25話 誰かのためのアイドル (華奈)
25話 誰かのためのアイドル (華奈)
アイドル部のマネージャーをしていると、アイドルって何なのかな?って考え込んでしまうことがある。毎回答えが分からずに終わるというのがオチなのだが。
胡桃先輩を思い出しても、菜月先輩を見ても、椿先輩を見ても、琴音を見ても、神楽を見ても、カナにはサッパリ分からない。それぞれが、どのような気持ちでアイドル活動をしているのかを知らないから。
全国大会だの何だの言ったり、勝ち負けがどうこうだとか焦ったり、技術があるないとかを気にしたりする人達が、本当のアイドルなのだろうかと疑問に思ってしまう。
そうこうしているうちに大会の前日になった。桜咲学園は土曜日も授業がある学校なので、大会の前日で練習がしたかろうと授業に出なくてはならない。
マネージャーであるカナは、授業があろうとなかろうと明日のパフォーマンスは何も変わらないが、他のメンバーは貴重な最後の練習時間が削られてしまうわけなので、今日も授業があるのは辛いだろう。土曜日は昼頃に学校が終わるので、そこから大会前最後の練習になるというわけだ。
「今日は……、軽く通すだけでいいッスね。大会前だし。」
授業の合間の休み時間、1人で今日の部活の予定を練っていた。毎日、カナが1人で練習メニューを考えて、練習を始める前に菜月先輩と話し合ってメニューを決める。部活のマネージャーを始めてから6ヶ月。ようやく仕事が板についてきたと感じるようになった。
カナがマネージャーのようなサポートの仕事をしたのは、アイドル部が初めてだった。
小学生の時は、ミニバスケチームで常にAチームのスタメンだったので、どちらかと言えば、サポートを受けることの方が多かった。あの頃は、サポートする側の気持ちが分からなかったが、今になってやっと理解することができた。
「華奈。次の授業は化学だよ?移動教室、一緒に行こう。」
教室の座席についたままであったカナに千紗が声をかけてきた。千紗とは寮の部屋が同じで、移動教室の時も一緒に行く仲である。カナのケガの状態が良くなってドクターストップも緩くなってからは、昼休みに千紗と1年のバスケ部と一緒にバスケをすることもある。それくらい仲は良い。アイドル部のみんなと同じくらい親しい人物である。
教室から出ていつも通り2人で並んで次の授業の教室へと向かった。どちらかといえば、カナは身長が低い方なので、こうやって並んで歩くたびに身長の高い千紗を羨んでしまう。
「華奈、アイドル部の方はどうなの?明日、大会でしょ?」
ここ最近、千紗はアイドル部に興味を持ったらしく、たまにアイドル部の練習を廊下から覗いていることが多い。
「み、みんな大丈夫だよ、きっと。」
断定を避けた言い方でカナが答えたので、千紗の表情がハッキリと曇る。
昨日までのアイドル部のみんなの様子を見ていて、「みんななら大丈夫だよ。」と言うことはできない。
歌とダンスの精度は良いものの、みんなどこか自信無さげというか、元気がないみたいな感じである。そんな様子のみんなを見ていると、カナも不安になってしまう。
「はぁ……。マネージャーの華奈がそんなのでいいの?」
千紗は、大きなため息をつきながら、イライラとしたような口調で私に問いかける。
「で、でも……。カナには何もできないし、今考えてみたら仕方がないことなのかなって。」
少し前までは、今の桜咲アイドル部なら八賢伝とも張り合えそうだと思っていたが、昨日までのみんなを見ていると、八賢伝には勝てそうな様子はない。
ライブが始まってしまえば、ステージの上でライバルと競い合うのは、カナではなくアイドル部のみんな。ライブ中に成功するか失敗するかを決めるのはアイドル部のみんな。カナはただライブを見守ることしかできない。
そんなカナに、みんなを変える何かの力があるわけない。カナにできるのは、ライブの練習のサポートまでなのだ。
「……そんなの約束と違う。あの時の約束、忘れたの?」
怒気の混じった千紗の言葉が耳に入った。急にどうしたのかと思い、立ち止まって隣の千紗の方を振り返ると、顔に怒りの色を表してカナを睨みつけている千紗が立っていた。
「私はバスケ部でエースになる。だから、華奈はマネージャーとしてアイドル部に全力でいて欲しい。って約束。……華奈なら絶対に覚えていると思っていた。」
