4話 現実逃避 (菜月)
今回は菜月からの視線で書きました。
(〇〇)と書いているのはその人の視線で書いていることを意味しています。
4話 現実逃避 (菜月)
自分の夢を掴むために、憧れの先輩に近づきたいために、東京から遠く離れた桜咲学園に入学した。
勿論ではあるが、桜咲学園では寮生活をしていて、年に1度しか家には帰らない。家族、特に兄貴と離れるのは辛かったけど、それでも私には掴みたい夢があった。
それなのに、今となっては当時の情熱なんて消え失せてしまった。自分でも驚くほど、あの頃のやる気やエネルギーというのは跡形もない。
結局、中途半端な私の元に残ったのは、たった1人の気を許せる先輩。
アイドル部を辞めた後であっても、その先輩とずっと一緒に居れるなら良いと思っていた。たとえ、私が夢を掴めなくても、先輩と居れたならそれで良かった。
当時の私は現実を知らなかったから、そう思うことができていたんだ。
①お世話役の引き継ぎ
今から僅か11ヶ月前のこと。
時期的には蒸し暑い夏であった。外ではクマゼミが、ジー……シャシャシャ……と鳴いていて、真夏の太陽がギラギラと私達を照り付けていた。
部活が終わる頃には、体操服は汗でベッチャリと濡れていていた。
いくら水を飲んでも、暑いということに変わりはない。それなので、先輩達とグラウンドにある蛇口のところまで行き、教師陣に見つからないように水を被ることもした。
そんな風に日常と変わらないアイドル部の最終日。
「私達の引退で、桜咲のアイドル部は終わっちゃうんだね……」
アイドル部の部長をしていた香織先輩が、物寂しげな顔で空っぽの部室を見渡す。私はつられたように、片付け終わった部室を見渡す。
黒板横の棚には、多くの大会で先輩達が獲得したトロフィー、賞状、盾、などが綺麗に並べて大事に保管されてあった。また、大会での記念写真なども飾ってあった。
教卓の上にラジカセを置き、何度も振り付けの練習をしていた。
一回、ドジっ娘の香織先輩がラジカセを落としてしまい、足を怪我していたこともあった。大会前で焦ったけれど、なんとか怪我を完治させることが出来た。
練習で上手くいかない時、悩んだ時は、先輩達と一緒になり部室の窓を全開にして「バカヤロー!」と叫び、何度も顧問の田崎先生に注意された。
田崎先生が注意する時は、「叫んじゃ、めっ!だからね?」なんて甘くしか注意されなかったから、私達への抑止力にならなかった。むしろ、田崎先生から言われたいがためにしていた。
学校の後ろは住宅街だけど、正面には大きな幹線道路が広がっているので、叫んだところで声はかき消されるのになぁ……。そんな事を今でもたまに思う。
アルバムと同じくらい、思い出のいっぱい詰まった部室ともお別れ。それと同時に、私達の日常も終わってしまう。
みんなで笑って、協力しあって、時にはぶつかったり、泣いたりもした。
入って4ヶ月のアイドル部での日々は、私にとってかけがえの無い日々になっていた。
「ううぅ……。今日で、もう……アイドル部は終わっちゃう……。ありがとう……」
アイドル部の妹キャラ、保真麗先輩が、肩を小刻みに震わせながら泣いている。
保真麗先輩は、主にみんなのサポート役にまわっていたから、誰よりも各個人との思い出が強いはず。その分、他のメンバーよりも一層、アイドル部が廃部になることを悲しんでいるのだろう。
「菜月、少し時間いいかしら?」
泣いている保真麗先輩を見ていると、鈴音先輩に声をかけられた。誰にも聞こえないようにコッソリと言ってきた事から、私達だけで話す必要がある内容なのだと察する。
「分かりました、あっちで話を聞きます」
※ ※ ※ ※ ※ ※
初めて鈴音先輩を知ったのは、小学5年生のクリスマスの日。夕食後に、兄貴の隣で『Twitter』を眺めていた時のこと。サーっと画面を撫でる兄貴の手が、とあるツイートの所でスッと止まった。
兄貴が手を止めたのは、《ミュージック・スターズ》という芸能事務所のツイートだった。
《ミュージック・スターズ》といえば、音楽関係に特化している、西日本で最大勢力の芸能事務所である。『double・T』や『ユアユイ』、『KYU 48』などのトップアイドルを数多く排出してきたところである。さらに、天才中学生作曲家として音楽業界では話題になりつつある、笹岡 奏多 すらも所属している大手なのである。
「新人アイドル『Cosmicrown』か……。アイドルか……面白そうだな!」
兄貴はそう言うと、リンクから『YouTube』にとんだ。ライブ映像が始まると、音量を上げてライブを観始めた。
隣でチラ見程度に見ていた私でさえも、一瞬で目を引かれたのが鈴音先輩であった。
自分の主の場所では完璧な演技を見せつけて私達を虜にして、それ以外の時はセンターを引き立てるように上手く演技をしていた。
その姿を見て、私は鈴音先輩のファンになった。部屋には鈴音先輩のポスターを貼って、服も鈴音先輩が所属するブランド『GND』の物にしたりと、私の生活にすら関わってくるほどだった。
