3話 胡桃お嬢様の『お世話役』 (華奈)
2話での出来事の後、華奈はショートの先輩と話して、ショートの先輩の名前が、 姫路 菜月 であることを知る。
そして、それから2人で『胡桃先輩のお世話役』をする予定であった。
ショートの先輩→菜月先輩と呼び方が変わります。
3話 胡桃お嬢様の『お世話役』(華奈)
誰もいない放課後の教室というのは寂しいものである。放課後の教室といえば、アニメやドラマで見るような青春の代名詞だが、現実はそうでは無いようだ。実際、今、教室にいるのはカナだけなのだからだ。
「華奈ちゃーん!」
声のした方を振り返ると、ペンギンのように、よちよちと歩いてくる胡桃先輩の姿があった。先輩の無垢な笑顔を見ると、自然と頬が緩んでしまう。
「胡桃先輩、どうしたんですか?」
小さい子と話すときのように、胡桃先輩にゆっくりと優しく話しかける。この先輩、カナが普段通りの話し方で話しても、うまく反応出来ないので話すときに気をつけなければならない。
ショートの先輩こと2年の菜月先輩からも、「胡桃先輩にはゆっくりと話しかけてあげてね?」と言われていた。
「私、絵本読んで欲しいのー!」
「了解っす!今から、図書室に好きな本を選びに行くっすよ」
「やった、やったー!」
その場でピョンピョン飛び跳ねる先輩を見て心が癒されて和む一方で、これからの学校生活に対して漠然とした不安感を覚えてしまう。
このまま、胡桃先輩の手伝いをしていていいのだろうか……?
※ ※ ※ ※ ※
今のカナのしていることが何なのかを、時々クラスメイトに聞かれることがある。しているカナ自身も、いまいちピンと来ないくらい謎に包まれたお願いである。
菜月先輩から「胡桃先輩のお世話役を手伝って欲しい。」という事を頼まれたところから始まる。
その時のカナはすんなりとOKをしてしまったけれど、よく考えたらカナの人が良すぎである。初めて会った知らない先輩に頼み事をされて、それを具体的なことも知らずに快く引き受ける。冷静になって考えてみれば、誰が考えたっておかしな話である。
そもそも、『先輩のお世話役』って言葉を初めて聞いたな……。
菜月先輩から頼まれたのは、放課後の時間に胡桃先輩と一緒に居ることだった。
怪我のせいでバスケ部に行けないカナにとっては、放課後の時間を使うことなど何も問題ないことである。
ただ一つだけ問題がある。胡桃先輩と並んであるくカナのことを、すれ違う先輩達が哀れみの表情で見てくることがある。
これに関しては理由が不明なので、ものすごく気になっている。
それにしても、菜月先輩が全く胡桃先輩のもとに来ない。カナにお世話役の手伝いを頼んだきり、一回も来てくれていない。一緒にお手伝いする前提だったのに、カナに任せっきりなのだ。
なんとなく、このままカナに任せっきりになりそうだけど。
※ ※ ※ ※ ※
「菜月ちゃん、今日も来ないの?」
図書室からの帰り道のことであった。
目に涙をいっぱいに溜めた胡桃先輩が、カナのことを不安そうに見つめる。胡桃先輩の話によると、学校では菜月先輩と毎日一緒に過ごしていたらしい。つまり、休み時間も放課後もずっと一緒に居たらしい。
そんな仲のいい親友が急に居なくなってしまったのでは辛いだろう。
「菜月先輩は……忙しい……だけっすよ。必ず、来てくれるっす……」
カナの前を進む自分の影に目を落として告げる。ピュアな胡桃先輩に嘘をついた罪悪感に襲われて、先輩の目を見てハッキリと言うことはできない。
カナだって嘘は付きたくなかった。でも、つかなければいけない嘘だって、時にはあると思う。
沈んだ気持ちで下に俯いたまま、カナ達の影をボーッと眺める。不思議なことに、いくら歩いても2人の影の関係は変わらずに、先輩の影がカナの影をずっと見ている。
「……心が痛がってる」
「……え?」
唐突に訳の分からない事を話しかけてきたことに驚き、胡桃先輩の方を振り向く。胡桃先輩がカナのことを、感情が無くなった『無の表情』でジッと見つめている。
「華奈ちゃん、苦しそう……」
周りの時が完全に止まってしまった気がした。楽しそうに聞こえる部活生の声も、近くの幹線道路の車の通る音も、全てが聞こえなくなった気がした。
自分の内心を完全に見透かされたことへの衝撃で、胡桃先輩を見つめたまま、その場に立ち尽くすことしかできない。
