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シェリー・V・カイネハイン

 王都からフリーデブルクに戻ってから数日後、マリカは普段通りに仕事をしつつカティア用のオプション装備を修復していた。これまで使用されたユニットとは異なり、脚部に装着するタイプのようだ。


「これでよし・・・カティア、装着してみて」


 いわゆる無限軌道と呼ばれる戦車型の装備で、アンドロイドのふくらはぎの側面に取り付ける。その状態で正座するようにヒザを曲げることで無限軌道が接地し、履帯によって走行することが可能になるのだ。


「カティア、これを装備することで何かメリットはあるの? 二足歩行できるのだから、わざわざ旧世界の戦車のように走らなくてもいいような・・・・・・」


「無限軌道の利点は不整地でも安定した走行が可能という点ですね。しかも重量のある火器類を搭載したまま高速移動ができます。それこそ戦車のような大口径装備を持って、走りながら撃つこともできるでしょう」


「キャノンパックよりも大きな魔道砲を積んだまま前線で戦えるってことか」


「旧世界においては、タンクパックという二門の大型魔道キャノンと無限軌道を併用して使用していましたね。確か、倉庫の中に似たような武器がありました」


「ならそれも直そう。いつ戦いに巻き込まれるか分からないからね。装備は充実させておいて損はないもの」


 ここ最近、強力な魔物と交戦する機会が何度もあり、その度にカティアとオプションユニットに助けられてきた。つい数日前もマインレイヤーを担いだカティアの機雷攻撃によってグロット・スパイダーを殲滅することに成功し、それが無ければマリカ達が逆に殺されていただろう。


「街の外に出なければ魔物に遭遇することもないから、暫くは街の中で平穏に過ごしたいねぇ・・・・・・」


 フリーデブルクの中にさえいれば魔物と鉢合わせすることは無い。時折、魔物は集団で街を襲うこともあるが、街の魔導士達が一丸となって防衛に出るので個人で戦うよりはリスクは減る。

 

「まあカナエのような傍若無人で人を振り回すヤツでも来なければ」


「おっすおっすー。マリカはおるかー?」


「・・・来なければ平穏でした」


 聞きなれた甲高い声を耳にしてマリカはうな垂れた。王都での一件以来の再会である。


「相変わらず暇そうだね、コノエ・エンタープライズは」


「真正の暇人に言われたかないわ。で、今日はどうしたの?」


「エーデリアがさ、この店に来たいっていうもんだから」


 カナエの後ろからひょこっと現れて上品に手を振るのはエーデリアだ。

 家出をしたままフリーデブルクへとマリカ達と共に渡り、以後はカナエと同棲しているらしい。金持ち令嬢と不審者の組み合わせというものは不可解だが、二人は身分や肩書など全く関係なく強く結ばれている。


「久しぶりのフリーデブルクをカナエさんと観光して回っていまして、マリカさんのお店も学生時代の思い出の場所なのですから是非訪れたいと思っていたのです」


「そっか。ここは観光ポイントにするほどの場所ではないけど、まあゆっくりしていって」


「この老舗の雰囲気、好きですよ。喧噪もなく落ち着いていて、せわしない世間を忘れながら様々な道具類に囲まれるというのも」


「・・・いやうん、単に客がいなくて過疎っているだけなんだけどね・・・・・・」


 物は言いようで、エーデリアは好意的な解釈をしてくれているが、現実はマリカの言うように客がいないために静かなだけである。カティアの呼び込みなどで前よりは客足も増えたとはいえ劇的な改善がなされたわけではない。


「エーデリアに経営顧問を頼むのが正解かもね」


「わたくしは一応経営学を学んでおりますから、ご要望とあらば協力しますよ」


「お姉ちゃんに話しておくか・・・・・・」


 将来的にディザストロ社の経営を担う予定であったエーデリアは、学生時代に経営学についても勉強していた。しかし母と袂を別って会社を出てきたため、その努力は無駄になりかけており、ならコノエ・エンタープライズの経営健全化に手を貸してもらうのも悪くないとマリカは思ったのである。


