7話 夢からの目醒め (神楽)
神楽の療養している療養所に、上林姉妹が療養所の人だけへのライブを開く日の当日のことである。その日、神楽は部屋の中で1人で過ごしていた。
7話 夢からの目醒め (神楽)
「3次元のアイドル、ですか……」
アイドルと音楽とは、切っても切り離せない関係、まるで魚と水のような関係。
それでも私は、アイドルに憧れていた。……というより、存在自体が羨ましかったの方が正しいのか。
ステージ上で輝く彼女ら・彼らの存在が羨ましかった。
私にも、そのような才能があるならば素晴らしい事であろう……、度々、妄想の世界に入り込みアイドル姿の私を想像してみたこともあった。
が、私にはアイドルは向いてなさそうだと即座に諦める。
鏡に映る私が、美人、またはスタイルが良いなどは関係なくて、私がアイドルとして憧れを届けられるかどうかなのだ。
英語の " idol " を日本語訳すると、憧れとなるはず。つまり、アイドルというのは憧れを届ける存在なのである。
そんな素晴らしい役は、私になんか務まらない。いくら努力をしたって無理だろう。
「やはり、私はダメな人間ですね……」
窓の外を眺めて、今頃はアイドルの二人がサナトリウムの人達に元気を届けているのだな、と独り物思いにふける。
「神楽お姉ちゃん、入っていい?」
病室の外から、声と同時にドアを叩く軽いノックの音が聞こえた。声主は、先週から話せていなかったヒメであった。
当日になり、もう一度だけ私のことを誘いにきたのだろう。
「いいですよ、入ってください」
私は、ヒメの本心に気づいていないフリをして、平然を装って答えた。答える結果を決めてあるだけに、平然を装うのが辛かった。
「ありがとう、入れてくれて。」
ヒメの方も遠慮気味に、機嫌を伺うかのようにして部屋に入ってきた。足取りが重そうな様子から、必ずしも交渉に成功するとは思っていない事が分かる。
「いえいえ、気にすることなどないですよ?それより、急にどうしたのですか?」
「実はね、神楽お姉ちゃんに会わせたい人が居るんだ。その人と会ってもらっていいかな?」
「…………!!?」
ヒメの予想外の返答に驚きを隠せずに、僅かな間、言葉が出なかった。アイドルを観に行く誘いが来ると思いきや、私に会わせたい人がいるとの連絡だった。
此処に見舞いにくる人として頭の中に思い浮かぶのは、お母様とお父様くらいである。両親なら、わざわざヒメを仲介役とせずとも来るはずである。
しかし、ヒメを間に挟むあたり、両親とは別の方が、私に会いたいと思われているのだろう。
「……私に……ですか?……いいですけど……」
「ありがと、神楽お姉ちゃん!琴音さん、許可がおりました!」
私が答えるや否や、ドアの所で廊下に顔をヒョッコリ出して、廊下に居るのであろう方に呼びかける。
「ま、まさか……?」
今日という日を考慮し、琴音という名前を聞いた途端、とある方の名前が思い浮かんだ。見たことがないため、本人の容姿は分からないが、誰が来るかは察することができた。
「それじゃあ、私はここで。」
ヒメがそう告げて、サッと部屋を出て行ったのと同時に、制服姿の御本人様が病室の中へと入ってくる。
ドアからの気持ちの良い風が、ふんわりと上品な甘い香りを運んでくる。サッと匂いを嗅ぐだけで感じ取れる香水の高級さ。
静かに微笑むオトナっぽい顔つきをしていて、緩やかなウェーブを掛けたロングの髪が特徴的。華奢な体型の割に成長している胸元、透き通るような色をした白い腕、無駄な肉の付いていない綺麗な脚。
話し方から見た目まで、全てが彼女の育ちの良さを表している。お姉さんがトップアイドルだからであろう、妹は立派なお嬢様に仕上がっていた。
ただ、彼女の頭につけている緑のカチューシャだけは、一般の雑貨店にありそうな代物である。お嬢様なら高級品に拘るであろうに、どうしてなのだろうと疑問に思う。
「突然、ごめんね。私は、今年で中学1年生の、上林琴音っていうの。よろしくね!」
話し方に関しては、思ったよりも普通の女子中学生であった。私みたいな、ですます口調、あるいは女王様のような口調なのか。そのどちらかを予測していたが、どちらでも無い様子である。
テヘッと言うかのように舌をペロっと出した笑顔は、まだ子供っぽさを感じさせるものがある。言えることは、人生で会ってきた誰よりも可愛い。