千紗の声が怒りで震えていた。怒鳴るわけではなく静かに怒りをぶつけてくる。
廊下の真ん中にカナたちがいるので、急なことに困っているカナと静かに怒りを表す千紗が目立ってしまっている。廊下を通る周りの人たちが、カナたちを不安そうに交互に見てどこかへ去っていく。周りがカナたちを見て声を潜めて話しているのが、距離的に聞こえるはずもないのに聞こえてくるような気がした。
「……ごめん……。」
部活に入ってからというもの、アイドル部のみんなの手伝いが忙しかったのと、椿先輩との一件で精神的にも追い込まれていた時期があったので、千紗との約束のことが頭に入っていなかった。
カナなりには努力してきたつもりだったけれど、さっきの失言だったり、カナが部活をサボっていた時期があったことを考えると、カナはアイドル部に全力を尽くせていなかった。
そんなカナと比べて千紗は違った。
千紗と昼休みにバスケをしていると、千紗が確実に成長し続けていることがわかる。他のバスケ部員の人達からも、千紗がどんどん上手くなっているという話を聞く。
千紗だけが約束を忘れずに守り続けてくれていた。それなのにカナは……。
「あの約束を忘れたりしなかった。あの約束があったから、練習が辛くてもレギュラーを目指して頑張ってこれた。華奈との約束を守るために頑張ってきていたのに、それなのに、華奈は中途半端で……。」
約束を守れていないカナに対しての怒りや、忘れられたことの悔しさ悲しさが入り混じっているんだろう。そんな気持ちが全て千紗の言葉には込められていた。
千紗は強く拳を握って真っ直ぐにカナのことを睨み続けている。
自分のたった1つの過ちが千紗をここまで怒らせてしまうとは思わなかった。他人との距離をある程度保って過ごしてきたから、他人を怒らせてしまうことなんてなかった。こんな場面に遭遇したのは初めてだから、どう対処していいかわからなかった。
千紗に対して返す言葉が見つからなかった。千紗と目を合わせることができずに、カナは下に視線を落とし俯いたまま黙り込むしかできない。
次の授業のため生徒が教室に戻って、カナ達が取り残された廊下は静かになった。静かな廊下に授業の始まりを知らせるチャイムの音が鳴り響いた。
※ ※ ※ ※ ※
あの後、お互い気まずいままだった。カナは化学の授業に向かったが、千紗は化学の授業に来ることは無かった。
化学の授業終了後に教室に戻ると、千紗は1人机に突っ伏していた。さっきのことを謝ろうとしたが、わざわざ起こして謝ったら余計機嫌を損ねてしまいそうなので、別の機会に謝ろうと思った。
4限目終了後、あの時の千紗とのやり取りを自分の席でボーッとしながら思い出していた。
どうすれば良かったのか、なんていえばこんなことにならなかったのだろうか。色々とアイディアが浮かんでくるが、後の祭りなのである。
「ねえ、華奈ちゃん。ちょっといい?」
「ん、どうしたんッスか?」
呼びかけられて顔を上げると、そこには同じクラスのバスケ部員が3人ほど集まっていた。いつも昼休みにバスケをする仲ではあるが、千紗ほど親しくはない。普通の友達の感じである。
「西園寺さん呼んでもらえる?話したことなくて、私達からだと話しかけ辛いっていうか……。なかなか話しかけられなくて今日になっちゃったんだ。」
真ん中の子がえへへと苦笑いしながら喋る。他2人の子もソワソワとした態度をしていて気になる。
1番気になることは、バスケ部員の3人が神楽のことを呼んでほしいと頼みに来たことであるけど。3人とも全く神楽と関係が無いし、神楽に何の用があるのだろう。
3人が神楽を呼んで欲しいと言ったこたを不思議に思いながら、3つ右の隣の席の神楽に席に座ったまま声をかけた。
「神楽ー、ちょっと来てー。」
「どうなさいましたか?」
自席で読書をしていた神楽は、丁寧に本に栞を挟んで私の席に来た。神楽はバスケ部の3人の視線に気づいて、神楽に用があったのは3人であるということを理解したらしい。
3人の方を向いて、静かに返答を待ち続けている。
「私達、大会前に伝えたいことがあったの。」
「伝えたいこと……ですか?」