「ウチをお呼び?」


「うわっ! 急にどっから出てきたの!?」


「マリカちゃんに呼ばれれば地中からでも空からでも出てくるよぅ。てか、エーデリアちゃんじゃないの! おひさしぶりね」


 アオナもエーデリアと面識があり、姪っ子が来たようにエーデリアを迎え入れた。

 こういう外面の良さを家の中でも維持してくれとマリカは心でツッコむが声には出さない。無駄な行為はなるべくしたくないからだ。


「コノエ・エンタープライズはエーデリアに社長を任せたほうがイイと思うんだよね、お姉ちゃん」


「あら、じゃあウチは会長に?」


「グループ企業じゃないでしょウチの店は・・・・・・お姉ちゃんにはヒラの店員としてやり直してもらうのが一番かもね」


「まあ! こんな模範的店員なのに!?」


「・・・・・・」


 普通の店員は営業中に酒を呑んで酔いつぶれたりしない。真っ先にクビを切られる対象なのだが、これがトップに居座っているのだから世も末である。


「雇っていただけるなら嬉しいです。この街で職を探そうと思っておりましたので」


 姉を追放してエーデリア、カティアと三人で頑張っていくのもアリだな考えた矢先、


「そうはいきません! エーデリア、あなたは王都に連れて帰ります!」


 店の中に突入してきた甲冑姿の騎士がビシッとエーデリアを指さしながら叫んだ。一体何事かとマリカは狼狽えるが、エーデリアとアオナはその正体に見当が付いているようで、あまり動揺せずに騎士に向き直る。


「なんだなんだ・・・一体どういうんだ?」


「マリカさん、あの騎士はわたくしの姉です。姉のシェリー・ヴィン・カイネハインです」


「エーデリアのお姉ちゃん!? 確かにお姉ちゃんがいるとは聞いたことがあったけど、しかしどういうこっちゃね・・・?」


「姉の言葉通りで、わたくしのことを連れ戻しにきたんでしょうね」


 エーデリアに紹介されたシェリーは頭部を覆う兜を外し素顔を晒す。顔はエーデリアを大人っぽくした凛々しさがあって、美しい金髪はショートスタイルにまとめられている。


「いきなりの訪問で驚かせてしまって申し訳ありません。わたしはお母様の指示を受けてエーデリアの捜索に当たっており、王都外郭の関所にて目撃情報があったので、もしや学生時代を過ごしたフリーデブルクに来ているのではと思い訪ねた次第なのです」


 家出をしてきたエーデリアは行方不明扱いになっているようで、となれば捜索が行われるのも当然だろう。ディザストロ社での扱いが悪いとはいえ貴族一家の娘なのだ。


「お姉様、わたくしは戻るつもりはありません。この街にて暮らすことに決めたのですから」


「何をワガママなことを! そんなことが許されるわけがありません。職務放棄などカイネハイン家の人間としてあり得ないことです!」


「そう言うお姉様こそ、王都騎士団の一員でありながら妹の捜索をしている暇などあるのですか!?」


「わたしは単独行動を許される特権を持っています。それに、これは母が騎士団に根回しをして下された正式な任務でもあるのですよ。身内の失態は身内で解決したいとお母様は思慮したのでしょう」


「思慮するべきなのは社員の待遇と経営方針です! わたくしのことは死んだとでも適当に報告してください。もうカイネハイン家には帰りませんと再度申し上げます・・・そう、わたくしはカイネハイン家を捨てます」


 エーデリアの意思は固く、シェリーの言葉に断固として拒否する。実の姉の言葉にも靡かないとは相当な覚悟を持っての家出なのだろう。


「カイネハインの名を捨てることはできませんよ! わたしとしても、あなたは大切な妹なのですから、そう簡単に繋がりを捨てるなど言わないで!」


「捨ててやります! 今日からわたくしは・・・エーデリア・アールム・ホシオカとして生きます!」


 その宣言にカナエ以外が驚いていた。ホシオカの姓はカナエと同じであり、今後もカナエとの同棲を続けるという意思表示も含まれていて、それを聞いたカナエは全然オーケーと頷いている。


「なっ!? この分からず屋! わたしはあなたの事を心配してここまで来たのです!」


「分からず屋なのはお姉様です!」


 エーデリアは店を飛び出してしまった。その背中を呼び止めようとするシェリーだが、エーデリアは空間転移術であるエスパスシフトを用いて姿を消した上、カナエに腕を掴まれて止められる。


「ここは任せてくださいよ、お義姉さん。エーデリアの扱いはあたしのほうが慣れているでしょうし、エーデリアを慰めるのは得意ですから」


 カナエはウインクしながらエーデリアの後を追い、妹に反抗されたショックもあってかシェリーは動けなくなって二人を見送ることしかできない。


「フッ・・・ならウチがシェリーを慰めてあげようかね」


「シェリーさんと知り合いなの?」


「前に話したことなかったっけ? シェリーはウチが学生だった時の知人なんだ」


「ああ、そういう・・・・・・」


 世間とは狭いもので、どこかしらで関わりのある人間が偶然にも集まってしまうものだ。

 マリカはなんだか大事に巻き込まれているような気がするが、大切な友達のためには何が最適なのか頭を悩ませるのだった。



   -続く-

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