21話 キズつけた者 後半 (椿)
21話 キズつけた者 後半 (椿)
今日の放課後の体育館は、部活生が居ないので、そこに華奈がいるだろうと推測した。
昨日、バスケ部とバレー部が、中体連新人戦をしていたので、今日は2つの部活は休みとなっていた。そのため、華奈が一人でバスケをするために、体育館にいると考えたのだ。
「ボクが、華奈の気持ちを受け入れる。ただ、それだけでいいんだ。」
体育館へと繋がっている廊下を急ぎながら、自分にそう言い聞かせる。
あの時、私が華奈の気持ちを拒絶していなければ、華奈はキズつかずに済んだ。あの頃のキズは、華奈の心の中に未だに深く残っているだろう。そう思うだけで、私の胸が痛む。
あの時のことを振り返り、どうすれば良かったのか考えながら、部活の行われていない体育館に着いた。
部活生が居ないと思っていたが、うちの学年のバレー部が、数人でバレーをせずにバドミントンをして遊んでいた。その反対側のコートで、華奈が1人でバスケをしていた。
私は華奈の居るコートへと一直線に向かった。うちの学年のバスケ部は、プレイに集中していて、私には気づいていない様子だった。
「華奈!ちょっと時間あるかな……?」
私が華奈を呼ぶと、華奈はシューズをキュキュッと鳴らしてその場で止まった。
「ど、どうしたんスか……?」
華奈は怯えた表情で私の様子を伺っている。その姿を見ると、華奈が可哀想で仕方なかった。今でも、あの言葉は華奈を苦しめてしまっているのだろう。
怯える華奈に、さらに不安を与えたくなかったので、ある程度の距離を保って話を続けた。
「ここじゃ、他の人に聞かれちゃうから、体育館裏で話すね。」
こうして、華奈を体育館裏に呼び寄せることに成功した。体育館の北側に広がる体育館裏は、太陽の光が直接当たることがないので、他よりも涼しく湿気もある。
こんな所に他人を呼び出したことがないので、逆に私の方が不安になってしまう。
「今まで、華奈の気持ちを受け入れてあげることができなくて、ごめんなさい。」
実際に言葉に出すことで、改めて自分のした行いを反省する。華奈の気持ちも理解せずに、心ない言葉を言い放ったことは、本当に反省している。この前、神楽と話したことで、自分が間違っていたことがハッキリとわかった。だから、華奈に謝ろうと決めた。
どんな反応をするのかと、華奈の表情をうかがう。私が華奈の気持ちを否定しないことで、華奈も気持ちが楽になりホッとできるんじゃないか。そう思っていた私がいた。
「どれだけ椿先輩のこと好きだったか知ってるんスか!?……同性に告白するのに、どんな思いをして、どれだけ緊張したか分かってるんスか……?」
華奈の表情が明らかに暗くなっていた。そして、眉間にシワを寄せている。震える声から、その言葉に怒りと辛みが込められているのがわかる。
突然、悪い方に期待を裏切られて、自分の目の前が真っ暗になったような気分だ。
私は、華奈に対して何も返す言葉が見つからなかった。
「そんなこと知らないのに、謝られても全く良い気持ちではないっス!余計にキズついてしまうっスよ!」
半泣きで訴えかけてきた華奈を見るのが辛い。こんなことで悩み続ける華奈を目にすることが辛い。
私自身が経験していないから分からない。そのため、華奈の悩んでいることに対して、「どうしてこんなことで悩み続けるの?」と思ってしまう。
私にとっては、こんなことレベルである。しかし、華奈にとっては、大きな悩みなのかもしれない。だから、こんなことで悩む華奈が、可哀想に思えてきて辛いのだ。
「どーせ、カナの気持ちなんてわからいくせにー!うあーん。」
感情をおさえる我慢の限界に達した様子の華奈は、泣きながら走って逃げて行った。華奈の行動や言動に、脳が追いついてくれない私は、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
華奈と口を聞けないまま、数日が過ぎた。部活の大会が1ヶ月後に控えている大事な時期になり、華奈は部活に戻ってきた。それなのに、私はマネージャーである華奈とコミュニケーションが取れなかった。
琴音や菜月から、華奈と何かあったのか聞かれるが、何も無いとしか言えなかった。事情を知った神楽は、あの事のついては、私にも華奈にも話題をふることは無かった。