鈴音先輩のファンになって2ヶ月後、私はファッションのイベント会場において、鈴音先輩と直接対面をした。本当に、唐突な事からだったけれど、あの出会いが私を大きく変えた。
そして、その日から鈴音先輩は私の『憧れ』の存在になっていた。
鈴音先輩のようになりたくて、鈴音先輩と一緒に居たい。憧れの気持ちを抑えられなくなった私は、東京から福岡の桜咲学園に入学した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
アイドル部の部室前から離れて、鈴音先輩と2人で、部員に聞こえないような離れたところに来た。ここまで来ると部員の声すらも聞こえずに、外で鳴いているクマゼミの声しか聞こえない。
「ごめんなさい、頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと……?」
鈴音先輩からの頼み事ならば、私は何でも即OKする。だが、今回は鈴音先輩が真剣な眼差しでこちらを見つめているので、ことの重大性を察知して、すぐには返事ができない。
「菜月には胡桃のお世話役を頼みたかったの」
「お世話役……?」
頼み事の内容が意味不明なので、鈴音先輩に再度聞き返してみる。自分の聞き間違えであると信じたいけれど、言い間違えたような素振りも見せずに表情を変えない鈴音先輩の様子から、聞き間違いでないことが分かる。
「そうなの、実はね……」
胡桃先輩のお世話役が何なのかも説明されずに、鈴音先輩による大人達の権力や立場的な問題についてのお話があった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
桜咲学園と西川財閥が提携して、昨年度から学園の運営を西川財閥がすることになった。
西川財閥といえば、日本一の財力を有するらしく、そこらの社長とかは比べ物にならないんだとか。
ところで、学校と財閥が提携していいのか……?法とかに簡単に引っかかりそうなのだけれど、まぁ、私立だしいいのかな……?
それとも財閥にしかできない、あの方法を……?
そもそも、何故そんな財閥と桜咲学園が提携を結べたのかというと、桜咲学園に西川家のお嬢様である、西川 胡桃 …… 胡桃先輩が入学することになったからだ。
桜咲学園は、決して経営難では無かったけれど、「双方の後先のことで」という理由を表向きにして、両者が合意してそうなった。
そして、合意した時の内容が、
「桜咲学園へのサポートの代わりに、愛娘である西川胡桃の学校内でのお世話役を作る」
というものだったらしい。私が思うに、こういう財閥との取引と聞くと、もっとグレーゾーンを行くものだと思っていたけれど、だいぶ軽そうなものである。
学園長である鈴音先輩のお父さんが、そのことを先輩に話して、お世話役を任せていたんだとか。
つまり、昨年から今までの間、私達が気づかない所で鈴音先輩は胡桃先輩のお世話役をしてきたことになる。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「分かりました、鈴音先輩の背負ってきた責務を私が引き継ぎます。先輩が安心して高等部に安心して進学できるように、あと6ヶ月で完璧なお世話役になります!」
鈴音先輩が学園長の娘として背負ってきた責務である。それは重たいどころでは無いであろう。それでも、責務を放棄することなく成し遂げてきた先輩に敬意を払いつつ、私は先輩に誓った。
「ありがとう、菜月。」
先輩の表情がゆっくりと緩んで、私に向かい微笑んでくれる。その笑みが嬉しくて、私の方までも頬が緩む。
「さ、部室に戻るわよ」
「はい!」
部室に戻る道、先輩の後ろをゆっくりとついて行く。
この4ヶ月、いや、鈴音先輩のことを初めて見たあの日から。理想の上にいた鈴音先輩のことを追い続けて来た。
今までの私は、鈴音先輩に頼りきりな後輩だった。けれど、部活最終日になって初めて、鈴音先輩が私のことを頼ってくれた。
だからこそ、私は受け継いだ責務を最後まで全うしなければいけない。胡桃先輩のお世話役が何かを伝えられることなく引き受けてしまったが、鈴音先輩が認めた私ならできると確信した。
② 打ち明け
私の目の前にいる後輩は、元日本一のミニバスケプレイヤー 夢咲 華奈。
将来が有望な小学生としてテレビで取り上げられていたくらい、有名で凄腕のバスケ選手だった。
ここからは、華奈本人と一部の人しか知らない話になる。
私自身スポーツに詳しくないので、詳しい病名とかは何も分からないのだが、今の華奈はもうバスケのできる身体では無いらしい。
華奈はチームのキャプテンとして、自分のバスケ人生を犠牲にしてまでチームを優勝させた。
私であれば、そんなことは絶対にしないなと思う。だが、世の中には華奈みたいな自分に課せられた責務を全うする人もいる。もちろん、その中には鈴音先輩だって入っている。
