表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャルズメロディー3期  作者: キスよりルミナス
6章  秋の大会
27/30

27話 わがままな椿 (椿)

地区大会に勝ち、順調に県大会、九州大会も勝ち上がった桜咲学園のアイドル部。

次は、夢の舞台である全国大会。


今回は、九州大会が終わった後日の話です。

27話   わがままな椿  (椿)



 ①  椿のアイドル部入部



 小学生の頃までは、ひたすらバスケに打ち込んでいた。

 当時の自分は、コーチや監督、先輩が厳しくて仕方なくやっていたわけでは無かった。むしろ、「少し休憩したら?」と監督から心配されてしまうほど、バスケに打ち込んでいた気がする。

 当時の自分にとって、バスケが楽しくて仕方なかったから、バスケにずっとのめり込んでいたわけだ。

 楽しそうだったらやる!という私の中の理念があったから、バスケに打ち込むことができた。バスケを楽しいと思わなければ、すぐに辞めていただろう。

 そんなバスケ少女だった私は、そのまま中学生になり、バスケの強豪校である私立桜咲学園に入学した。

 全国レベルのミニバスケチームのレギュラーだったくらいだ。所属していたチームの監督から、「椿、バスケの強豪校に入学してみない?椿ならレギュラーは固い。」と、県内のバスケ強豪校である桜咲学園を勧められた。


 そんな経緯で桜咲学園に入学して、迎えた部活の体験入部の日。私は迷うことなくバスケ部の活動場所である体育館へと向かった。友達とかはまだできておらず、1人で体育館へと行くことにした。

 大体予想はついていたが、私は1人で体育館へ向かったせいで、校内で迷子になってしまった。


 「どうしよー。迷子になっちゃったー。」


 急いで体育館へと向かいたいと焦る私は、校内を闇雲に走り回った。

 この学校の構造上、教室のある東棟の廊下の窓からは体育館が見えない。西棟のすぐ隣にあり、東棟から見ると西棟が邪魔で見えないわけだ。そのせいで、私は体育館の場所を目視することができなかった。

 今考えてみれば、先生に聞けばよかっと思うが、入りたての学校ということもあり、知らない先生に話しかけるのは勇気が必要だった。

 そんな風にして学校内を彷徨っていると、いつのまにか西棟に来ていた。体育館が隣に隣接していることに気づかずに、体育館はどこだと途方に暮れながら西棟の階段を降りていた時、私の身に奇跡が起こる。


 西棟の階段のところに、『こちらから体育館に行けます』と書かれた2メートルほどの大きな看板が立てかけてあったのが見えた。


 「やっと体育館へ行けるー!」


 歓喜のあまり大きな声を出してしまったが、西棟の奥ということもあり、廊下にはその大きな声を聴く人は誰一人として居なかった。


 安堵の気持ちでゆっくりと看板の示す方向へと向かっていたときのことだった。


 「ねー、楓ー。部に入ってくれそうな可愛い女の子は居ないの?」


 「体験入部の日に、西棟に来る子なんていないでしょ。校舎裏に行く人はいるけどねー。」


 「ちょっとー、からかってるのー?」


 向こうの廊下を曲がった2人の女子生徒が、イチャイチャしながらこちらへ向かってきている。2人だけの世界に入っているようで、私には気づいていないようだ。

 誰なのかよくわからないが、こんなところで気づかれてしまえば、間違いなくあの人達の部に勧誘されるだろう。

 今の自分はバスケ以外の部活には興味がない。捕まって無理やり他の部活に入らされたら、私の中学校生活は終わってしまう。

 急いで自分の来た道を戻ろうと、回れ右をしたタイミングだった。


 「あー!あんなところに女の子いるじゃん!ほら、楓!あそこあそこ!」

 

 「本当だ。よーし、つかまえろー!」


 まさかと思い、恐る恐る後ろを振り返ってみると、こちらに気づいた2人組が私めがけて走り始めていた。知らない女子の先輩2人が追いかけてくるのをみて、恐怖で足がすくんで動けない。


 「う、うわー!こ、こないでー!」


 一気に距離を縮められて、私はその場から動けないまま先輩2人に捕まってしまった。


 「ふっふー。捕まえたぞー。」


 「ちょっと、なんなのー。ボク、時間ないんですよー!」


 逃げようと抵抗するが、ガッシリと腕を掴まれてしまってるせいで逃げることができない。


 「気にしない、気にしない。すぐ終わるから。」


 人が必死に抵抗しているのに、ロングの髪の先輩はサイコパスなのか、満面の笑みで、ツインテールの先輩と2人で私を拉致した。



   ※ ※ ※ ※ ※



 「じゃーん!私達の部活へようこそ。」


 私が拉致された場所は、西棟の空き教室が並ぶ中にある広めの集会所みたいなところだった。どうやらここは、この人達の部の部室らしい。

 ここの部活の部員は、私を拉致した2人だけかと思いきや、部室の中にさらに3人の生徒がいた。

 入学式の時に挨拶をしていた生徒会長の先輩、バランスボールに座ってボーッと天井を見つめる先輩、そしてその先輩の頭を撫でている優しそうな先輩。ここの3人は、私を捕まえたイジワルそうな2人の先輩とは全く違いそうだった。


