9話 アイドル部創設《前半》 (華奈)
今回は、バラバラなお話がザッと3部構成です。
9話 アイドル部創設《前半》 (華奈)
① 朝の登校
今日は、朝の早い段階から暑い日である。朝起きると、パジャマが汗ばんでいたくらいだ。
ニュースの天気予報コーナーで見る1日の予想最高気温が、28℃を示すまでなってきた。カナが小学校低学年の頃は、5月に28℃を示すなんて無かった。
「今日、暑い……。」
「そうね。5月にここまで暑いとなると、これからどうなる事やら。」
寮の部屋が同室の千紗と2人で並んで、学校の中央階段を上りながら話していた。カナ達が話す横を、イチャイチャしながら通り過ぎるカップルがアツアツで余計に暑く感じる。
菜月先輩に聞いたことのある話なのだが、ここの中央階段、桜咲学園のカップルに人気なんだとか。
西に向いている大きな窓から、赤く染まった夕陽が差し込んでくるのが綺麗だから。というのが、人気の理由。
だからって、わざわざ暑い日に朝からアツアツにならならくても……、と通り過ぎて行ったカップルの後ろ姿を見送る。
「華奈?あなた、誰かと付き合いたいと思ったでしょ?」
千紗が、ジーッと疑うような目でカナのことを見てくる。カナ、そんなに彼女を欲しそうに見えたのかな?
「そ、そんなことないよ?カナは恋愛とか興味ないから。」
誰かと付き合ってデートとかをしてみたいけれど、小学生の時に失恋して以来、誰かのことを好きになる気持ちがなくなった。好きになってはいけないんだ、という感情が根強くカナの中にある。
好きになった相手からの心無い言葉に、今でも悩まされていると考えると、カナのメンタルが弱いことを思い知る。
「華奈?なんかあったの?」
俯いて歩くカナの肩に、千紗が軽くコツンと手を当てる。千紗を見上げて、羨ましく思う。カナもこんなにカッコいい女の子であれば、変わった結果があったのかな。
千紗を眩しい存在のように感じながら、平然を装って謝る。
「う、ううん。何もない、ゴメンゴメン!気にしないで!」
千紗に、カナが女子に告白したことがあるとバレてしまえば、きっと軽蔑されるだろうな。そう判断したカナは、話を掘り下げはしなかった。
カナの演技が上手くいったのか、千紗は何も気にすることなく「ふーん」と、納得した様子を見せる。
「それより、バスケ部の先輩から聞かれたんだけど、華奈はいつ部活に来るんだって言われた。先輩達、ずっと華奈のことを待ってるわ。」
カナとしたことが、バスケ部のことを完全に頭から忘れていた。アイドル部に入ると考えていたので、バスケのことはすっかり頭になかった。
千紗には、バスケ部には入らないと伝えているが、アイドル部に入ることは伝えていない。カナがバスケ部に入らずに、1人だけ自由気ままにアイドル部に入部することが申し訳なかった。
それに、待ってくれているバスケ部の先輩達にも。
「え、マジ!?ケガのこと言わなきゃなぁ……。」
先輩達にはケガのことを伝えていない。だから、先輩達もカナが来ることをずっと待っている状況なんだろう。今のカナでは、バスケができないことを知ってもらわなければならない。能力面では問題ないが故に、今は厄介な状況である。
「ま、先輩達には、そろそろ言っておくよ。もうバスケはできないって。」
ハハッと笑って、何も無いように無理に笑顔を作って答えるけど、千紗はカナの反応に不満げであった。
千紗の吸い込まれそうな黒色の瞳に暗く映るカナは、引きつった笑顔をしていた。
② 転校生
カナのクラスには、いつも空いている席がある。空いている席を座席表で確認すると、西園寺 神楽 と書いてある。
そこの席のことを意識する度、見たことない神楽さんの容姿を妄想していた。菜月先輩みたいにアツい人なのか、胡桃先輩みたいに明るいのか、琴音みたいにお嬢様なのか、千紗みたいにクールなのか。髪型は、声は、顔は……と、妄想が止まらない。
友達には、「華奈、楽しみにしすぎだよ……。」と呆れられて、苦笑いをされてしまったこともあった。
「あそこの席って誰なんだろうね!今日こそは来てくれるかな?」
「ハハッ、また華奈は西園寺さんのこと妄想してー」
教室でクラスメイトといつものやりとりをしていた。毎日、「今日こそは!」と願っているけれど、全く来る気配を見せてくれない。今日で5月の末になるし、そろそろ来る頃であろう。
「今日こそは!きっと……」
ガラガラガラ……
