悪夢の戦場
フリーデブルクを急襲したモンストロ・ウェポンと呼ばれる異形の生物兵器達。既に滅亡した旧世界で開発されたというソレらが現代において出現した理由は分からないが、街を守るためにも撃破せねばならない。
街の西側に現れた一団と魔導士が一進一退の攻防を続ける中、北側にも新たな集団が襲い掛かり、マリカ達は救援に駆け付ける。
「よし、ここで降りるよ」
無限軌道によって高速走行をするカティアに抱えられて運んでもらったマリカは地面に降り立ち、剣を腰の鞘から抜刀してモンストロ・ウェポンに相対した。
「カティア、援護をお願い! 私は前に出る!」
生物兵器モンストロ・ウェポンといっても魔物と大差は無い。並みの魔物よりは多少戦闘力は上にも思えるが、普段通りに戦えば充分対処できるだろう。
「はい、お任せください!」
近接戦を挑むマリカの後方に控え、カティアはバックパックから両肩に伸びる大型魔道キャノンを起動する。
「撃ちます! どっかーん!!」
高出力魔弾を発射し、マリカを側面から襲おうとしていたモンストロ・ウェポン三体を撃破した。強大な火力によって直撃せずとも爆発に巻き込むだけで粉砕することができるのだ。
「ナイス! カティア!」
マリカはグッとサムズアップしカティアを褒めてあげる。
二人のコンビネーションは出会った当初よりも確かなものになっていて、それはカティアがマリカの戦闘行動を学習して支援するべきタイミングを算出可能になっているからだ。だからマリカも安心して目の前の敵に集中できるのである。
「一気にキメる!」
駆け寄ってきた敵の一体に向けて剣を振り抜いた。横薙ぎに一閃する刃は月光を反射して残光を描き、モンストロ・ウェポンの人型の上半身を両断する。
「血が青色なのも不気味だな・・・・・・」
顔にかかった返り血を拭い、その真っ青な血液を見て眉をしかめる。人間や魔物の赤色の血とは異なり、これも人口生命体ゆえの異質さなのだろうか。
「お二人とも速いですね・・・わたしも全力で走ったのですが追いつけませんでしたよ」
マリカに北側エリアの危機を知らせたシェリーもようやく辿り着けた。彼女はカティアの後ろから追ったのだが、そのスピードに追従できず後れを取っていたのだ。
「カティアのタンクパックなら四輪駆動車にも引けを取らない速さを出すことができますから」
「は、はぁ・・・? カティアさんは一体何者なんです?」
「アンドロイドという旧世界の機械人間なんです。人のカタチをしていますが、彼女のポテンシャルは人も魔導士も超えています」
「旧世界の機械人間・・・よく詳細は分かりませんが頼もしい存在ですね」
「はい。カティアと一緒なら、どんな困難だって乗り越えられますよ」
これまでもカティアのおかげで窮地を切り抜けてきた。今回もカティアの力を借りればモンストロ・ウェポンさえも退けられるとマリカは信じている。
「だけど、やけにヒトモドキ達の数が多い・・・・・・これじゃあ北側の戦力だけで対応するのは厳しいかも」
最初に敵が侵攻してきたのは街の西側で、防衛隊の戦力のほとんどを西灯台に集中させて迎撃体勢を整えた。そのために他の区画は手薄になっており、この北側エリアの魔導士の数は絶対的に足りていない。目算でも戦力比は五対一と敵が優勢となっていて劣勢を強いられている。
カティアやシェリーという優秀な人材が投入されたとはいえ、街に到達されるのは時間の問題のようにも思えた。
「西側から防衛隊の援軍が送られてくる予定らしいですが、間に合うかは分かりませんね。わたし達で時間を稼げばなんとかなりそうですが」
「なんとでもしないと。街に入れさせるわけにはいかないですもんね。私とカティアは更に敵戦力の中心部に突っ込みます」
「わたしも同行します。王都騎士団の一員として、皆さんを守るためにも引き下がるなんて有り得ませんので!」
ここにカナエやエーデリアもいれば心強いが戦闘中にはぐれてしまったので仕方がない。今はシェリーとカティアと共に侵攻する敵を抑え込むために奮闘するしかないのだ。
「カティアの援護があるのだから!」
轟音が空気を振動させ、熱波を伴うカティアの魔弾の一撃が飛ぶ。その光の弾が敵数体を巻き込んで爆散し、マリカとシェリーの活路を開いた。
「そこだっ!」
土埃の舞う中で二人の魔導士が吶喊し、鋭い斬撃で敵を切り伏せていく。特にシェリーは流石は騎士であり、マリカよりも素早くトドメを刺していた。
「このままヒトモドキ達の勢いを削ぎ落すことができれば・・・!」
そうすれば後続の防衛隊が残りを殲滅してくれることだろう。
モンストロ・ウェポンに囲まれないように立ち回りつつ、攻撃をいなして攻防を続けるマリカ達であったが、
「この振動は・・・?」
地震とは違う揺れをマリカは感じ取った。まるで巨体が地面を踏み鳴らすような揺れで、マリカは嫌な予感がしてシェリーと合流する。
「揺れてますよね?」
「そうですね・・・魔物達が暴れているくらいでこうも地面が揺れるとは思えませんが・・・・・・」