 「無理やり連れてきたわけではないわよね……?」


 生徒会長が疑うような目でジーッとイジワルな先輩2人を見る。


 「うっ……。たっ、たまたまよ。ねー、香織。」


 「……違うわね。もー、新入生に何をしていることやら……。ごめんなさい、うちの楓達が……。」


 生徒会長がわざわざ私の元まで来て、申し訳なさそうに深々と頭を下げる。

 歳上の人に頭を下げられたことなんて、今まで過ごしてきた中で一度も無かったから、私がおどおどしてしまった。

 

 「いえ……。それにしても、ここは……。」


 気持ちが落ち着いたので、部屋を見渡してみる。

 教団の上に並べて置かれている先輩達のものであろう荷物。教卓の上にポツンと置かれた古いCDプレイヤー。部屋にあるロッカーと壁に貼り付けられた大きな鏡は、後から増設された感じがする。

 部室の広さの割に部員数は少なく、ここの近くの人通りが少ないことも相まって寂しく感じる。

 

 「桜咲学園アイドル部、青春しながらアイドル活動を頑張る部活だよ。私は部長の上林香織です。よろしく!」


 私がキョロキョロと周りを見渡していると、私を拉致した主犯格の先輩が自信に満ち溢れた顔で答える。

 てっきり真面目そうな生徒会長が部長をしているかと思っていたが、この危ない先輩が部長をしていたらしい。

 別にそこは問題ではないが、私には1つ気になることがあった。


 「アイドル……?えっとー……。ここってアイドルを研究する部活じゃなくて、アイドル活動をする部活なんですか?」


 アイドルなんて、大学生とか20代の人達がするものだと思っていたので、まさか中学生がしているなんて思いもしなかった。


 「アイドル研究部とかじゃないよー!……っていうか、上林香織を知らない?」


 ぷくーっと顔を膨らました上林先輩だったが、何かが引っかかったのか、不思議そうに私を見つめながら自身を指差して、私に尋ねてきた。

 上林香織と言われても、誰のことかよく分からない。有名人なのかもしれないが、バスケ以外のことには詳しくない私には、上林香織がどれほどの人かわからない。


 「うーん……。知らないです。」


 「えー!?じゃ、アイドルグループのCosmicrownは?」


 「すみません……。」


 「嘘ーーー!私達は有名じゃないんだってー。せっかく、日本一のアイドルにまでなったのにぃ〜!」


 大きく口を開けて驚いた上林先輩は、その場に膝から崩れ落ちて、小さな子がダダをこねる要領でその場で喚いた。


 しかし、今の言葉。私の聞き間違いでなければ、日本一というワードが聴こえたような気がしたが……。

 この目の前の危ない先輩は、アイドルで日本一でも取ったことがあるのだろうか。


 床にペタンと座り込んだ上林先輩の隣に、生徒会長が座って上林先輩の頭をそっと撫でる。


 「まだまだってことね。……それはそうと、その子を拘束し続けるのは可哀想よ。早く返してあげなさい。」


 「待って、せっかく捕まえた子だよ。一回だけチャンスをちょうだい!ねえ、君、一回だけ私達のライブを見ていってよ。おねがーい。」


 目を潤ませながら私の元に近寄ってきて、上林先輩は私の腰にギューとしがみつく。なかなか抱く力が強くて、バランスを崩して転びそうになってしまう。

 ここから上手く逃げ出すのが最善の手段だとは思ったが、私を引き留めようと必死な上林先輩を見ると、そうすることが後ろめたく感じる。


 「まぁ、ボクはいいですけど……。」


 私がそう答えると、上林先輩以外の他の部員たちの表情が一気に明るくなって、みんなが私に希望の目を向けている。

 自分がどれだけ他の部員から期待されていたのかがよく分かる。本当にこの部活は部員不足なんだろうな。


 「ありがとう!じゃあ、この椅子に座って観ててね。」


 パッと立ち上がった上林先輩が、近くにあった椅子を持ってきて、私の目の前に置く。私がそこに座ると、アイドル部の4人の先輩が私の前にフォーメーションを組んで並ぶ。部長の上林先輩がセンターの位置にいる。

 ツインテールの先輩が教卓のところにいて、CDプレイヤーのボタンを押して音楽を流し始めた。ツインテールの先輩も、ささっと戻ってフォーメーションの中に入る。


 「私たち、桜咲学園アイドル部です!よろしくお願いします!」


 そして先輩たちは制服のまま、私のためにライブを披露してくれた。

 


 この時だった。私がアイドル活動を始めようと決意したのは。



 ②   わがままな椿



 しばらく晴れの日が続いていたせいか、今日は強い雨が降っている。厚そうな暗い灰色の雲が空一面を覆っているせいで、街全体が暗く感じるし、電気をつけた屋内にいても暗く感じる。

