『爵位を持つものとして出席義務が発生する』もの以外の出席を止めたが正しいか。
引継ぎが一切ない状態で、爵位を継ぐ事になったのは周知の事実。義務だけは必ず果たすようにしたから文句も出にくい。ここに何か追加で出来ればいいんだけど、ドレイパー家筋の親族が虎視眈々と『公爵』の爵位を狙っているのだ。足場をしっかり固めないとどこで掬われるか分からん。
足場固めと引継ぎ勉強に集中。半年後に、他国の優秀な公爵家の次男坊を婿としてゲットしたクーパー家嫡女の結婚式に参加し、祝辞を述べた。
特筆するような事がないまま、約一年が過ぎた。
そうそう。忘れていたが、第三王子と側妃の実家は没落したらしい。原因は降って湧いた借金ではないらしいが、実際はどうなんだろうね。
誕生日を十日後に控えた夜会に『参加しろ』と『第二王子から命令』が下った。
ちなみに、この王子に『公爵への命令権』は存在しない。この国では『血縁なき爵位を持つものに命令出来るのは国王だけ』と、国法で定められている。
法で定められたのにも理由が有る。二百年程前に『王族の言う事が聞けないのか』と馬鹿をやった王子がいたからだ。何をやらかしたかは伝わっていないが、件の王子は廃嫡になり、子供が残せない状態にしてから平民として追放された事実だけが残っている。どんな馬鹿をやったんだろうね。
そんな事よりも、国王と王太子が会談で他国に出かけている間にやらかすとは。この王子は法律を知らないのか?
無視しても良いが、陰口を叩かれる事は確実なので『王子を立てる』と言う建前の許、仕方なく出席した。
絶対に何か起きるんだろうなと思っていたら、本当に起きたよ。
第二王子主催の夜会で、やらかしの主犯が主催者だから、言い逃れは出来ないだろうね。
「アレクシス・ドレイパー! 貴様との婚約は今ここで、破棄する!!」
夜会が始まって早々に、自分に向かって『前に出ろっ』と命令を飛ばして、片腕に令嬢を侍らせた王子が阿呆な発言をした。侍っている令嬢は、父方の親族の……確か、サドラーズ伯爵家の令嬢だ。
突然の宣言にどよめきが起きる。『いつ第二王子とドレイパー公爵が婚約したんだ?』と小声で話し合う声も聞こえる。
「貴様は親族であるアニーを陰湿に虐めた罪で国外追放とする! 王子命令だ! 即刻国外に退去せよ!」
王子の法律違反宣言に、どよめきが強くなる。これは王子を唆したとして、伯爵家が取り潰しになりそうだな。サドラーズ伯爵を見ると『でかした』と言った感じの顔をしている。正確には『仕出かした』が正しいのだが、馬鹿な夢程度は見せてやるか。夢から覚めたら断頭台直行だろうし。
「悪女の娘は悪女だったな! この、阿婆擦れがっ!」
追加の侮辱発言に、頭痛を覚える。
法律違反三つに侮辱罪。この王子終わったな。
ため息を吐いて、訂正の発言する。馬鹿って本当に付き合い切れないな。
「殿下。私は貴方と婚約していないので、婚約破棄は不可能です」
こんな屑な王子と婚約なんぞした覚えはない。王家からの婚約の打診は有ったが断っている。
「嘘を吐くな! 王家から打診があっただろう!」
「それは『王太子殿下』との婚約の打診ですね。年齢が少々離れているのでお断りしましたが」
「んなっ!?」
知らない事実に王子が愕然とする。
「それと、我国では『血縁なき爵位を持つものに命令出来るのは国王だけ』と、法で定められております」
王族ならば知っておかねばならない王室典範を、王子が知らないと言うのは……恥以外の何物でもない。
「現時刻までに殿下が違反した回数は三つ。一つは私に『夜会に参加しろ』と命令した事。二つ目は夜会が始まって早々に『前に出ろ』と命令した事。三つ目は、先程の即刻国外に退去しろと命令した事」
これに侮辱と冤罪の濡れ衣を着せた事も加わるから王籍が残れば良いですねと、言ってやれば王子の顔色が真っ青になった。
「そこの初めて顔を見る御令嬢を虐めたでしたか? 本人以外の証言と証拠は有りますか? 引継ぎなしで爵位を継ぐ事になってしまったので、屋敷でずっと勉強しておりました。お茶会には参加した覚えは有りませんし、義務参加以外の夜会は、デビュタント以降参加しておりません」
証拠を出せと言えば、顔を真っ赤にして王子が怒鳴った。
「アニーが泣いて訴えたのだぞ! これが嘘な訳有るかっ!」
何でこんな馬鹿が王子なんだろうね。数度しか会った事のない王太子は腹黒だったけど王族としては真っ当な部類に入るのに。
「第二王子殿下の顔を立てての参加でしたが、私を侮辱する為に呼び寄せるとは、とんだ災難ですわ」
ため息を吐いてそう言えば、王子は頭を掻き毟って叫ぶ。
「腹の立つ悪女だなっ! 国から出て行けぇっ!!」
「私が出て行って困るのはこの国の方ですよ」
「出鱈目を言うなっ!」
そう言い返す王子だが、意味が分かった貴族は顔を青くする。
記憶の端に留めている事だが、自分は神の加護持ち。加護持ちがいる国は繁栄するが、逆に追い出すと一気に衰退する。
公表は十日後。明日辺りに出国すれば、外から国が惨めになって行く様が見れるだろう。
でも、出国日を予め宣言しておけば、無能ではない貴族はその間に難を逃れるように国から去れる。
「付き合い切れません。五日後に出国させて頂きますわ」
「直ぐに出て行きたくなるような状態にしてくれるわっ、性悪女っ」
どれだけ人を侮辱すれば気が済むのやら。頭を下げずに、会場から去る。去り際に確認したが、血相を変えた数人の貴族も『急用を思い出して』と去って行く。その中にはクーパー侯爵も混じっていた。
馬車に乗り込み今後について考える。
さて、短い猶予期間でやる事は多い。国王と教会宛に手紙を出して、荷物を纏めて、返爵届けも出しておいた方が良いかな?