気のせいではなくシェリーも揺れを感じているようで、マリカはカティアの意見も聞こうと後退をかけようとした瞬間、
「なんだ!?」
その原因が姿を現す。
フリーデブルクの北側は平坦な地形ではなく、山のなりかけのような丘がいくつも存在する丘陵地帯となっていて通行には適していないエリアだ。そうした丘の一つを乗り越えてきた巨影、これこそが大地を踏み揺らす存在である。
「マリカ様、シェリー様も一度退いてください!」
叫ぶカティアに促されてマリカとシェリーは引き下がる。どうやらカティアは新手の事を知っているらしい。
「カティア、アイツはなんなの?」
「アレはモンストロ・ウェポンのバリエーションの一種で、マザー級と呼ばれていた種です。名前の通り他のモンストロ・ウェポンを産み出すことができるんです」
「マジか・・・つまり、私達が相手にしていたヒトモドキのようなモンストロ・ウェポンもアイツが産んだってこと?」
「他にも精製方法はありますが、あのマザー級を母体として誕生した個体も多数いると推察できます」
「アイツを仕留めないと増殖してしまうんだな・・・・・・」
これまでマリカ達が相手にしていたのは言うならば歩兵で、その親玉となるのがマザー級とカティアが呼んだ個体なのだろう。全高は優に十メートルはあり、ニワトリの卵を横倒しにしたような外見で、その先端部に人間のものに似た頭部がくっついていた。しかも約五メートル程の長さの太い脚が左右合せて計十本生えていて、どっしりと構える様子は要塞のようにも見える。
カティアは照準をマザー級へと向け、全開威力の魔弾を発射して攻撃を試みた。
「弾かれてしまいました!」
いくら巨体とはいえ大型魔道キャノンの渾身の一撃を受ければひとたまりもないはずである。しかしマザー級全体を覆うように球形の半透明なバリアが展開されていて、魔弾は巨体に直撃することなく防御されてしまった。
「魔力障壁か・・・・・・」
杖などの魔具で魔力を制御することによって、自身や周囲一帯に魔力障壁と呼ばれるバリアを展開することができる。これはあらゆる属性の攻撃に対して有効に働くが、魔力障壁は消費魔力量が多いため多用はできず、しかも才覚ある一部の魔導士にしか展開することはできない。一部の魔物も魔力障壁を使用できるが、マザー級のソレは他とは圧倒的にパワーが違うように見えた。
「カティアの魔弾で貫くことができないなら、どうする?」
「魔力障壁とはいえ無限に防御できるわけではありません。なので一点に集中攻撃を行い、負荷を与えて突破することは可能なはずです」
魔力障壁全体に魔弾や技を当てるより、一部の箇所に攻撃を集中させることで無理矢理に打ち破る方法をカティアは提案する。魔力障壁のフィールドの内側にさえ侵入できれば本体に肉薄することが可能だ。
「シェリーさん、一緒に行ってもらえますか?」
「お供します!」
ならさっさとケリを付けてしまおうとマリカとシェリーが全速で駆けだす。途中で襲ってくるヒトモドキは相手にせず、カティアの援護射撃で対処してもらう。
「カティア、マザー級の左前足の足元を狙えるかな!?」
「はい、撃ちます!」
再びの全力射撃が飛び、マリカ達の近くを通過して魔力障壁に着弾した。その衝撃で魔力障壁は揺らめき、明らかにダメージが入っているのが分かる。
「次はわたしがやります! 燃え盛れ、オーバーフレイム!」
シェリーの魔力が火炎へと転換して、剣そのものが燃え上がるように火柱を纏った。夜の闇を打ち消すような真紅は眩く、熱く滾っている。
これこそがシェリーの特殊能力であり、魔具を通して炎を形成することができるのだ。
「今です、マリカさん!」
振り下ろされた火炎剣から炎を伴う衝撃波が走った。そしてカティアの魔弾が直撃した箇所に追撃を与え、その部位の魔力障壁を砕くことに成功する。
「チャンスは逃さない!」
過剰なダメージを受けたことによる損傷だが、これは一時的なもので魔力がある限り復元することは可能であり、だからこそ修復される前に魔力障壁内に突入しなければならない。
カティアとシェリーの頑張りを無駄にしたくないマリカは、急いで砕いた部分からマザー級に接近をかけるが、
「邪魔をしないで!」
護衛のヒトモドキが殴りかかってきた。魔具などは装備せず肉弾戦を仕掛けてきて、マリカは舌打ちしながらも剣を構える。
「倒すしかないな!」
蠢くように身を揺らすマザー級はひとまず無視してマリカはそちらに向き直り、逆にモンストロ・ウェポンを両断する。
そのままの勢いでマザー級に斬撃を与えようとしたマリカ。しかし、体に強い衝撃が走って動けなくなってしまった。
「・・・え?」
視線を下げ、何が起こったのかを理解する。
マザー級の胴体から生えた鋭利な触手が背後からマリカを刺し貫き、その先端が腹部から飛び出していた。
「マリカ様!!」
叫ぶ声が聞こえる。
けれども返答することもできず、代わりに口からは血が吐き出される。
マリカの意識は、暗闇へと堕ちていった。
-続く-