 生徒会室の電球の1つが、パチパチとついたり消えたりを繰り返している。なんとかして上手くつかないかなと思うが、そろそろ交換の時期なのかもしれない。

 生徒会長席に座ってしばらく外を眺めていたが、「会長。いつまで外を眺めているんですか。」と副会長に咎められたので、再び机に向かって生徒会長の仕事を消化していく。

 九州大会が終わった昨日まで、生徒会長の私がするべき仕事を、副生徒会長にしてもらっていた。副会長のおかげで、ある程度の仕事は終わっていたが、少し終わってない仕事が残っていた。ということで、今は終わってない仕事をしているというわけである。

 溜まっている資料や申請書に、ボールペンでサインを書こうとするが、湿度が高いせいで、紙がふにゃふにゃで上手く書けない。

 そんな些細なことに苛立ちながら仕事をしていると、「あのぉ……。」と弱々しい声で副会長が話しかけてきた。


 「すみません、会長。これらのプリントは、会長の許可が必要となっておりますので、私だけで仕事を終わらせることができませんでした。」


 副会長が申し訳なさそうに謝るのを見て、こちらの方が申し訳ない気持ちになってしまう。生徒会長である自分が、アイドル部を兼任してることによって、副会長に仕事を任せることになっていたことは申し訳ない。

 副会長にも仕事があるはずなのに、生徒会長の仕事までしてくれているので、感謝してもしきれないくらいだ。

 

 「いやいや。仕事してくれて本当にありがとう。本当に助かったよ。」

 

 「いいですよ、これくらい。会長はアイドル活動をしているんですから。……私もファンになってしまいましたし。」


 「うぅ。ありがとう!」


 副会長は、視線を逸らして頬を少し染めている。

 副会長としては、生徒会長がアイドル活動をしているせいで、仕事が増えていて大変だろう。

 それでも、私のアイドル活動を推してくれていることが素直に嬉しかった。


 「あ、そういえば……。生徒会に、体育館の備品の確認の仕事が入っていました……。会長、私はこの仕事をしてきます。」


 机の上に広がる資料を見て、副会長は思い出したかのように、別の仕事へと向かおうとした。

 副会長が働いてくれることは嬉しいが、あまり働かれすぎても申し訳ないので、私が体育館の仕事へ向かうことにした。





 秋から冬への季節の変わり目だからか、空気が急に冷たく気がする。体育館へと向かう通路は外にしかなく、風の冷たさに耐えながら歩いた。

 体育館に近づくにつれ、部活をしている賑やかな音がしてくる。ダムダムとバスケボールをつく音や、バレーボールがバシンと叩かれる音、キュッキュとシューズが体育館と擦れる音、床にドンと着地する音。どの音もアイドル部には無い音で、聞くときは新鮮な気持ちになれる。


 「みんな元気に部活してるなー。バスケとか久しぶりに本気でやってみたくなっちゃったよ。」


 バスケ部の華麗な連携を横目に見ながら、体育館倉庫を目指す。小学生の時までは、自分もあのようにバスケをしていたのかと思うと、懐かしさが込み上げてきて、しんみりとした気持ちになる。

 中学でもバスケをしようと桜咲学園に入学したが、結局バスケ部に入ることなく今に至る。

 

 「アイドル部が無かったら、私もバスケ部に入っていたのかな。」


 あの時、香織先輩と楓先輩に引き留められずに、体育館へと直接向かうことが出来たならば、私はバスケ部員になっていただろう。

 そう考えると、人生って何があるか分からないなと、中学2年生ながらに思ってしまう。

 バスケ部やバレー部の練習をしているのを横に見ながら、体育館倉庫へと向かっていると、体育館2階席からバスケ部の練習を見ている人がいることに気がついた。

 本来、体育館の2階席に入ることは原則禁止である。とは言っても、バレー部が大きくボールを打ち上げてしまい、2階席にボールが入ってしまう時が全然あるので、絶対に禁止というわけではない。


 「ん?あそこにいるのは……華奈?」


 私の視力は小学生の頃から変わらずAをキープし続けているので、コートの反対側からでも、2階席のところに誰がいるのか分かった。

 なぜ、バスケ部でもバレー部でも無い華奈が、あんな所にいるのかサッパリ分からない。

 早く華奈に、2階席から出て行ってもらわなければならないので、生徒会長の仕事は後にして、先に華奈の元へ行くことにした。

 体育館倉庫の中の階段から2階席へと上がり、華奈の元へと歩み寄った。


 「ここ、体育館を使用する部活生以外は立ち入り禁止だよ。」


 「うわぁ!って、椿先輩ッスか。脅かさないでくださいッス!」


 私が声を掛けると、華奈はビクッと反応してササっと後退りした。私だということに気づくと、大きくため息をついた。反省する態度を見せるどころか、私に少し怒ってすらいた。