忘れていたが、国王と王太子が戻って来るのは七日後。期間が少し伸びても、この二名が戻って来るまでに国を去る必要が有る。
取り合えず、家令と相談して決めよう。色々と考えたが、相談役の意見を聞いてから決めても良い。
帰宅早々、家令を呼び事情を説明して計画を立てる。
借金がなくなった事で我家の財政は右肩上がり。そこそこの額を使用しても問題はない。自分は着飾る趣味がないのでドレスや宝飾品を買わなかった事も影響している。美術品とか興味ないしね。好みの作品を作る芸術家とかもいない。
個人的には『返爵して国外旅行に出る』が良いと思っている。流石に止められたけど。
暫くの間『見聞を広める為に、国外旅行に出る。ただし、状況によっては返爵』で落ち着いた。
翌日。
国王と教会に手紙を出し、のんびりと国外旅行の準備を進める。見聞を広めるのが目的なので、何処に行って何を見て学ぶのか予定を立てる必要が有る。
ちなみに独りで行く。家令にはここに残って情報収集をして貰う予定だ。荷造りが早々に終わり、旅先を候補一覧から選ぶ。
複数ヶ国回るのも良いが、一つに絞って色々と見るのも良い。でも、特徴のある国が少ない。
近隣諸国は『観光地や保養地』っぽいところばかり。例外の隣国は軍事国家だが、あれは国内の魔物の数が多いから軍事力を強化しているだけ。
少し離れたところの国も似たり寄ったり。遠く離れたところも見たいと思えるような国はない。
これでは見聞を広める旅行にならず、ただの旅行になりそうだ。
どこが良いかと考えたが、似たり寄ったりな国ばかり。魔法が有名な国もないし、医療が発展している国もない。海沿いの国は観光地と化しているが、特産品を扱っている訳でもない。
行き先が決まらないまま出発前日の午前中。家令が入手した国内情報から返爵するか否かを話し合っていると、前触れなしにサドラーズ伯爵がやって来た。
無礼極まりないし、謝罪で来た訳でもなさそうだったので速攻で追い返した。
追い出し際、伯爵は『罪を認めて爵位を譲れば、国にいられるように取り計らってやる』などとほざいていた。
「馬鹿ね」
「馬鹿ですな」
負け犬の遠吠えレベルの捨て台詞に、家令と同じ感想を抱いた。
爵位を譲れと迫るとか、脅迫罪が追加されるけど分かっているのかな?