与えられたことをキッチリとこなす人間ならば、今の私に対して面と向かって理由を聞くという判断は当たり前なのだろう。
そこまでの芯の強さには、先輩の立場である私でも頭が上がらない。
だから、華奈に全ての事実をありのままに話すことにした。
「私は、胡桃先輩とすぐに仲良くなれた。そして、お世話役をやる日々は私の幸せへとなっていった。しかし、現実って冷たいものなんだ……」
今、考えみると、過去の自分が情けなさすぎて言うことを躊躇ってしまう。どもってしまう私のことを、軽蔑した目を向けることもなく華奈はじっと見つめている。
「周りの視線が辛かったんだ……」
地べたに吐き捨てるようにして、弱々しく言葉を言い放った。先輩として恥ずかしいという気持ちよりも、過去の自分が情けないという気持ちの方が勝ってしまっている。
それでも過去の自分では、あの周りからの視線は辛すぎた。だが、私達がそのような態度を取られるのにも理由があった。
胡桃先輩が、現在の中3の問題児であったことが原因なのかもしれない。
授業中に突然抜け出して校内を散歩したり、隣の席の人に休み時間のような感じで話しかけたり。という話を先輩達から聞いたことがある。
そんな迷惑極まりない問題児と歩いていたら、それは私も冷たい目で見られる訳である。
今までは、学園内の生徒で最高権力を持っていた鈴音先輩が一緒に居たから、そんな事は無かった。
しかし、それが私のような一般人に変わった途端に態度は急変した。というより、今までの溜まっていたフラストレーションを発散させたのだろう。
一緒に居るだけでそのような態度を取られることが辛かった。だから、ちょうどいい所に居た華奈を犠牲にして、自分は助かろうとした。
「華奈、幻滅……したよな……?」
顔も合わせることができずに、私は廊下の窓から外を見つめる。外の沈みかけていく夕陽は、まるで私の熱意が消えていく様子そのものを表しているなと思う。
だんだんと薄くなり次第に消えてしまう。私がアイドルとお世話役に捧げていた情熱は、そのようなものだったんだ。
自分を客観的に見つめ直すことにより、私ですらも、姫路 菜月 という人物に幻滅してしまう。
自分自身ですらも、幻滅したのに他人であるならば尚更であろう。自分に対する罰だと思い、ようやく現実を静かに受け止めることにした。
「言いたいことはあるんすけど、それよりも胡桃先輩の事情で何か隠してること無いっすか?」
華奈はキッパリと言い切ると、私に新たな質問を投げかけた。夢咲 華奈 の勘は鋭い、的を的確に射抜いてくる。
多くの人間と触れ合ってきた分、人の考えていることを察知する能力や、周りの観察力に優れているのだろう。
こんな人物を相手にしては、事実を隠し切れないだろう。華奈のことを信用して、誰にも話してこなかった胡桃先輩の事情を話すことを決意した。
「今からの話は、胡桃先輩のメイドである晴美さんから聞いた話だ。……誰にも話すなよ?」
華奈の表情が瞬時に固くなるのが分かった。勘を働かせて、私の言おうとしている事の重大性に気づいたのだろう。
「……分かりました」
季節は春なのに。周りの空気が徐々に凍りついていく感じがする。音すらも消えていき、目の前に華奈がいるという事しか情報が入ってこない。
私は、これからの私達のために、心の中の封印を一つ解いた。
「……胡桃先輩は、元の親からの暴力による後遺症で、成長に大きな支障が出てしまったんだ。……無事に成長してきている私達とは違うんだ……」
「えっ……、胡桃先輩が……」
半分掠れた声で答える華奈の様子を見て、私は相当後悔をしてしまう。後輩を脅す気などが無かったのに、結果的にそうなってしまった。
「あ、あのな。く、胡桃先輩は……」
「カナ、ちょっと体調悪いんで帰りますね」
どうにかして華奈へのショックを和らげようとして、胡桃先輩についての話を続けようとしたが、華奈はサラッとそれを遮った。
作られた苦しい笑顔でその一言だけを告げて、華奈は暗くなった廊下をトボトボと歩いて行った。
私とのキョリがどんどんと離れてゆく。
「仮に鈴音先輩が居てくれたら……」
向こう側に小さく見える華奈の後ろ姿を見ながら、一言だけポツリと呟いた。小さく消え入りそうな声が一瞬で夜の廊下へと溶けていく。
先輩達が居た頃のあの日々に戻れたなら、鈴音先輩と一緒に居れたならば、こんな悲惨な結果にはならなかったのかな。
様々な光で照らされる夜の街を見ながら1人で立ち尽くす夜の廊下は、その日の私に幸運すらも何も与えてくれなかった。
定期考査が近づいてきて書けないので、次回の投稿は2週間後の水曜日になると思います。
次からは部活創設編になります、これからもギャルズメロディー3期をよろしくお願いします
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