「私は、桜咲学園に在籍する中学1年生、西園寺神楽と申します。よろしくお願いします。学校には未だに行けていませんが、もう時期すれば、桜咲に通うことになるんです」
「さ、桜咲学園!?私もだよ、私も通ってるよ。神楽さんと同じ学校だったんだ!運命じゃない!?」
「う、運命……なのでしょうか……。」
興奮している琴音さんのペースについていけずに、詰まりながら言葉を出す。運命と聞くと盛大な事柄のように聞こえるが、ただ学校が同じだけだったのだ。
この近くの私立中学生となると、どこの学校の生徒かは大体限定されている。だから、私達が会ったことに対しては、物凄い偶然では無い気がして、運命とまでは感じない。
「ん、運命!だよ?それより、今日、私のライブがあることは知ってるよね?」
「ええ、一応……」
楽しかった世間話みたいな流れから、途端に現実に戻されてしまう。今日は、上林姉妹によるライブがある日。
観に行かないつもりだったのに、本人から言われてしまうと、どのように断ればいいか分からない。寧ろ、断ることすらできないだろう。
「単刀直入に言うね、観に来て。私、あなたにはどうしても観て欲しくて来たの。嫌でも観に来て欲しいわ!」
「そ、そうですか……。ならば、お言葉に甘えて……。」
断る理由も無いし此処まで直接的に言われると、こちらとしても断りづらい気になる。本当は行きたくないのに、何故だかスッと答えてしまった。
「それじゃあ、行きましょう。あなたに最高のライブ見せてあげるからね!」
アイドルのオーラを漂わせたその笑顔が眩しかった。その笑顔をみて、いつしかの私のことを思い出す。
あの頃の私は、琴音さんのように楽しめていたのにな。
※ ※ ※ ※ ※ ※
琴音さんについて行き、会場である療養所の中庭に着いた。
緑の若葉達がグングンと成長するこの時期。シートでも敷いておかないと、地面に座るのは耐え難いくらいに、雑草達が高さを競うように、20センチ程度生えている。
決して多人数と言えるほどの数ではないけれども、療養所の中だけだと考えると多いと思えるほどに観客がいる。
此処はそこまで大きな療養所ではないため、此処にいる人数自体も少ない。だから、ここまで人が集まるのはいいことである。
「神楽お姉ちゃん!観に来たの?一緒に観よーよ!」
ヒメは、観客のおじさんやおばさん達の間からスッと小さい体を出す。ヒメがちょこちょこと私に寄ってくる。
ヒメに誘われた時、私が来ることを断っていたので、会場で顔を合わせることが気まづい。
ヒメは私のことを一切気にしていない様子で、普段通り接してくれる。小学生はお気楽でいいな、と思いつつヒメの頭を優しく撫でる。
「はい、私もこの大事な機会を逃すまいとライブに参りました。」
「何事も経験!だよね、お姉ちゃん!」
「えぇ、その通りですね。」
ヒメと仲良くし始めた頃から、小学生だけど学校に行けてないヒメに、書物で学んだことなどを積極的に教えていた。
自分に言葉のブーメランがささるのを避けたかったので、私の賛同できる考えしか教えてこなかった。
とある小説において、「世界は無限大の可能性を秘めている」という名言があったが、それついては未だにヒメには教えていない。そう、私は自分の考えをヒメに植え付けてしまったのだ。
あの名言と、『外の世界』を知る沙川さんが、私の意見に反して言ったことが似ている。決して沙川さんが間違っている可能性はゼロではない。
むしろ、私の方が間違っている可能性があると思い始めたくらいだ。
だから、私はヒメにその事を教えなかった。
賢くて礼儀正しい、手本になるような完璧なお姉さんで居たかった。
ヒメにとって、此処での " お姉ちゃん" で無くて、 " 神楽お姉ちゃん " で居たかった。言い換えれば、唯一無二の存在になりたかったのだ。
「あ、そういえば……」
「みなさーん!こんにちは!」
ヒメが何かを言いかけたけれど、それを遮るように声が聞こえてきた。声の主は、座っている観客の前に立つ上林姉妹だった。
「今日は、私達のことを見に来てくれてありがとうございます。」
「皆さんに笑顔を届けれるように、姉妹で歌を歌います!」