「私達、部活が終わった後、部活が終わって寮に戻る時、アイドル部の練習してる教室の前を通るんだ。廊下から西園寺さん達のパフォーマンス見てると、疲れが取れたような気がして元気がもらえるんだよ。だから、いつもありがとうって言いたかったの。」
真ん中の子が言ったのに続けて他の2人もうんうんと軽くうなづいている。
たまに部活中に、バスケ部の子達が廊下から見ていることは知っていたが、そんな風にアイドル部のことを見ていたとは知らなかった。
自分がアイドル活動をしているわけじゃないから、3人から直接感謝されたわけではないが、それでもカナは嬉しかった。
所属しているアイドル部が、誰かのことを支えてあげていたこと、そのメンバーを身近で支えていることに誇りを持てた。
「そ、そうですか。みなさんの役に立てているのなら、こちらとしても嬉しい限りです。」
久しぶりに神楽が微笑んだ。神楽だけには限らないが、ここ最近はアイドル部のメンバー全員が浮かない顔をしていたので、神楽が微笑むのを見て少しホッとする。
「明日の大会、頑張ってね!応援してるから。」
「ありがとうございます。みなさんの期待に応えられるように、みなさんに元気を届けられるように頑張ります!」
神楽と話し終えた3人は満足そうにどこかへ行った。神楽と話している間、ずっと笑顔を浮かべていた3人を見ていると、神楽が本物のアイドルのようにみえた。
せっかく学校内でも応援してくれている人達がいるのに、中体連のルールで、一般の生徒に観に来てもらえないのは残念である。多分、カナよりも神楽の方が強くそう思っているだろう。
「……今、なんとなくわかった気がするんです。自分たちに足りなかったものが。」
「足りなかったもの?」
今まで部活中にそんな話をしたのを聞いたことなかったし、カナに直接相談されたこともなかった。部員の誰かに相談しているならいいが、どうせならカナに相談して欲しかったという気持ちはある。
「そういえば、華奈には話していませんでしたね。私、里見学園の八賢伝と桜咲学園の差が何であるのか気になっていて、私達には何かが足りないのだと考えていました。ですが、今、ハッキリと分かりました!何だと思いますか?」
ニコニコとした笑顔を見せる神楽を見ていると、不思議というか不気味なまである。
いつもテンションは低めで落ち着いている神楽なのだが、あの3人と話してから酒が入ったのかと聞きたくなるくらいテンションが高いのだ。普段は、もう少し明るくても……と思うが、これはこれでなんかイヤかも。
わざわざ質問形式にしなくてもいいのにと思いつつ、答えないわけにはいかないので適当に答えてみる。
「足りなかったのは、見てくれている人達のために頑張る……とか?」
「そう言う感じです!観てくれている人たちを元気にしたい、笑顔にしたい。応援してくれている人たちへ感謝の気持ちを伝えたい。先程話していた時に、そのような気持ちが自然と湧いてきたんです。ライブするにあたって勝ち負けは大事だと思いますが、観てくれている人たちのためにっていう気持ちも大事にしたいと思ったんです。きっと、気持ちが無ければ、観てくれている人達の心は動かせないですからね。」
神楽は言い終わると、決まったと言わんばかりにドヤ顔でカナのことを見てくる。神楽のその言葉に嘘は混じってそうではなかった。素直な気持ちだっただけに、神楽のその言葉が心に刺さった。
今まで桜咲のアイドル部を見ていると、本物のアイドルって何だろう?と考えさせられる場面が度々あった。全国優勝だの、完璧なライブだの、技術だけを追い求めるパフォーマーのようだった。
だけど、今の神楽は違った。観てくれている人、応援してくれている人のためにライブをしようと心に決めている。私が見たかったアイドルはこういうアイドルだったのかもしれない。
「観てくれている人達の心を動かすために、観てくれている人達への気持ちを大事にする……。カナ、神楽のその気持ちステキだと思うッス!」
「ありがとうございます。明日のライブで、華奈の心も動かして見せますからね!」
私の前に晴れた笑顔で立つ神楽は、紛れもなく本物のアイドルだった。明日、椿先輩、菜月先輩、琴音、神楽の全員が本物のアイドルとしてステージに立って欲しいなと心の底から願った。
次回から大会編です。
Twitterの方は活動していませんが、小説の方は3期終了まで書き続けます
最後までよろしくお願いします