て言うかね。
この国で生きて行けるように『取り計らって貰う』のは、寧ろ、お前だよ。
家令が集めた情報によると、国内の有力貴族はほぼ国外に出国したらしい。それなら予定を幾分前倒ししても問題はなさそう。
国王への手紙を書いて家令に渡す。
荷造りも済んでいるのだ。追加で馬鹿が来る前に去るとしましょう。
出国してから一ヶ月後。少し離れた海沿いの国の、海辺の宿の一室で情報紙を読む。朝食帰りに買ったものだ。
最も扱いが大きい記事は『第二王子と婚約者の伯爵令嬢一家処刑される』だろうか。『一ヶ月前の地震の直後、次々と自然災害に見舞われる国。立て直せるのか?』、『災害で亡くなったその殆どが貴族。これは祟りか?』などの記事も大きい。
情報紙に書いて有る通り、自分が出国してから半日後。王都を直下型の大地震が襲った。夜中に発生した事も有り、未曽有の被害となった。
これにより、ドレイパー女公爵を侮辱していたもの達の一部が『不幸』にも亡くなったらしい。第二王子とサドラーズ伯爵家は生き残ったらしいが、領地の被害は国内で五指に入る程に酷い。でも、処刑されたから生き延びても意味がなかったね。
全くの偶然ではないだろう。
神の加護を持つものを追い出した国は――例外なく、滅びの道を歩んでいるのだから。
まして、自分は四柱の神の加護を持っている。その力は計り知れない。
結局、自分が加護持ちであると公表はされなかった。公表して貴族を更なる絶望の淵に叩き落せば良いと思ったが、その場合、自分は高確率で連れ戻されるだろう。他国からも接触が有るかも知れない。
自由を満喫していたいから、公表はなくても良いかな。尋ね人もいないしね。
未曽有の災害に見舞われたが、国としての不幸中の幸いは『王と王太子が帰国する直前に』地震が発生した事か。情報を収集しながら戻り、逃亡した王妃の代わりに陣頭指揮を執ったそうだ。
第二王子とサドラーズ伯爵家と取り巻きがいなくなればどうでも良いと考えていたが、想像以上だ。
ドレイパー公爵領や無関係な民は無事でいられるようにと、出国直前に祈っておいて正解だった。
――祈りは通じる。
まさか、宗教の教えにたまに出て来る言葉が現実になった瞬間に立ち会うとは。
人生何が起きるか分からないなぁ。
王と王太子が無事なのは『第二王子に言い聞かせなかった責任取れ』と仕事を割り振る感覚で、過労になれば良いと思っただけである。
第二王子の生母である正妃は地震のあと王に代わって陣頭指揮すら取らず、一人実家に逃げようと馬車に乗り込み、道中発生した土砂崩れに巻き込まれて亡くなった。
怖ろしいのは、生き埋めになって亡くなったのが正妃と傍付きの侍女二名だけと言う点か。御者や護衛騎士達も土砂に多少埋まったものの『自力』で脱出した。脱出不可能な程に埋まったのは三名だけで、自分を侮辱し、悪態を吐いていたのも彼女らだけ。
ドレイパー公爵の地位を狙っていた親族も、全員自然災害で亡くなった。
国内各地で被害が続出しているが、不思議な事に『貴族平民問わず、ドレイパー公爵を侮辱しなかったものだけ』が傷一つない。
平民で被害が出ているのは貴族と一緒になって仕出かしたもののみ。祟りと言われても仕方がないな。
記憶を取り戻して僅か三年間で色々な事が起きた。
でも、意外と思ったのは『目が覚めたらざまぁが終わっていた』事か。
何時もなら、自分の手で『ざまぁ』をやって、後始末をして――独りになって世界から去っていた。
今回の人生で思った。いや、気付いてしまったが正しいか。
記憶を取り戻してからの仕返しが、生きる気力となっていた。
自分でも『やらなきゃ』と言う感情に突き動かされないと、『やりたい』と思える事が見付からないとは思ってもいなかった。
家族に対する未練すらないのは、やはり、あの世界で知ってしまったからだろう。
――どれほど渇望しようが、真に望んだものとの縁が知らないところで絶たれていた事を。
だからだろうか、今世は『何が起きても、何も感じない』のは。
ため息を吐いて情報紙を部屋のベッドに放り投げ、窓を開けて青い海と空を眺める。風に乗って、鼻腔に潮の香りが届く。
今後について考えるが、国に戻る気はない。
家令に返爵届けを同封した、国王への手紙を出して貰った。今の自分は女公爵ですらないが、戻れば返爵届けは取り消される可能性は十分に高い。
自分がいなくなった事で、国を自然災害が襲っているのだ。戻れば災害は落ち着くだろう。でも、王家で保護するとか言い出される可能性も有る。
「う~ん、手持ちの金がなくなるまで観光地巡り。……いつもの事、だね」
幸いな事に、観光地紛いなところは沢山ある。時間と予算潰しには持って来いだろう。
テンプレな終わりだけどね。
それを考えると、『やる事のない世界でのテンプレ』が出来ている。ちょっと驚いた。
テンプレな始まりで、テンプレな終わり。
終わりを変える事は出来るだろうが、始まりだけは変えられない。終わりを変えるには、道中の過程で色々とやらなくてはならない。
人生ハードモード過ぎないか?
抗議先はどこにもない。
窓枠に頬杖を付き、取り敢えず今日の予定を考える。もう一泊するか、チェックアウトして他所に行くか。期限はチェックアウト受付終了時間のお昼前。
第三者からすると、どうでも良い事のように思えるけど。
祈る――否、思うだけで、人の生死や国の存続か破滅が決まってしまう。今の自分がして良い事はこれだけなのだ。
だから、そこは目を瞑って欲しいな。
Fin
ここまでお読み頂きありがとうございました。
没にならずに書き上がった短編です。四月中に投稿で来て良かった。
最近短編を書いていると、終わり方が似てきたなぁと思います。
道中何が有ろうとも、結末だけは変わらない。笑って去るか、空虚を抱えてて去るかの二択のみ。
それを考えると、お決まりの型は己で作るものかもしれないと思ったりもしました。
ゴールデンウイーク中にもう一つ投稿出来ればと思っております。
そちらもお読みいただけると嬉しいです。
誤字脱字報告ありがとうございます。