主従逆転!?
トゥエルヴ率いるモンストロ・ウェポンとの決戦の翌日、マリカはいつも通りにコノエ・エンタープライズにて店番をしていた。
このジャンク屋こそが本業であり、前日に凶暴な化物達と戦ったとはいえサボるわけにはいかない。こういう生真面目さは立派なものと言えるが、心配するカティアは少し休むべきだと進言する。
「フリーデブルク防衛から立て続けに戦っておられたのですから休まれてもよかったのでは? まだ体の疲労も取れていらっしゃらないでしょうし・・・・・・」
マリカの顔には少し影が差し、いつものような元気がないとカティアは感じていた。いくら魔導士とはいえ生身の体を持つ人間であり、一般人よりは頑丈でも無敵ではない。
「あんまり休業していると潰れたと勘違いされちゃうし、お姉ちゃんが帰ってきたら任せることにするよ」
アオナはマリカの車を借りてシェリーを王都まで送っているので不在だ。帰ってくるのは恐らく明日なので、それまではマリカが切り盛りするしかない。
「旧世界においては過労死が死因上位であったので心配なのですよ。わたしなら問題ありませんので店番はお任せください」
「死ぬまで働かされるなんて旧世界は本当に過酷だったんだ・・・・・・カティアの心遣いを無碍にしたくないので、今日は早めに店仕舞いにしようかね。どうせ客もあまり来ないしさ・・・・・・」
来客数は昼を過ぎた午後が一番多く、夕刻にもなれば客足はほとんど遠のくので時短にしても問題はないだろう。
マリカは空が橙色に染まり始めたのを確認して閉店の看板を店前に立て、自宅のある二階へと戻る。
「そういえばさ、フリーデブルク防衛戦での私の言葉を覚えている? この戦いが終わって帰ったら、逆に私がカティアになんでもしてあげるってヤツ」
「勿論、一言一句覚えておりますよ! あれは負傷したマリカ様がアオナ様の治療を受けた後、出撃したアオナ様の援護をわたしに命じられた時のコトですよね?」
「シチュエーションまでよく覚えているね。でね、私もそれを今思い出したんだけど、何か私にさせたいこと決まった?」
「マリカ様に何でも・・・!」
どのような事を考えているのかは分からないが、カティアの体温が急激に上昇して思考回路に異常が発生しているらしい。顔を真っ赤にして、茹でたタコに見える。
「ひ、卑猥すぎます!」
「あ、いや・・・どんなんを想像してるんだ・・・・・・」
「す、すみません! ですが、メイドたるわたしが主のマリカ様に何かをさせるなど畏れ多いことですので・・・・・・」
「ふむ・・・・・・」
欲が無い・・・むしろ欲しかないようだが、辛うじて残る理性が溢れだすのを制御しているようだ。でなければマリカもドン引きの要望を出していたかもしれない。
しかしマリカとしてはカティアへの恩返しをしたいという気持ちがあるので、何かしら要求してほしかったのだ。
「なら・・・うん、いい考えがある。ちょっと待ってて」
「は、はい」
ウインクを飛ばしたマリカは自室へと戻り、カティアは頷いてリビングで待つことにした。一体どんなコトをしてくれるのかと、心臓は無いのだが鼓動が速くなるという人間由来の感覚を感じて落ち着かない様子である。
それからすぐ、マリカがリビングへとやって来た。
「お待たせしました、カティア様」
「マ、マリカ様!? その格好は!?」
姿を現したマリカを見てカティアは素っ頓狂な声を上げて驚く。何故ならマリカはいつものタンクトップではなく、カティアと同じメイド服を着ていたからだ。
「どうしてメイド服を着ているというのです!?」
「そりゃ私が今日一日カティアのメイドになるためだよ。これならカティアに尽くしてあげられるものね。あ、カティア用の予備を勝手に使わせてもらっているけど許して」
「全く怒っていませんし、それよりも・・・か、可愛すぎます!」
マリカは元から魅力的な見た目をしているのだが、質素とはいえメイド服で着飾ることで更に魅力が増大している。
「というわけで今日は主従逆転です。さあカティア様、服をお着替えなさって」
「着替えですか!? このままではいけないので!?」
「主様がメイド服を着ているというのはヘンでしょ? ほら、手伝って差し上げますわよ」
と言うもののカティア用の普通の服は無いので、マリカが先程まで着用していたタンクトップに袖を通させる。幸いなことに体格は似ているので無理なく体を入れることができた。
「はわわわわ・・・マリカ様の温もりと匂い、たまりません!」
「そうですか・・・?」
身をくねらせているカティアに苦笑いした後、マリカはコホンと咳払いをして姿勢を正す。ここからはマリカがカティアのメイドとして務めることになるのだ。
