王家に関わる依頼
外での仕事を終えて帰宅したアオナがリビングに入ると、部屋に充満した食欲を誘う良い匂いが肺へと染み込む。テーブルの上にはいくつかの料理が並べられて、王都で訪れた高級料亭を想起させる程の豪華なラインナップであった。
入る家を間違えたかとキョロキョロと見渡すと、丁度マリカとカティアがキッチンから出てくる。
「お帰り、お姉ちゃん。ささ、夕食にしようよ」
「あ、うん。てか凄く豪勢なんだけど、今日は何かの記念日だったっけ? 例えばカティアちゃんの誕生日とか?」
「じゃないんだケド、まあイロイロとあってね」
マリカはアレクシアの訪問と、彼女から依頼された内容や報酬について簡潔に話した。
普段はアオナが役所等からマリカ用の仕事を受注してくるのだが、今回はマリカのもとにアレクシアが直接赴いてきたわけで、妹の評判が広まって活躍の場が増えることをアオナは嬉しく思っている。
「・・・て感じの事があったんだ。で、せっかく儲けたんだし食材にこだわってみたのです」
「なるホド。しかしアレクシアって人がアンドロイドだったとはねぇ」
「お姉ちゃんはアレクシアさんを知っているの?」
「ウチが王都で学生をやっていた時、女王主催の祭典で見たことがあるんだ。あの人は初代ザンドロク王と共に国造りに携わって、以降も王家をサポートしているらしいよ。その不老不死性は議会メンバーに恐れられていて、魔女とか天使族だとか噂されているんだってさ」
ザンドロク王国建国から既に百数年は経っており、普通の人間が当時から生きているというのは有り得ない。例え魔導士であっても不老不死のスキルなどは存在しないので、アレクシアがアンドロイドだと知らない人々からは魔女や天使と疑われるのも当然であろう。
「つまり、マリカちゃんは王家からの仕事を受注したも同じということね。こりゃ一大事だ」
「責任重大だよぉ・・・うっ、食事が喉を通らなくなった・・・・・・」
「まあ緊張しなさんな。いつものようにリペアスキルを使って、その魔道推進機関とやらを直せばいいんだよ」
クライアントが王家ともなれば緊張もするだろう。ここで失敗すれば今後のコノエ・エンタープライズの営業にダメージが及ぶ可能性だってあるのだから。
マリカは気になっていた魔道推進機関についてカティアに訊いてみることにした。
「魔道推進機関とは魔道エンジンを内蔵した機械装置であり、精製された魔力を推進剤として物体を移動させることが可能です。機種によって性能差はありますが、旧世界における最高クラスの推進機関であることは間違いありません」
「そんな物を直して何に使うんだろう?」
「アレクシアさんは国家プロジェクトに関わると仰っていましたね。魔道艦を既に所有しているのかもしれません」
「今回の依頼に成功したら教えてくれるって言っていたし、ともかく明日の結果次第か」
満腹になったマリカはその場に寝そべり、カティアの太ももに頭を乗せる。緊張を解すにはカティアという癒しが効果的で、人体の体温と相違ない暖かさに眠気を誘われた。
「明日は頼むね、カティア」
「わたしはお傍に控えることしかできませんが・・・・・・」
「それが私の力になる。一人じゃ心細すぎてね・・・・・・」
「ふふ、そう言って頂けて嬉しいです。風邪を引いてしまいますからベッドへ行きましょう」
食器類の片づけは任せてと言うアオナに会釈し、カティアはマリカを隣で支えながら寝室へと連れていく。
カティアのまるで母親のような寄り添い方にアオナは微笑ましく思い、明日のマリカの仕事が無事に終わることを祈るのであった。
翌日、訪問してきたアレクシアと共に車に乗り込むマリカとカティア。
久しぶりに機械仕掛けの乗り物に乗ったためか、アレクシアは懐かしむようにエンジン音に耳を傾ける。
「人類の創り出した機械は称賛に値するわね。私が機械人形とも言える存在だからかもしれないけど、人工物を全身で感じると安心するのよ。人間のアナタには分からないかしら?」
「分かりますよ。私のスキルや仕事柄もあって、道具や機械に囲まれる生活を送ってきたので。なので旧世界の人々が羨ましいと思いますし、アンドロイドと知り合えたことも良い運命だと感じています」
「ふふ、アナタのことも好きになれそうよ」
「はあ、どうも・・・・・・」
アレクシアの言葉に過敏に反応するのはカティアだ。マリカを好きな気持ちなら絶対に負けないという自負を持っているが、マリカがアレクシアに好意を抱くのだろうかとノイズ混じりの思考回路がザワついている。