お人形のように表情を変えない胡桃先輩が、カナの頬にそっと手を伸ばす。不気味なくらいヒンヤリとした指先でカナの頬に触れた。
「顔に出ている……。苦しい気持ち」
やがて両手で触れられた時には、未知の体験への恐怖でその場に崩れ落ちてしまった。普段は、ほぼ視線が横並びなだけあって、上から『無の表情』で見つめらることが怖い。
怖さのあまり逃げようとしても、何かしらの金縛りにあったかのように身体が動いてくれない。
「わ、あわあわ……」
「胡桃お嬢様!」
口をパクパクさせることしかできなくなった時、どこからか大人の女の人の声が聞こえてきた。
その声が聞こえたと同時に、胡桃先輩はパッと声のしたの方を向く。それと同時にカナは、恐怖から解かれてその場でホッと息をついた。
「晴美さん!私、待っていたよー!」
胡桃先輩のパタパタと近寄っていく方を見ると、すぐ5メートル先くらいに長身の女の人が立っていた。
女の人は洋風なスカートの長いメイド服を着ていて、中学校の風景には似つかわしくない。姿がスラリと縦に長く、身長は170センチはあるだろう。整った大人っぽい顔立ちに、キリッとした目、口をかたく結んでいる。艶やかな茶色をした後ろに伸びる髪は、夕陽を反射して金色にも見えてくる。
しばらくの間、そのメイドのお姉さんに見惚れていると、あちら側からカナの方に近づいてきた。
「お嬢様、お怪我は無いですか?」
そっと差し伸べてくれた手を握り、立ち上がらせてもらう。メイドのお姉さんは、私を立ち上がらせると、カナに対して深々と頭を下げた。
「西川胡桃のメイドをしております、寺川 晴美 と申します」
……本物のメイドってマジ……?胡桃先輩、何者なのー!
「学校で菜月先輩からお世話役を手伝っております……ゆ、夢咲 華奈 と申しますで、おります……。よろしくお願いします!」
緊張のあまり焦ってしまい、敬語がメチャメチャ、噛み噛みの自己紹介になってしまう。
そんなカナを見て、晴美さんはフフっとそっと笑う。見た目が堅物そうな人だったので、笑うことが意外に思えた。
「これからも菜月様と一緒に、胡桃のことをよろしくお願い致します」
丁寧な口調で私にそう告げると、胡桃先輩と並んで歩いていく。
晴美さんと手を繋いだ胡桃先輩が、コチラを振り向いて「華奈ちゃん、また明日ー!」と手を振ってくれる。
カナを夕方の暗い廊下に取り残して、2人は階段の方へと去っていった。急に1人になると寂しくなるもので、今なら菜月先輩と会えていない胡桃先輩の気持ちがなんとなくわかる気がする。
「華奈、今日もお疲れ様だな」
後ろから声を掛けられたので、振り向くと鞄を肩にかけている菜月先輩が居た。先輩は別に部活に入っていたとは言ってなかったし、現に制服姿であり鞄以外の持ち物を持っていない様子から、部活に入っていないことは何となくわかる。
それならば、放課後の時間は空いているだろうし、どうして来ないのかが気になる。
カナに任せっきりの先輩を問い詰めようと、一歩だけ菜月先輩に近づいてきく。
「あ、先輩!どこに居たんすか?お世話役を一緒に……」
「ま、待ってほしい!聞いてほしいことがあるんだ!」
菜月先輩は何かを隠そうとするかのように、カナの言葉をスパッと断ち切った。焦っている菜月先輩の様子から、なぜ菜月先輩が来なかったのかが容易に想像がついてしまう。
何が理由なのかを本人から直接、喋らせようとしたが、菜月先輩が何か言おうとしているので黙って待つ。
「これから話すのは、私達がアイドル部という部活に居た時の話だ……」
※ ※ ※ ※ ※
その時のカナには、深い理由があったなんてことを知らなかった。そもそも、知る由も無かったんだから。
そして、その話を聞いた時からだろう。
胡桃先輩のことを、カナ達とは違う人なんだと意識し始めたのは。
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菜月先輩とは、中2の 姫路 菜月のこと
姫路 菜月 という名前ですが、前作のギャルズメロディー2期にも出てきましたね。そう、あの人が中2になった世界線(?)の年代なんです。
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