あなたと共に
エーデリアの一言に更に驚くカナエ達。王都を抜け出してフリーデブルクへ行くということは、つまり家出そのものだ。
「もうわたくしは我慢なりません。あんな人達のために草刈りなんてやってられません!」
「そりゃ望んでもないのに草刈り専任は辛いわな」
「ディザストロ社は変わることはないでしょう。あの会社にいたところで希望も未来もありませんよ」
「あんなのが舵取りしてるんじゃ泥船も同じだわな」
普段は温厚で思いやりのあるエーデリアがこれほどに怒るのは極めて珍しく、カナエはその圧に押されるように相槌を打つことしかできない。
今まで貯めこんでいた感情を表に出したことで落ち着きを取り戻したエーデリアは、コホンと咳払いしてカナエに向き直る。
「というわけで・・・カナエさんの家に泊めてくださいませんか? 何でもしますから」
「ん? 何でもするって言ったね?」
「はい。カナエさんのためなら命だって差し出せます!」
そこまでは望んでいないが、エーデリアとの同棲はカナエにとって悪い話ではなく、むしろウェルカムだ。
「でもいいのか? ならず者のあたしの元に来るってなら、取って喰っちまうかもしれないぜ?」
「はい・・・さっき言った通りカナエさんになら何でもしますし、カナエさんが相手なら何をされても構いません。あなたと共に過ごしたい、それがわたくしの願いなのです」
「お、そうか・・・・・・」
この二人は昔から変わらないなとマリカはある意味で安心感を感じている。カナエとエーデリアは学生時代から似たようなやり取りを交わしていて、それを隣で呆れるようにして聞くという光景がマリカの脳内にフラッシュバックする。
「お二人の関係、ステキです。とても微笑ましくて、なんだか羨ましいですね」
「そ、そうかな・・・?」
「わたしもマリカ様のためなら何でもしますから!」
キラキラと目を輝かせるカティアを見て、マリカもカナエ達の気持ちが少し分かったような気がした。それはあの二人のようにマリカとカティアも惹かれ合って互いの存在を意識し、身も心も預けてしまってもいいという感情が芽生えたからだ。
「私も・・・カティアのためなら何だってできる気がするよ」
「マ、マリカ様!?」
「そんくらい、もう大好きってこと」
「きゅ~・・・ばたん」
「カティア!?」
マリカに好きと言われた瞬間、カティアは顔を真っ赤にし、目を白黒させて後ろに倒れてしまった。思考回路その他諸々がオーバーヒートしてしまったらしく、全身から湯気のような蒸気を出している。
「お、おかしい・・・リペアスキルが効かない!?」
「マリカ、どうしたん? カティアちゃん溶けちゃいそうだけど」
「分からないんだけど、大好きだよって言ったら・・・・・・」
「ヒュー! そんな大胆な告白を聞いたから卒倒しちゃったんだな」
「告白ってほどでは・・・・・・ともかく戻ってきてカティアーー!!」
幸せそうに目を閉じるカティアは、リペアスキルを受けても機能停止したままなのだった。
「ここが桃源郷・・・それとも天国・・・?」
再起動したカティアは思考回路の異常が治っていることを確認しつつも、ほわほわとした感覚に包まれて酔っているようにフラついている。
「ああカティア!! 目を覚ましたんだね!」
「天使が見えます・・・・・・」
「私は天使なんかじゃないよ。てか大丈夫? いきなり倒れるもんだからさ」
「ご心配をおかけしてしまいました・・・ここは旅館ですね?」
今カティア達がいるのは王都での活動拠点とした宿、ハイルングアルベルゴズであった。意識を失ったカティアをマリカが運び、今まで付き添っていてくれたのだ。
「リペアスキルでも回復しなかったから本当にビックリしたよ。どうしてだったんだろう?」
「物理的というよりも、心理的に大きな衝撃を受けたためかもしれません。わたしはアンドロイドなので心という概念を持つのもオカシイですが・・・・・・」
「カティアにはちゃんと心があるよ。機械だとか関係なくね。というか、大きな衝撃ということは私に好かれるのは嫌だった?」
好きと言われたことが衝撃だったのなら、カティアにとって自分からの好意は迷惑だったのかと思ったのだ。これまでのカティアのマリカに対するリアクションを考えればそれはあり得ないが。
「違います! 逆です!」
当然ながらカティアは速攻で否定し、頬を染めたままでマリカに詰め寄った。その気迫に押されたマリカは若干たじろぐ。
「とても嬉しかったのです。わたしを良く扱って下さっていることは身をもって分かっていましたが、実際に言葉にして好意を受け取ったことで幸せが溢れたのです」
それは昔の主との出来事があったからこその感情だ。前日に過去の話をしたことを思い出しつつ、自然と今と昔の二人の主を対比していた。
「わたしも・・・わたしも、マリカ様のことが好きです。メイドのわたしがこう言うのは失礼にあたるでしょうが・・・・・・」
「失礼なんてことはないよ。ありがとう、カティア」