マリカの運転で四駆は北門を抜け、丘陵地帯を進みながらアレクシアの指定する場所を目指す。
「このまま真っすぐに進んでちょうだい。いずれ巨大な魔道艦の残骸が見えるはずよ」
「はい。ですが、よく魔道艦の位置をご存じですね? 偵察ユニットとかを使ったんですか?」
いくら巨大とはいえ、広大な荒野の中にポツンと放置されている物体を発見するのは容易ではない。マリカも街の外を探索してまわる事はあるが、そのような艦を目にしたことはなかった。
「ずっと昔、旧世界の遺物を捜索する活動をしていた時期があって、その時にたまたま見つけたの。でも船体の半分は消失しているし、内部パーツや装備類の多くは壊れていて使い物にならなかった。だから利用価値は低いと思っていたのだけど、アナタのようなリペアスキル持ちがいるなら話は別よ」
壊れたモノを修復する能力を持つマリカなら旧世界の遺物を宝に変えることができる。実際にジャンク屋にはリペアした旧世界の道具等が商品として並んでいるし、アレクシアに期待されるのも当然だ。
「アナタの能力はもっと評価されるべきと私は思うのだけれどね? 元々希少だし、この世界においては重宝されて然るべきだわ」
「そう言って頂けるのは嬉しいですよ。でも、現代で重宝されるのは戦闘特化スキルですからね。魔物と戦える魔導士こそが立派だと言われて、私のような戦いに役に立たたないスキルは見向きもされません」
「人類は目先の問題を解決できる事柄にしか興味を示さないものね。旧世界から変わらない悲しい習性ね」
どこかノスタルジックにアレクシアは呟く。旧世界の出来事に想いを馳せて、窓の外に流れる景色を見つめていた。
「私達アンドロイドの生みの親も崇高なる理想を持ったお方だったのだけど、結局は大局的な物の見方をできない人々に封殺されてしまった・・・・・・」
「アンドロイドの設計者、ティーナ博士のことですか?」
「ええ、さすが知っているわねカティア。ティーナ様こそ人類の救世主に成り得たお方よ。科学者としての側面だけでなく、人類学をも学ばれていたティーナ様は人類の未来を想像されていた。結果的に憂いた通りに旧世界は滅亡していったわ」
極めて冷静に務めようとしているアレクシアだが、怒りの感情を抑えることができずに語気を強める。アンドロイドを創り出したというティーナ博士なる人物に心酔していたのは想像に容易く、マリカに対するカティアのような関係に近かったのかもしれない。
「旧世界はどうして滅んだんです?」
「マリカ・コノエはどのような理由を考えている?」
「魔物との戦いの末、とかですか?」
「違うのよ。旧世界末期には魔物に対して人類は優勢に立ち、もはや脅威とは呼べなくなっていた。では何故か? それは人類の同士討ちのせいよ。まさに世紀末のような争いの結果、全文明は塵へと消えていったわ」
「人間同士の戦争か・・・・・・」
人間は元来、攻撃的な動物である。闘争本能を理性で隠してはいるものの、武器を持って強気になれば本性を表すのだ。魔物が脅威として立ちはだかっていた時は、その攻撃性は魔物に対して向けられていたのだが、やがて人類が惑星の王者となった際には矛先は自然と身内に向けられる。これは同種の中でも真の覇者となろうとする競争心も併せて働くためだ。
「アナタはそうした愚かさと無縁な人間だといいのだけどね、マリカ・コノエ?」
「マリカ様は愚かではありません! ご友人のために頑張ったり、私にも良くしてくださるお方なのですから!」
「アンドロイドであるアナタが言うのだから間違いないのでしょうね。だからこそ、そういう人間がリペアスキル持ちで良かったと思うわ。本当に私のお気に入りになりそうよ」
「お、お気に入り!? マリカ様はあげません!」
カティアは口を尖らせながら、ぷくーっと頬を膨らませるという器用な芸当でアレクシアに抗議する。どうにもマリカ関連になると興奮を抑えきれないようだ。
「まあまあ、落ち着いてカティア。ホラ、見えてきたよ」
マリカが示す先、巨大な鋼鉄の塊が荒野に転がっていた。全長約一キロメートル程はありそうで、小さな街なら呑み込んでしまいそうな威容である。
旧世界では魔道艦と呼ばれていた空飛ぶ艦はアレクシアの言う通りに確かに存在し、マリカはアクセルを踏み込んで漆黒の金属へと近づいていく。
-続く-