 わがままな一面もしっかり残っているなと思いながら、華奈にここにいる理由を尋ねてみる。


 「こんなところで何してるの?」


 「バスケ部を見ていたんスよ。……バスケ部に入って、バスケを本気でしたいなって。」


 自分の耳を疑った。寝耳に水とはこのことだろうか。


 遠慮がちに答える華奈の顔が、外からの光で半分ピカッと照らされる。その数秒後に大きな音を立てて雷が落ちた音が聞こえた。

 私は次の言葉を出すことができなかった。

 私の言葉を待つ華奈と、次の言葉を出せないでいる私との2人の間に沈黙が生まれてしまう。

 互いに沈黙を破らない今、外で降っている大雨の音と、部活生の練習のノイズだけが、私の耳に入ってくる。


 「……本当は、大会が終わった後、みんなに伝えようと思っていたんですけど……。カナ、椿先輩のこと好きだから、先に伝えておくッス。」


 私に直接好きと言って恥ずかしくなったのか、カナは、はにかみながら上目遣いで答える。


 「やだよ……。どうして……?アイドル部のマネージャー辞めちゃうの……。」


 膝からガタッと崩れ落ちてしまう。目の前の華奈を直視することができない。2階席の床に視線が落ちる。

 目の前が真っ暗になった気分だ。華奈の言葉に絶望して、スカスカの声を出すのですら、やっとと言ったところだろうか。

 ひとこと目の「やだよ」に関しては、外の雨の音にかき消されてしまったのかというくらい小さすぎた。

 ようやく絞り出した言葉は、その場に静かに残る。雨の音、部活の音にかき消されることなく残り続ける。


 「華奈と離れたくない……。これからも一緒にアイドル部で頑張っていきたい。私の頑張る姿を、華奈にずっと見ていて欲しい。」


 その場に座ったままの華奈に近づいて、華奈を押し倒す。押し倒された華奈は、怯えたような表情で私のことを見つめている。

 そんな様子の華奈を見ていると、より一層、華奈から離れたくないという気持ちが増してくる。


 「好きなんだよ……華奈のこと。」

  

 以前までは、友達として好きという気持ちだったのに、気がつけば華奈のことを思うたびに、心がギュッと締め付けられるような気持ちになる。

 これが、小学生の時の華奈が私に対して抱いていた気持ちなのかもしれない。

 相手のことを独り占めしたくて、気持ちをおさえられなくて、押し倒してしまうほど好きになってしまった。

 そんなに好きな華奈と離れることなんて、微塵も考えられなかった。というより、その現実を受け入れることができなかった。

 

 「待ってください……。先輩……。」


 ぷるぷると震える華奈は、今にも泣き出しそうな顔をしている。華奈はいつ見ても可愛いが、状況も相まって今までで1番可愛い華奈が目の前にいる。

 自分の欲を抑えられないほど、華奈の可愛さに心が揺れてしまう。


 「私は華奈と離れたくない。華奈がいなくちゃ、私ダメになっちゃう。本当に華奈のことが好きだから……。」


 私は華奈と両手を絡み合わせて、華奈の唇にそっと唇を重ねる。華奈の唇の柔らかさが、興奮を増長させてしまう。

 他のノイズは私の意識に入らず、華奈の甘い吐息だけが私には聴こえる。


 そんな時間は、1分にも満たなかったであろうに、悠久の時のように感じた。


 ようやく落ち着き、気持ちを満たせたと思った私は、そっと華奈から唇を離した。華奈の唾液が糸を引いて、私の口と繋がっている。


 「……これくらい、好きなんだよ?だから、私から離れないで……。」


 声に出していうと、自分が惨めで可哀想に思えてきて、涙が込み上げてきてしまう。私の瞼の裏が熱くなり、自分の目が徐々に潤み始めていることが分かる。

 そんな私を見てか、華奈はようやく私の気持ちをわかってくれたようで、申し訳なさそうな様子を見せる。


 「すみません……。カナが先輩から離れちゃいけないッスよね……。」


 「ありがとう。私達、これからも一緒だよ。」


 華奈が私から離れないということが分かっただけでも、私はもう充分に嬉しかった。嬉しさで笑みが溢れた私は、我慢していた涙を何粒かこぼしてしまった。その零れ落ちた涙の粒が、華奈の頬にあたる。


 私たちは、互いに好き合っている。それに、私はきっと華奈との恋に落ちてしまったのだ。

 華奈だって私のことを愛してくれているし、私も華奈のことを愛している。そんな私達が離れることなんて許されない。

 

 絶対に離したくない。


 私は華奈をもう一度抱きしめた。


 

   ※ ※ ※ ※ ※



 この前は、欲を出し過ぎたかな。


 自分でも驚くほど、私は行動力があったと思う。超えてはいけない一線だってあるわけだし、そのラインを超えなかっただけでも良しとしておこう。

 部活中の華奈は、いつもと変わらず接してくれたし、華奈も気まづくはなかったのだろうと分かって安心した。

 

 そう思いながら、いつものように、昼休みに読書をしていた時のことだった。

 

 「おい、椿。ちょっといいか?」


 私の前に、気まづい表情の菜月が立っていた。菜月だけじゃない。神楽と琴音もニコリともせずに、菜月の後ろに控えていた。


 「菜月?それに、神楽も琴音も……。どうしたの?」


 「華奈のことで話があるんだ。」


 3人について行き、私たちはアイドル部の部室に来た。部室のある西棟は今になっても人通りが少ない。私達のスタスタと歩く音が廊下に聞こえるほどには、辺りがシーンと静まり返っている。