「御用があれば遠慮なくお申し付けください、カティア様。私はあなたのメイドなのですから」
「わたしのメイド・・・・・・マリカ様がわたしだけのもの・・・・・・」
「そういうコトですよ。それに、呼び捨てでどうぞ」
「呼び捨て・・・!」
いくら今は主従が逆転しているとはいえ、本来は主であるマリカを呼び捨てにするなど良くないのではと葛藤があった。しかし、期待するようなマリカの目を見れば応えざるを得ない。
「なら・・・・・・マリカ」
「カティアに呼び捨てにされるの新鮮でイイネ! じゃなくて、カティア様に名前を呼んで頂けるだけで光栄です」
メイドに成りきれていないマリカは訂正しながらグッと親指を立てる。普段とは違う呼ばれ方をするだけで面白く感じるし、遠慮がちにマリカと呟くカティアが愛おしくて仕方がなかった。
「ささ、御命令を」
「そ、そうですね・・・では、お風呂の準備をお願いできますか?」
「風呂だね? ではなくて、お風呂ですね? お任せください」
アンドロイドであるカティアは風呂に入らずとも軽く洗い流すだけで問題ないのだが、他に要望が思いつかなかったのだ。食事をしないし睡眠も取らないので、基本的にアンドロイドは人間のような手間が必要ない。
マリカは庭にある大きなドラム缶に水を溜め、釜に点火する。この一苦労な入浴方法に慣れているマリカの手際の良さはカティアも見習う点も多く、ジッとその作業を見守っていた。
「どうぞ、丁度いい温度になりましたよ」
衣服を脱いだカティアが湯の中に体を浸からせる。特段汚れもないのだがリラックス効果を実感することができて、体内の魔力循環が良好になって活力さえ湧いていた。
「旧世界でも人間は入浴時間を大切にしていましたが理由が分かった気がします」
また一つ人間について学習し、カティアの高度思考AIはどんどん本物の人に近づいていっているようだ。
そうして暫く入浴した後、マリカにも入るように促す。
「えっ? でもメイドの私が・・・・・・」
「これは命令です。疲れも取れますから、是非」
「カティア様・・・私を気遣ってくれて、ありがとうございます」
マリカの疲労が抜けていないことを心配したカティアは、ちょっとでも本来の主のためになる事を思案していた。それをマリカも理解していて、カティアの優しさに甘えることにする。
入浴の時間を終えた二人はマリカの部屋へと戻る。今日だけはこの部屋はカティア用であり、メイド役に徹するマリカは椅子にも座らずカティアの傍に控えていた。
「他にも私に出来ることはありませんか?」
「う、うーん・・・マリカにさせたいこと・・・・・・」
イロイロと考えたカティアはポンと手を叩いて何か思いついたようだ。
「では、わたしと添い寝してください!」
「添い寝、です?」
「はい。わたしはアンドロイドなので睡眠の必要は無いのですが、マリカと共にベッドの中で横になるというのも夢ですので!」
興奮気味のカティアがそう提案する。主従逆転にも慣れてきたようで、前々からの妄想を大胆にも実現しようとしているらしい。
「おっけーです。じゃあ早速ベッドにドウゾ」
誘われるがままにカティアはマリカとベッドに体を預ける。元々一人用のベッドなので二人では狭いが、密着することができてカティアの狙い通りになっていた。
「こんなに近くでマリカの顔を・・・・・・たまりません!」
「喜んで頂けて嬉しいです。じゃあサービスでもっと・・・・・・」
マリカがカティアの腰に手を回して引き寄せ、両者の下腹部がピッタリとくっつく。その互いの柔らかさと熱が交わり、もはやカティアの理性は吹っ飛ぶ寸前だ。
「とても温かいです。それに、なんだか色っぽい」
潤んだような瞳のせいかマリカの表情はとても色気があった。
至近距離で見つめ合った状態でカティアは目が離せなくなるが、少しの違和感を感じて冷静さを取り戻す。
「温かい・・・というより、普段のマリカの体温よりもかなり高いように思えます・・・・・・まさか!」
カティアはハッとしてマリカの額に手を当てる。すると、カティアの温感センサーが異常発生を知らせていた。
「熱があるではないですか!?」
興奮による体温上昇ではなく、熱によるものだと断定する。これはメイド型アンドロイドだからこその機能であり、主の健康管理を任される立場にいるために搭載されたものであった。
「あわわわ・・・大変なことに・・・!」
呼吸も少し荒くなってきたマリカを介抱するべく、メイドとしての本来の役目を果たすべく立ち上がるカティア。
主従逆転で浮かれていた自分をいずれ罰しようと記憶メモリ内に書き留め、まずは必要な道具類を集めるために奔走するカティアであった。
-続く-