マリカの満面の笑みが薄暗い部屋に眩しい。もう夜中であるが、一つの太陽がパッと明るく照らしてくれているような錯覚すら覚えた。
「カティアのおかげで今の私がある。ツマラナイ生活がガラッと変化して、カティアとなら新しい未来を掴めるような気がして・・・・・・ハハッ、恥ずかしいね、私ったらクサいセリフをさ」
「マリカ様の素直なお気持ちを聞けたのですから、わたしは全く恥ずかしいこととは思いませんよ。マリカ様と未来を紡いで、今という時を美しい記憶の中で永遠に生かし続けていきたいです」
「フフ、張り合っちゃって。イイセリフ言っちゃって」
「ペットは主人に似ると言いますし、メイドも主様に似るものかもですね」
「これからも私にドンドン似ていくということか・・・・・・」
マリカ自身が優秀な人間かと問われれば、答えはノーである。カナエやアオナよりはマトモであるも、決して他人に憧れられるような要素は無い。だからカティアが自分に似るのはどうなのだという疑問も持って仕方ないだろう。
「そして、いずれはわたしがマリカ様そのものに・・・うへへへへ」
「えぇ・・・・・・」
妄想と共に奇妙な笑いを漏らすカティア。そこまでマリカに近づいてどうするのか。
「すみません、未来予測で興奮してしまいました」
「い、いや・・・別にいいけども」
「あの、カナエ様とエーデリア様の姿が見当たりませんが、お二人はどちらに?」
「二人とも夜の街に繰り出したよ。久しぶりに会ったから、やりたいことがあるんだって」
宿に帰ってから早々にカナエ達は街へと出ていた。特別に仲の良いカナエとエーデリアだからこそ、二人きりでしたいこともあるのだろう。それを理解するマリカはハブられたとは思っておらず、むしろ忙しかった一日の最後を静かにカティアと過ごせる状況に感謝している。
「ようやく明日はフリーデブルクに帰れるね。王都はあまり堪能できなかったけど、やっぱり慣れた街で静かに暮らすのが一番だね」
「わたしはマリカ様と一緒ならどこでも楽園ですよ」
「確かに、どこの街かというより誰と一緒かってことは重要かも。カティアとならこのまま王都に住むのも悪くないな」
「それならアオナ様もお呼びしませんとね」
「一人で放っておいたら荒んだ生活を送って孤独死しそうだしね・・・・・・ちゃんと元気にしてるかなぁ」
ぐぅたらな姉にこそメイドが必要かもしれない。とはいえカティアを差し出す気は全くないが。
「まっ、この大金を見たら瀕死でも元気が出るでしょ」
グロット・スパイダー戦のせいで忘れかけていたが、王都に来たそもそもの理由はお宝売却である。暫くの生活費を賄えるだけの稼ぎを得たのでアオナにも満足してもらえるだろう。
翌日、朝早く王都を出発したマリカ達。道中に魔物と遭遇することもなく、太陽が街を上から照らす昼時には自宅へと辿り着くことができた。
開店中になっているコノエ・エンタープライズの扉を開き、客のいない店内をマリカは見渡す。
「やっぱりカティアがいないとダメだね、ウチの店は」
「さっそく店番をしますね」
「帰ってきたばかりだし今日は大丈夫だよ。にしてもお姉ちゃんはどこに?」
カウンター内にもアオナの姿は無い。となると上の階にある自宅にいるのだろう。
「お姉ちゃん? って、うわっ!」
マリカが階段を昇ってリビングを覗くと、アオナは酒瓶を片手にテーブルに突っ伏して寝ていた。完全なる職務怠慢であり、ダメ人間のお手本のような状態である。
ため息をつきながら呆れ、マリカはアオナの肩を揺すって起こす。
「およ~・・・あれ、帰っていたのマリカちゃん!?」
ボヤける視界の中一杯にマリカの顔が映って、アオナはひっくり返りそうになりながら驚く。まだマリカは帰ってこないだろうと完全に油断していたようだ。
「まったく、これだから・・・開店中の看板出しておいて・・・・・・」
「いやぁ~お客が全然来ないしさ、まあいいかってね」
「こりゃ私が稼いでこなかったら本当に倒産間近だったな・・・・・・」
テーブルの上に金貨入りの袋を置き、それを覗き込むアオナの目にはキラメキが宿った。
「おひょー! すんごぉいお金だぁ!」
「子供みたいなリアクションだな・・・・・・」
酔った人間の相手は面倒だなと、マリカは瓶を持ったままのアオナを自室へと連れていって布団に放り込んだ。もはやアオナに店番は不可能であり、こうなればマリカがカウンターに立つしかない。
「ゴメンだけど、やっぱりお店を手伝ってくれるかな」
「お任せください! わたし一人でも大丈夫ですから、マリカ様もお休みになられては?」
「いや、姉の失態は妹の私が挽回しないとね。ヤレヤレ、やっぱりカティアと二人っきりでいいかもしれないな」
半分冗談、半分本気で言いながらカティアの頭を撫でる。この感触とカティアの嬉しそうな表情はマリカに安らぎを与えてくれて、王都での一連の疲れも吹き飛ぶ。
「さっ、いこうか」
「はい、マリカ様!」
いつも通りに店前で呼び込みを行うカティアの背中を眺め、ある意味で平穏な日常に帰ってきたことに安心するマリカであった。
-続く-