 4人で部室の中に入ると、菜月が最後に部室のドアを閉め切ってしまう。閉め切る音が嫌なほど響く。

 

 中に入ってから、ドアを閉めた菜月の方を振り返ると、琴音と神楽が菜月にピッタリとくっついていた。

 4人で話し合いにしたはずなのに、自分だけ仲間外れにされた気分のようだった。しかし、私はそちら側に立つことはできない。


 そちら側に私が立っているなら、4人での話し合いなんて行われるはずが無いのに。


 心細いせいなのか、私だけが影の中に入っているか分からないが、部室の空気が妙に冷たく感じる。

 3人でいる向こう側は、日が当たって明るく照らされていて、心強そうに見えてくる、


 「その……。華奈にもしたいことがあると思うんだ。椿の気持ちもすごく大事だとは思うが、好きなことができないのは、華奈が可哀想じゃないかなー、と思ってな……。」


 いつも気が強く何でもハッキリと言う菜月が、珍しく機嫌を取るような態度で遠回しな発言をする。ハッキリとは言及していないが、菜月の言いたいことくらい分かる。


 「……聞いたんだ。バスケ部に入りたいって話。」


 「あぁ……。」


 さっきまで、愛想笑いまで浮かべて話していた菜月が、気まずそうに床に視線を落として答える。

 

 「可哀想って……。華奈が居なくなったらみんな悲しいでしょ?華奈と離れ離れになっていいの?」


 菜月と、菜月にピタッとくっつく琴音と神楽に訴える。3人とも、あちら側で意見が纏まっているようだ。私の意見に賛同する気配を感じない。


 「そうですが、華奈の気持ちを優先してあげたいんです。私、華奈のおかげでアイドルになれたから。」


 「私も琴音と同じ気持ちです。華奈に残ってもらいたい気持ちは山々ですが、1番は、華奈の気持ちを優先させてあげることかと思います。」

 

 2人とも一歩ずつ前に出て、菜月と同じラインに並ぶ。2人も菜月と同じ全く同じ意見なのだよう。

 しかし、2人の発言は、先ほどの菜月と違い、私の機嫌を取るための表面上の言葉ではなかった。

 初めてな気がした。後輩2人から本音をぶつけられたのは。


 でも、私には3人の気持ちが理解できなかった。だから、私には一切引く気はなかった。私も一歩前にダンッと踏み出した。


 「なんでよ!そしたら、私達の支えが居なくなっちゃうじゃん。今まで華奈に支えられてきたのに、誰に頼ればいいの?」


 この部活には。絶対に華奈が必要。そう思っているのは、私だけではないはず。菜月、琴音、神楽、3人とも華奈が必要だと考えているはずだ。

 地区大会の時だってそうだった。後になった今では、ファンの存在に気づけたからと言えるが、実際のところは華奈が居ないと意味がなかった。華奈がいなければ、ファンの存在にすら気づけていなかった。

 

 結局、私達アイドル部は、華奈がいなければいけないんだ。それなのに、どうして……!


 「いい加減、自立しなきゃいけねーんだよ。あと少ししたら全国大会が控えている。私達はそのレベルまで来てるんだよ。誰かに支えられなければいけないようじゃ、私達はこれからどうすることもできない。」


 私のご機嫌を伺いながらの様子だった菜月も、後輩2人に感化されて本音をぶつけてきた。

 冷静に考えてみれば、菜月の言うことは正しい。


 今の桜咲学園アイドル部は、プロのアイドルグループでえる八賢伝に地区大会で勝ち、九州大会も圧倒的な勝利で終えて、全国大会までコマをすすめた。

 全国大会に出る各地方を代表するアイドル部は、どこも八賢伝のようにVenus Liveで戦ってきているアイドル達だ。

 私たちは全くのアマチュアだが、それでも全国大会レベルのアイドル達と肩を並べるところまできている。

 いつまでも華奈に助けられているようじゃ、全国大会でまともに戦い合うことができない。

 だから、華奈に頼ってばかりではなく、アイドルとして自立できるように成長していかなければいけない。華奈がアイドル部マネージャーを辞めると言うことは、神様か何かが与えた試練なのだから、良い機会だと思い受け入れるべき。


 言いたいことは、そういうことだろう。


 でも、今の私は、そのような前向きなアイドル活動はできない。

 私のアイドル活動は、華奈のためのアイドル活動へと変わってしまっていたから。目の前で見てくれて、応援してくれる華奈がいたから、私は頑張れた。

 華奈と離れてしまったら、私のアイドル活動は何のためにあるのか分からなくなってしまう。


 だから、絶対に華奈と離れたくなかった。何としてでも、アイドル部に華奈を引き留めておきたかった。


 「そんな……。2人は……?」


 「申し訳ありませんが、私は菜月先輩と同じ意見です。」


 「私もそうかも……。」


 華奈と同学年の2人でさえも、華奈を簡単に手放してもいいと思ってしまっている。華奈が居なくなってから、きっと後悔するはず。みんなも私も。

 みんながアイドル活動を頑張るためにも、そして、私と華奈が離れてしまわないように、私が独りで動かなくてはいけない。


 「もういい。私が華奈を説得させてきて、アイドル部に引き留めるから!華奈が納得すれば、問題ないでしょ?それじゃ。」


 私は3人を睨みつけた。薄情な3人には、私も我慢の限界が来た。私は華奈をアイドル部に引き留めるため、華奈の元へ向かおうと部室を後にしようとした。


 私の様子を伺っているであろう3人の視線を背に受けながら、私が部室のドアに右手をかけた時だった。


 私は左手をガッと引っ張られた。あまりにも強く引っ張られて後ろによろけてしまう。

 