そんな環境で長い時間部活をするのは、精神的に大変疲れるので、「生徒会の仕事があるから休む。」と、生徒会長であることを理由に部活をサボることが増えた。実際、生徒会長の仕事は膨大にあるので、生徒会長の仕事をサボることはできない。
そんな事で、今日も放課後は生徒会室に逃げてきた。生徒会室には、風紀委員長と書記と副会長が書類整理をしていた。
「会長、アイドル部の大会って来月でしたよね?練習とかは大丈夫なんですか?」
副会長が書類を整理しながら、部屋に入ってきた私に話しかけてきた。
「まあ、そうだけどさ。会長のボクが仕事をサボる訳にはいかないじゃん。」
アイドル部に行きたくない言い訳として言ったが、よく考えると当たり前のことを言っているだけだった。生徒会長に立候補してこの役に就いたのに、部活があるからサボるなんておかしな話である。
しかし、ここで私は気づくことにできたんだ。部活をサボることが正当化されたことに。
「何のために副会長があると思っているんですか?会長を支えるためにあるんですよ。部活の大会前くらい、私に頼ってもいいんですよ。」
副会長の親切な気持ちを受け取らないのは、申し訳ない気分になる。今までも、部活の関係で、副会長に頼ることがあったので、副会長には感謝の気持ちしかない。
しかし、ここまで来ると、副会長が真の生徒会長みたいなものだ。生徒会顧問の教師から、「朝比奈、生徒会の仕事をサボるな。」と、注意を受けそうなのが、非常に心配ではあるけど。
結果として、この副会長の親切心によって、私の逃げ道はふさがれてしまった。
どう逃げようとしても、私は華奈と向き合わなければいけない運命にあるんだな。
※ ※ ※ ※ ※ ※
そんな運命なんて必要としてないよ。と、言いたくなるのだが、私は運が良すぎてしまったみたいだ。部活に戻る日に、事件が発生した。
「えっと、……。神楽と琴音は……?」
「神楽は、療養所に用があるので休むらしいっス。琴音は、熱を出してしまったらしくて学校休んでるっス。」
「そして菜月は、鈴音先輩に用があって休む……。」
ということで、今日の部活は華奈と2人きりになってしまったのだ。他の部員の用事が、同じ日に重なることなんて、普通ならあり得ないだろう。菜月が休むことは本人から聞いていたので承知していたが、他の2人が休むことまでは考えていなかった。
華奈と2人きりとは気まずいが、逆にこれを華奈との関係を作り直すチャンスにするしかない。そう分かっていても、和解するには何をすればいいのか……。
「つ、椿先輩……。今日の練習はどうするんスか?」
普段は、華奈と菜月の2人で練習メニューを考えている。そのため、菜月のいない今日は、部活の練習メニューも決まっていないのだろう。
中1の夏まではアイドル部に入っていたので、菜月の代わりに練習メニューを考えることもできるが、練習メニュー決めたところで、練習するのは私だけなのだ。細かいことは考えずに、いつも通りの練習をサッと終わらせることにした。
その練習の間は、華奈と2人きりなわけだ。あんなことの数日後に、同じ部屋に2人きりの状況は気まずくて、話しかけることすらできない。
でも、そう言い続けて華奈と口を聞かないままでいるのは、よくないことである。
私は、華奈に話しかけようと決意した。
華奈の方をみると、華奈と視線が合った。2人きりの部室内に緊張が走る。
私は、口の中にたまる唾を呑んで、恐る恐る口を開いた。
「……か、華奈、ボクのダンス見てくれる……?」
「はっ、はいっス。」
華奈の返事の声は震えていたうえ、うなずく時の動きもロボットみたいにカクカクしていた。むしろ、最新式のロボットの方が動きが滑らかだぞ?と、言いたいくらいだ。それくらい、華奈も私と同様に、2人きりの状況に緊張している様子だった。
何も会話の切り出し方が無かったので適当に言っただけなのだが、言っておいてやらないのは、いかがなものなのか?と思うので、華奈の前で次の大会の課題曲のダンスをした。
ダンスの途中、部室の外の景色を見たが、太陽は向こう側の山に全く姿を隠さない。普段の部活なら、気がつけば辺りが暗くなっているのに、今日だけは時間の進みが遅い。実際に遅いわけではなく、体感遅いなってくらいだ。
