傍に居るだけで
マリカがメイドとなってカティアに奉仕活動をしていた最中、蓄積していた疲労が表面化してマリカは熱を出しダウンしてしまった。呼吸も荒くなって少し苦しそうにしており、ひとまずカティアは濡らしたタオルを額に乗せてあげる。
「お薬でもあればよいのですが・・・・・・」
現代においては解熱剤などの最先端医薬は無く、薬草などから調合した原始的な物しかないのだ。
「とはいえ薬局さんも今は閉まっている時間ですし、困りました・・・・・・」
既に時刻は深夜となっているので街中の店も閉まっており、その自然由来の初歩的な薬すら手に入れることができない。なので今は手を握って重症化しないことを祈るだけだ。
「ゴメン、カティア。迷惑かけちゃって・・・・・・」
「全く迷惑なんかじゃないです! わたしこそ申し訳ありません・・・・・・主様の不調を察知することができなかったなどメイドとして失格です」
マリカが提案した主従逆転に浮かれていたカティアは、本来の自分の役目をおろそかにしていたのは否めない。今日の昼の時点でマリカは既に元気がなさそうだったので、恐らくはその時から体調が悪かったのだろう。
「いや、反省するべきは私だよ。カティアは心配してくれていたのに無理をしたのは私だからね」
連日の忙しさによる疲労を憂い、休むべきだとカティアは進言してくれていたのだ。しかし、ここ最近お店を休業する日が多かったので営業を強行したのである。
「それで倒れてたんじゃ元も子もないや・・・・・・」
「マリカ様・・・何かわたしにできる事はありますか? 軽くお食事とかはいかがです?」
「うーん、食べ物はいいかな。今はただ傍に居てほしい」
カティアの手を握り返すマリカ。けれど熱のせいで力が入っておらず、まるで赤子のような弱々しさにカティアは不安になり、このまま死んでしまうのではとアワアワと焦っている。
「お姉ちゃんのハイレンヒールなら体調不良も治すことができる。帰るのは明日だって言っていたし、お姉ちゃんさえ戻ってくれば万事解決だよ」
「なら一晩の辛抱ですね。わたしはずっとお傍に居ますから、安心してお休みしてください」
「病気とかの時って凄く心細くなるからカティアの存在がありがたいよ。体はダルいけど、ちょっぴり幸せな気持ちになれてる」
弱っている時こそ人肌が恋しくなるものだ。カティアは人間ではないが、そんなのは関係ない。誰よりもマリカを想ってくれている相手なのは間違いなく、種族を超えた絆が二人の間には確かにある。
「前にさ、私が死ぬ時に看取って欲しいって言ったでしょ? まさにこんな感じが理想かなって思うんだ」
「それがマリカ様の理想と言うならば、わたしは全力で叶えます。ですが・・・・・・マリカ様の死など想像もしたくありません。わたしを残して逝かないでください・・・・・・」
人間はいつか命尽きて死ぬもので、覆しようのない事象だ。実際にマリカはマザー級に殺されかけたし、今も容体が変化して悪化すれば死ぬ可能性はある。
ここ最近、マリカの死を意識させられる事柄が立て続けに発生したためカティアの精神は不安定なものになっていた。だからメイドという立場を忘れ、自然と自らの願望を口にしていた。
「えへへへ」
「ど、どうしましたマリカ様?」
「ごめんごめん。カティアにそう言ってもらえるのが嬉しくて。本当に私を好きなんだね?」
「わたしはアンドロイドですし、一介のメイドに過ぎませんが・・・・・・仰る通り、わたしはマリカ様をお慕いしています。これはメイドとして主様に尽くすように設計されているからではありません。わたし個人の感情とも言える思考による好意です」
以前マリカに説明したようにアンドロイドは人間を模した高度なAIを搭載している。これは機械的なプログラムというよりは、自立思考型の疑似ブレインと言うべきものだ。つまり人そのものの思考を可能としているので、与えられた役割とは別に個々で感情を会得できるのである。
なので人と同じように"好き"という当たり前の気持ちを抱いても全くおかしくはないのだ。
「じゃあ相思相愛ってヤツだね。いつの間にかに」
「わたしは割と初めからでしたよ?」
「あら、私もだよ?」
競い合うように言う二人は互いの瞳を見つめて、握られた手が益々熱を帯びていく。だが、これは不快な熱ではない。
「普段は恥ずかしくて言えないんだけど、こういう時ってヘンなテンションになるからサラッと言えちゃうね。たまには体調不良も悪くないかも」
「マリカ様にはいつでも元気でいてほしいです。それに恥ずかしがらずに毎日想いを言葉にして頂いていいんですよ?」