 「……絶対に行かせません。」


 「神楽……?」


 後ろを振り向くと、怒りの表情に満ちた神楽が、私をキッと睨みつけている。

 腕を掴まれた時、菜月に引っ張られたと考えていたので、神楽がしたということには驚かずにはいられない。

 神楽側である菜月も琴音も驚きのあまり、言葉を失ってしまっているくらいである。


 「椿先輩のしようとしていることは、華奈の自由を奪っていることと同じです。華奈にもしたいことがある。でも、椿先輩は、自分のわがままで、華奈の自由を奪おうとしているではありませんか。」


 神楽が前のめりになって、私に怒っている。神楽の言いたいことが全くわからないわけではないが、それは正義ぶって本音を隠しているだけ。神楽だって、華奈には居て欲しいと思っているに違いない。

 だけど、それを言ったら華奈に対して申し訳ない。そんな思いから、こういうことを並べているだけだ。


 私はそう思っていた。


 「でも、華奈にはアイドル部に居て欲しい。そうなんでしょ?それなら……」


 パシッ!

 

 私の右頬にヒリヒリとした痛みがくる。

 気づいた時には、神楽の左手に平手打ちされていた。


 「椿先輩は、自由を奪われる人の気持ちになったことがあるんですか!」


 自我を失ったように怒り狂う神楽は、ものすごい力で私を押し倒す。その場にドシンと尻もちをついた私は、神楽に馬乗りされて、さらに何発か平手打ちをくらう。


 「やめろっ!神楽!」


 「ちょっと、落ち着きなさいよ!」


 気が狂ったように、私をバシバシと叩き顔を殴ってくる神楽に、菜月と琴音は呆然と立ち尽くしていたが、目の前の状況を呑み込めたのか、慌てて神楽を停めにくる。

 菜月と琴音が、神楽の両腕を掴んで羽交い締めにして神楽を引き離す。


 「他人の意思を尊重せず、自分のわがままに他人を付き合わせて……。そんなことが許されると思わないで下さいっ!」


 羽交い締めにされてもなお、怒りに任せて怒鳴り散らし、私に襲い掛かろうとする神楽に恐怖を感じる。

 私は、この場から急いで逃げた方がいいと思い、サッと立ち上がる。


 「……今日のところは引かせてもらうよ。また後日、話し合お。」


 私は部室から走って出て行った。私の頬には、未だに叩かれたヒリヒリと殴られた時の鈍痛が残っている。

 

 それにしても、なぜ、神楽があそこまで怒るのだろうか……?


 私にはサッパリわからなかった。



 ③   椿の決断 



 神楽との一件があった日から1週間ほど経ったある日。全国大会を2週間後に控えているというのに、私と来たら自分のプライドが許してくれず、部活に顔を出せずにいた。

 菜月には、自分には生徒会長の仕事があると言って、生徒会長であることを口実に部活を休んでいた。実際、生徒会長の仕事は真面目にしている。

 全国大会を控えているので、いずれかは自分のプライドを捨てて部活に行かないと行けないが、自分にはその勇気が無かった。

 

 そして今日の放課後は?といえば、飼育園芸部の手伝いをしている。

 飼育園芸部は、部員の6人中4人が3年生であり、中学3年生が修学旅行に行っているので、飼育園芸部の人手が足りないということで、教師側から生徒会に手伝いの要請が来た。

 そもそも、飼育園芸部とは、桜咲学園に昔あった飼育園芸委員会が部活になったものである。委員会としてやるのは、生徒会への負担が大きいということで、委員会から部活に変わったというわけだ。部活に変わったといえど、飼っているウサギや金魚は、学校側が飼っているものとして扱われるので、ほとんど、委員会だった時代と扱いは変わらないらしい。

 毎年、何人かは部員が入っていたが、ここ最近は、他の部活が増えてきたことにより、入る部員数も各学年から1人入るか入らないか程度である。

 

 「朝日奈さん、あとはこの子と私で出来るので、大丈夫です。手伝ってくれてありがとうございました。」


 「オッケー。人手が足りなくなったらまた言ってねー。」


 飼育園芸委員会を手伝い終わった後、私はそのまま校舎裏に向かった。

 校舎裏には今日も誰もいない。

 香織先輩達が中1だった頃は、草が生い茂り、壊れかけている昔の倉庫が並んでいたりしていたらしいが、今ではそのようなものは一切なくなり、きれいな広場と化している。

 綺麗なベンチと大きな桜の木が特徴のここ。秋である今は、桜の木を見ても感動しないが、春になったここは本当に美しい。

 3月から4月あたりは、満開に咲く桜を見にくるために、多くの生徒が集まるが、秋になると誰も来ない。どんよりとした曇りの天気である今日なら、なおさら人は来ないだろう。