前に立つ美人姉妹のお二人に、集まった皆が拍手をする。香織さんは、日本のトップアイドル。普段は何万人もの拍手を受けているだろうに、今日は療養所の集まった人だけ。それなのに、香織さんは、琴音さんも嬉しげな表情だ。本心から出したような純粋な気持ちの笑顔だ。
私があの2人の立場ならば、偽りの笑顔を作っていただろう。きっと私なら満足しないから、自然な笑みが出てこないだろう。
「では、聞いてください!私がリーダーを務める5人組アイドルユニット、Cosmicrownから『l'm a Challenger』」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「これがアイドル……?」
ライブ中は周りの状況が入ってこず、2人だけに視線が釘付けになった。ライブを終えた今でも、興奮が収まらずにボーッとしている。
2人の息の揃ったライブに圧倒されてしまった。2人で作られたこのライブが、今までの私の意見を覆してしまった。
『外の世界』は本当に広かった。
同じ音楽でも、私の奏でる音楽と2人の音楽は違った。全く新しい世界があった。今、この目でそれを理解した。
音楽という面で遥かなレベルの差を見せつけられた。それなのに、自分の無力さに落胆しない。
むしろ、2人のようになりたいという憧れを持った。
「私もアイドルになりたい……!」
アイドルは、リアルもアニメも変わらない。アイドルはアイドルだった。観る人を魅了して憧れの気持ちを届ける。この2人こそが、本物のアイドルなのだ……!
「どうだった?私達のライブは?」
私の肩をチョンとつついて、琴音さんが話しかけてきた。終えた後でも保たれた特別な笑顔をする琴音さんに、自然と尊敬の気持ちが湧く。
「素晴らしかったです!私もアイドルになりたいと思いました!」
「そう言ってもらえると嬉しいな!それに、『外の世界』の広さも理解してもらえた様子だし!」
「……どうしてそれを知って……」
琴音さんには『外の世界』に対する私の考えは言っていないはずなのに、どうして知っているのか不思議だ。
考えても思いつかないので、頭の中に謎が渦巻いている。
「ふふっ、実はね、看護婦の沙川さんから頼まれたの。『外の世界』の広さを教えてあげて欲しいって。事情を聞いてから、私達にしかできないんだなって思って。」
沙川さんが私に気づかれることなく、琴音さんにそのような事を言っていたとは全く予想していなかった。
だが、よく考えたら納得がいくかもしれない。さすが、問題解決のために、その都度、臨機応変に行動する天才肌の沙川さんだ。
「ま、神楽さん……、いや、神楽が『外の世界』に可能性を持ってくれただけでも嬉しいよ!じゃ、私はいくね!復学するの楽しみにしてるわー!」
「ありがとうございました!」
あの様子だと琴音さんから、私はアイドル志望の1人だと思われてしまっただろう。桜咲学園といえば、アイドル部の伝説がある場所。
アイドル部があるのならば、此処を出た後にアイドル部の部員になりたい。そして、上林香織のように、アイドル界に伝説を作れるような人物になりたい。
「……神楽お姉ちゃん」
「ヒメ?どうかしましたか?」
ヒメと一緒に居たことを忘れてしまう程に、妄想の世界にのめり込んでしまっていた。
ヒメは、私の服をギュッと掴んで私のことを見上げる。何の表情も見せずに私のことを見つめている。
なんだろう……違和感がある。ヒメはこんな表情をしたことがあっただろうか。
まるで感情を失った人形のように、ひたすらに私のことを見つめている。普段とは全く違うヒメに、知らないという恐怖の感情が芽生える。
「………私、沙川さんから聞いたんだ。……神楽お姉ちゃんは、あと少しで此処を出るって……。2日……だっけ。」
「…………!」
思いがけないことに驚いて、周りの情報が全てシャットアウトされた。目の前にいるヒメのことしか情報が入ってこない。
ヒメにだけは伝えていなかったのに、どうして……?
怒りと悲しみの表情で見つめるヒメの目に写っていたのは、偽り続けた性根の腐った私だった。
神楽の話が次までの3部構成となり、しばらくアイドル部と離れてしまっていますが、大事な部分なので次回もよろしくお願いします。
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