「毎日か・・・新婚さんみたいになるね」
カナエとエーデリアも新婚のような同棲生活を送っていて、自分とカティアも同じようになるのかと思うとオカシくてフッと笑い出した。
「す、すみません・・・メイドであるわたし如きが・・・・・・」
その笑いが自分の失言によるものと勘違いしたカティアはしゅんと落ち込むが、マリカは小さく首を振る。
「違うの違うの。イロイロと面白くてさ。ホント、可愛いよカティアは・・・・・・」
そう呟いてマリカは瞼を閉じた。だが別に死んだわけではなく単に眠っただけで、カティアは聖母のような眼差しをしながら布団を被せ直す。
「いつまでも、あなたの傍で・・・・・・」
毎晩そうしているように、眠るカティアを静かに見守るモードへと移行するカティア。ひとまず今は明日のアオナの帰りを待つしかなく、後で常備薬を用意しておこうと記憶しておくのであった。
翌日の午前中、王都から帰ったアオナは店がクローズになっているのを見て不審に思った。マリカは自分と違って真面目な人間であり、サボることはないだろうという信頼があるからだ。となれば、マリカの身に何かがあったのかと推測するのは容易い。
「マリカちゃん! どうかしたん!?」
ドカッと店の扉を開けてマリカの名を叫んだ。すると二階からドタドタと音を立てながら駆け足でカティアが降りて来て、普段大人しく礼儀正しいカティアがそのような慌ただしい様子で動くのを見たアオナは、いよいよ不測の事態が起きたのだなと推測が確信に変わる。
「アオナ様、お待ちしておりました! 実は今、マリカ様は安らかな眠りに就いておられて・・・・・・」
「えっ!? 死んだの!?」
「あ、いえ・・・言葉足らずでしたが、マリカ様は体調を崩されて熱があるのです。それでお休みになられているのです」
「ビックリしたよもう・・・・・・体調不良ならウチのハイレンヒールで治せるから、急ごう」
アオナがマリカの部屋へと赴くと、マリカは目を覚まして上体を起こしていた。姉の帰りに気がついて立ち上がろうとするも、まだ体はダルいようで動きは緩慢である。
「お帰り、お姉ちゃん。帰宅早々悪いんだけどスキルを使ってもらえると嬉しいかな・・・・・・」
「悪いなんてコトは全くないよ。ベッドに座ったままで大丈夫だから、体を楽にして」
ベッドに腰かけていたマリカの前に立ち、その額にアオナは両手で触れる。そして治癒スキルであるハイレンヒールを発動し、淡い光がマリカの全身を包み込んでいく。
「ああ・・・気分が良くなっていくよ」
「ちゃんとスキルが効いてるみたいだね。最近のマリカちゃんは忙しかったし、たまには休まないとね」
「それはお姉ちゃんだって同じだよ」
「ウチはイロイロと鍛えてるからタフなのさ。でも無事で良かったよ本当に」
アオナはマリカを抱き寄せた。その温もりは心から安らげるもので、マリカは自然と脱力している。
普段は飄々としておちゃらけた人間であるがマリカを想う気持ちはしっかりと持っているし、姉という立場を見失ったことはない。
「それと、カティアちゃんもありがとうね」
「いえ、わたしは・・・ただ近くで見守ることしかできませんでした・・・・・・」
「カティアちゃんが傍に居てくれたからこそマリカちゃんも安心して眠ることができたんだよ。一人だったら心細かっただろうしさ」
カティアは自らの不甲斐なさにしょんぼりしていたが、アオナはフォローしてウインクを飛ばす。実際にアオナはカティアに感謝しているし、カティアの尽くそうという気持ちを知っているからこそマリカを任せておけるのだ。
「さて、店に出るとしようかね。マリカちゃん達に改装してもらった店内の把握を兼ねながらね。二人はゆっくりとしていて」
「お姉ちゃんも休んだら?」
「大丈夫大丈夫!! モンストロ・ウェポンの問題も解決したしマリカちゃんが元気になってくれたので、むしろ今はパワー全開快調状態だからさ!」
ピースサインと共にアオナは一階の店に降りていく。
ここ数日間のアオナの頼りがいを誇らしく思い、その言葉に甘えてベッドに寝ころぶ。
「じゃあ私達は昨日の続きをしようか?」
「つ、続きですか?」
「添い寝のさ。私が熱出しちゃって終わっちゃったでしょ? だから、おいで」
ベッドをポンポンと叩いて自分の隣にカティアを誘い、二人は寄り添いながら向き合う。
窓から差し込む穏やかな陽差しが少女とメイドアンドロイドを包み込む。久しぶりの平穏な時間と、互いの存在をただ感じ合うのであった。
-続く-