 ベンチに腰をかけて、スマホから直にラジオを流す。誰もいないので、直でラジオを流しても聴こえるし、誰の迷惑にもならない。

 J-popを取り扱う音楽チャンネルを聴きながら、華奈のことについてもう一度考え直してみる。


 「華奈と離れるなんて、考えてもいなかった。絶対に離れたくない……。なんとしてでも引き留めてみせる……!」


 そのように口に出して空を見上げたところ、灰色の雲から一滴の雨がポツンと私の頬に落ちてきた。

 それとほぼ同時だろうか、スマホのラジオで流れていた音楽が急に止まった。代わりに、「番組の途中すみません。速報が入りました。」と、ラジオから、いつも夕方のニュースを読み上げているラジオ局の人の声が聞こえた。


 『速報です。人気アイドルグループCosmicrownの東田楓さんが、今シーズンのVenus Live限りで芸能界を引退すると、所属事務所のミュージックスターズから発表がありました。』


 「えっ……?」


 何かの夢でも見ているのか?


 自分の頬をパンパンと軽く叩いてみる。


 耳がおかしいのかと思い、耳を引っ張ってみる。


 『楓さん本人による記者会見は後日になるそうで、所属事務所のミュージック・スターズも……』


 そこから先のラジオの内容は全く耳に入って来なかった。意味が理解できずに、言葉だけが耳に入っては反対側から出て行っているような気がした。


 「……楓先輩がアイドルを辞める……?」


 「ここにいたのね、椿。」


 誰もいないと思っていた校舎裏で、自分の名前を呼ばれて、驚きのあまり、思わず「は、はいっ!」と返事して立ち上がってしまった。

 声のした方を振り返ってみると、そこには高等部の制服を着た鈴音先輩が立っていた。

 仕事終わりなのか、仕事に向かうところなのか分からないが、大きめのカバンを持っていた。

 

 「鈴音先輩!?どうして、ここにいるんですか?」


 突然現れた鈴音先輩に驚きを隠せずに、わずかに声が裏返ってしまった。


 「菜月から、わがままな子が1人いるから説得して欲しいって頼まれたのよ。こんな忙しい時期に……ってなるけどね。」


 鈴音先輩は、やれやれといった感じを出しながら、私の元に近寄ってくる。

 鈴音先輩の言葉には、私達に対しての皮肉が込められているような気がした。『こんな忙しい時期に……』と付け足していた。

 『私達だって今、大変なのよ?』みたいな雰囲気をあからさまに出していたので、鈴音先輩も楓先輩のことを知っているのかと思い、失礼のないように聞いてみることにした。

 

 「えっと、あの……。楓先輩って……どうして辞めちゃうんですか?」


 鈴音先輩は何も答えることなく私のところまで来て「まー、座ってゆっくり話そう。」私の座っていた所の隣に座った。誘われたので、もう一度ベンチに座りなおして、鈴音先輩の話を聞くことにした。


 「楓、アイドル活動に疲れたそうなの。私達、香織がグループから抜けてから、メンバー内でのすれ違いが多くなっていたわ。気持ちの焦りもそうだし、まとめ役が不在で意見が纏まらないし。そこで気付かされてしまったわ。私達、香織が居ないと何もできないんだって。……楓は、香織がいなくちゃ何もできない自分に嫌気が差したそうよ。」


 楓先輩らしい理由だなと思った。それが初めの感想だ。

 クールなキャラを気取っている割に、根っからの負けず嫌いで、Cosmicrownのメンバー全員をライバル視していたほどだ。

 ライブで負けた時は、メンバーの誰よりも強がるくせに、みんなが見てない所では弱い面を出してしまう。

 どんな泥臭い努力だって惜しまず、どんなに辛い練習も必ずやってのける。アイドル活動に懸けている情熱やプライドは、Cosmicrownメンバーの中では随一だったと思う。

 

 そんな楓先輩だったからだと思う。


 今までアイドル活動に捧げていた全てが否定されたのでは、メンタルを保つのは難しいだろう。

 負けず嫌いの象徴みたいな先輩なのだ。

 Cosmicrownが初めて負けた時は、自分の悔しさに涙して努力をしたに違いない。それでも、結局は香織先輩の力があったからと感じた楓先輩は、自分へのプライドが傷つき、アイドル活動への情熱を失った。


 そんな風に私は推測するが、きっとこんな状況だっただろう。何となくだが、想像はつく。


 その過程の推測は一旦置いておこう。


 楓先輩がアイドルを辞める決断をしたのは、楓先輩の意志によるもの。辞めると決断した楓先輩のことを、Cosmicrownのメンバーは誰も止めなかっだのだろうか。

 今のアイドル部の状況と重なる部分があったので、気に留めずにはいられなかった。

 聞くか聞くまいか迷いはしたが、話を参考にしたくて尋ねてみることにした。


 「鈴音先輩や他のメンバーは、楓先輩が抜けることに反対しなかったんですか?」


 鈴音先輩は、ゆっくりと首を横に振ってから、灰色の曇天を見上げて話し始めた。

 私は校舎裏の地面に視線を落として話を聞いた。


 「楓の気持ちを尊重することにしたわ。」


 「どうしてなんですか?大切な仲間なんですよ?……離れてしまってよかったんですか?」


 「……楓のことが好きだからよ。」


 楓先輩のことが好きだったから、楓先輩が抜けることを認めた?