神様に祈るように天を見上げ、いつものセリフを言い放とうとした時。カナの言葉を遮るように教室の前のドアが開く。
「あの人……、まさか……!?」
今までに見たことない生徒が、カナのクラスに入ってきた。
クラス内の視線が、一瞬にしてその女生徒に集まる。
清楚な雰囲気を醸し出し、何者も引きつけない何かを身に纏っている。その存在を表すならば、『女神』そのものだろう。カナ
教室中の注目を集めたまま、彼女は鞄を机の上に置き、静かに席に座った。
「あれが、神楽さん……?」
まるで、カナ達とは同じ世界に居らず触れることのできない遠い存在のようだ。教室の後ろの方の席でありながらも、皆の視線を釘付けにする尊さが、カナにそう思わせていた。
今まで、彼女を知りたいと願っていたが、いざとなると、近くに寄ることすらできなかった。
③ 話し合いまでの道
その日の昼休み、カナは琴音と2人で話し合いの集合場所へとと向かった。
今日の昼休みは、4人であと1人の部員を呼ぶための作戦会議になっている。本当は外でやる予定だったけれど、雨が降り出したので、現在は空き教室になっている、元アイドル部の部室前で話し合うことにした。
先日、菜月先輩と胡桃先輩をアイドル部に勧誘したところ、2人とも快くOKを出してくれた。2人の先輩が元アイドル部であった、ということを表向きの理由として、アイドル部に誘った。
本当の理由は、胡桃先輩のお世話役の負担軽減である。
毎日、昼休みに菜月先輩が、放課後にカナが。と、2人でシフトを回していたわけだが、カナも限界に感じてきた。放課後の時間を拘束される、胡桃先輩と2人でいる時の周りからの哀れみの視線、面倒を見るのが面倒である……。複数の要因が絡んで、カナは限界に感じている。
そんな訳で、部活に胡桃先輩を入れてしまえば、ある程度のことは解決されるだろうと思い、アイドル部に2人を入れた訳だ。
「あと1人って時が、1番苦痛なのよね。早くアイドル活動がしたいという思いが、込み上げてくるから。」
琴音が、雨に濡れた外の景色を眺めながら言う。暗くて重そうな雲が、空一面に広がっている。ザーッと音を立てて強い雨が、電気で黄色く照らされる街に降っている。
「誰かいるんスかねー……。」
カナも合ってそうな人を探しているけれど、アイドルが似合いそうな人がどんな人か分からない。
可愛ければいいのか、カッコよければいいのか。容姿だけ?声質、運動神経……。考えれば考える程、こんがらがって理想像が思い当たらない。
本当は、もっと簡単なことで、難しく考える必要も無いはずなのに。
誰でもなれそうに無いならば、誰でもなれるチャンスはある。無理なことこそ可能になると思うけれど、世の中、そんなに上手くいかないよね。
「アイドルってどんな人がいいんだろー。見た目がよくて、歌が上手くて、ダンスができて、アイドルっぽくて……。難しいよ、ハハッ。」
琴音と目を合わせることなく、前を向いたまま、誰に向けるでもなく愛想笑いをする。
「アイドルなんて誰でもなれるわ、なりたいと願う気持ちがあれば。」
「っ!!!」
琴音の言葉がカナの胸に刺さる。
それだっ!瞬時に理解する。
琴音の言葉に、今まで自分が一生懸命に考えていたことを、一瞬で否定された気がした。でも、その意見にカナは納得せざるを得なかった。
琴音のその解答が、カナの見つけ出したかった答えだったから。
「あの琴音が?」と思い、琴音の方を振り向くと、そこにはいつもの琴音がいる。何も変わらない琴音だ。
「あっ!メモの紙を教室に忘れてきてしまった。ごめんなさい、取ってくるから先に元アイドル部の部室前に行っててくれる?」
琴音は、ポケットをガサガサと探して、落胆した表情を見せる。これでは、さっきまでカッコよかったのが台無しである。
「りょ、濡れた廊下で転けないようにね?」
早歩きで廊下を戻り出した琴音の後ろ姿を見送る。
育ちの良さげなお嬢様だから、「才能のある人しかアイドルになれないかもね?」なんて事を言うかと思っていたけれど、意外な良い一面を見れた。
琴音の、自身の好きなアイドル活動への謙虚さを知って、琴音のことを支えてあげたいという気持ちが湧き上がる。
「頑張れ、琴音……。」
こんな小さな声、届かないだろうけれど。いや、届かないからこそいいんだ。琴音に対して直接言えないから、本人の後ろ姿に向かってそっと言葉をかけた。
次回の、10話 アイドル部創設《後半》 もよろしくお願いします。
これからもギャルズメロディーをよろしくお願いします。