 予想外の答えに、私は思わず鈴音先輩を見上げた。けど、鈴音先輩は灰色の空を見上げたままだ。


 「私と保真麗と柚葉は、楓のことが好きで大切な仲間だったから、楓にとって幸せな道を推してあげようって決めたの。……時には離れたり別れることは仕方のないことなのよ。」


 微笑んでいるように見えた鈴音先輩の横顔は、寂しそうな表情をしていた。空の暗さを映し出した瞳が、徐々に潤んできていた。

 

 「華奈ちゃんが幸せになることを望んであげることも、とても大切なことだと思うの。……お願い。もう一度だけ、華奈ちゃんとゆっくり話し合って欲しい。……あなたには、後悔しないで欲しいの。」 


 やっと私の方を向いてくれた鈴音先輩は、数粒程度の涙を流していた。

 その涙が、鈴音先輩の気持ちを表しているように感じ、拒否することができなかった。

 その鈴音先輩の気持ちには、私に対しての願いも込められているはずだから。


 鈴音先輩は、私と同じように、好きだった人と離れることを受け入れられなかったんだろうな……。


 「椿先輩!」


 その場の空気を劈くかのごとく、校舎裏に少女の声が響く。

 状況を察した様子の鈴音先輩は、「頑張って。」とだけ告げて去っていく。


 そして、入れ替わりに華奈がやってきた。


 「やっと見つけたッス!……やっぱ椿先輩と話せないままなんて嫌です!」


 走ったのか、華奈はハァハァと息を切らしながら私の元に向かってくる。その華奈を見て、私の体が勝手に反応した。

 華奈の方に近づいて、私は息が荒れたままの華奈をそっと抱く。私の胸の辺りで、華奈が呼吸を整えているのがわかる。

  

 呼吸を整え終わった華奈は、ゆっくりと私から離れて、決意した様子の華奈は口を開いた。


 「カナ、バスケ部員として、表舞台でバスケがやりたいッス。」


 そっか……。これが本音だよね……。


 私は、ようやく自分の中で納得ができた。


 「……ごめんね、この前は。本当の気持ちに気付いてあげられずに。」


 「椿先輩……。気にしないでくださいッス。」


 雲の隙間から一筋の光が差し込んできて、華奈を明るく照らした。そしてその一筋の光は徐々に大きくなっていく。

 さっきまで暗かったのが嘘のように、世界は明るく照らされていく。


 「ようやく気持ちを変えたようだな、椿。」


 私の背後から菜月の声が聞こえた。振り向くと、菜月と神楽と琴音がこちらへ向かってきていた。


 「……菜月!それに、神楽も琴音も。」


 振り向いた私と目があった神楽は、気まずそうな態度をしつつも、ササッと私の元によってきて、「この前はすみませんでした。つい、感情的になってしまって。」と、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。あまり気を使わせるのは申し訳なさいので、「いーよ。いーよ。」と軽く肩を叩いた。


 「いや、大丈夫だよ。気にしないで。」


 正直言うと、殴られた所は結構痛かったし、あざができてしまったから、簡単には許しがたい状況ではあった。しかし、あの時は私が間違っていたので、それくらいのことを受けて当然だなとは思う。


 「お前ら、私達の意見は一致ってことでいいな?」


 神楽、琴音、私がうなづいたのを見てから、菜月は華奈と向き合った。


 「華奈、お前の気持ちはよく理解した。……バスケ部でも全力を出してこい。私達は応援してるからな。」


 菜月は、華奈の目の前に、スッと拳を突き出す。軽くうなづいて華奈もその拳にコンッとグータッチで返す。

 

 「菜月先輩、みんな……。ありがとうッス!」


 雲の隙間から顔を覗かせる太陽に照らされた華奈の笑顔は素敵だった。

 無邪気な笑顔を見せて喜ぶその姿は、何よりも愛しかった。

 華奈が幸せならそれでいい。心の底からそう願うことができた。


 もう私はわがままではない。

 華奈の気持ちを優先してあげるんだ。


 あと少しすれば、私達は一緒にアイドル活動をできない。華奈と私が2人で過ごす時間も少なくなるわけだ。

 いつまでも華奈が隣にいるわけではない。私達の関係は、しばらくしたら薄れてしまうだろう。

 それと同時に、私の恋は終わりを迎えることになる。


 それでもこの気持ちは変わらないだろう。


 いつまでも、華奈のことが好きという気持ちは。

あと3話となりました

最後までよろしくお願いします



次の投稿は1ヶ月後を予定しております

投稿頻度遅くて申し訳ございません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