そんなことを考えながら、ひとまずダンスを無事に終えた。何日も部活に顔を出してなかったし、練習も全くしてなかったから不安ではあったが、順調な感じではあった。
「どう?自分なりには、良かったんだけど。」
「えっと、ここの部分、もう少し柔らかい動きにしてみると良いかもっス。」
自然な感じで華奈に聞いてみると、華奈は自らの体を動かして教えてくれた。華奈のハッキリしてわかりやすい指示は変わっていなかった。言葉だけではなく自分の体も動かして、的確に教えてくれていた。
ミニバスケチームに所属していた時は、華奈から教わることもあったなと遠い過去を思い出す。遠い過去と言っても実際には、たかが2年間。でも、その2年間は、あまりにも遠すぎた。あの日から、苦しい時間が始まったんだから。
華奈が私に教えている今の姿に、うっすらと小学生の華奈の姿が重なった。あの時から、体の大きさは私の方が大きいのに、華奈は頼れる存在だったので実際より大きく見えていた。
アドバイスが終わってからの笑顔も、あの頃と変わってはいなかった。
「……昔、みたいだね。」
気がついたら、その言葉が口からこぼれていた。言うつもりはなく、自身の中に抑えようと思っていたのに、気を緩めたら本心が出てしまった。
「先輩……?」
「華奈と一緒にいたあの頃を思い出していたんだ。懐かしいなって。」
私の言葉を聞いた華奈は何か言いたげにしていたが、華奈が何か言う前に私は言葉を続けることにした。
きっと、華奈は「自分が悪かった。」と言ってくるはずだからだ。自分の気持ちに嘘をついて、自分の大事な気持ちを押し殺して、他人の気持ちを優先させる華奈だからこそだ。
「……後悔してる。あの時のこと。ボクが華奈の気持ちを受け入れてあげることができたなら、お互いに苦しくなかったのに。」
「そ、その件は、もういいっスよ……。華奈の方がおかしかったんだし、この前は強く言いすぎてしまったし……。」
やはり、華奈は自分が悪いと言い、自身を責めてしまった。そして、私に対しての「好き」という気持ちもごまかして隠してしまう。
私は、そんな華奈を見たくなかった。ありのままの華奈が、嘘によって隠れてしまうのが嫌だった。
「好きな気持ち、隠して欲しくないな。」
「え……?でも……。」
華奈はためらっている。そうなる気持ちを、罪を犯した私がよく知っている。
私は「ボク」という一人称を使う時、自分がなんのためにこの一人称にしているかが、自然に思い出される。あの日に華奈に告白された日から、「自分が、華奈から可愛いらしい女の子に思われていたのがいけない。可愛いのがいけないんだ。」と考えてから、自分から可愛い系要素を取り除いていった。その時に、「私」という一人称ですらもダメだと思い込み、「ボク」と言って男の子っぽい感じになろうと思い、今の一人称にした。
そんな屁理屈みたいな連想ゲームのせいで、一人称からでもトラウマが蘇ってくる。
たかが連想ゲームでトラウマを思い出すのならば、直接的な表現なら尚更。
奥底に隠している本当の気持ちを出せば、また否定されると考えているからだろう。あの日に、私が植え付けてしまったトラウマが華奈を襲っているんだ。
私の印象が、そのトラウマであり続けるかぎり、華奈は心を開いてくれない。だから、私は自身の力で華奈からの印象を変えなくてはいけない。そのために取ることができる行動は、たったひとつしかない。
「ボクは、友達として華奈のことが好きなんだ。」
「……っ!?」
突然の告白に驚いて顔を真っ赤にした華奈に、自分の本心をぶつけるしかできない。
友達に対して「友達として好き」とかいうのは、当然恥ずかしいことだ。風邪とかで熱を出したわけじゃないのに、自分の顔も熱くなっている気がする。
これで、華奈も私の意図を理解できたんじゃないだろうか。私の告白を見て「あ、ありがとっス……。」と、返事をくれた。
でも、今言いたいことは、友達として好きだということじゃない。
「明るくて、人懐っこい、他人のために一生懸命になれるところ。好きなところ数えたら他にもあるけど、一番は、自分の気持ちに正直なところ。……ほら、昔の華奈って嘘つかないじゃん。だからさ、好きな気持ちにも嘘はついて欲しくないんだ。」
華奈のことを大切に思っているからこそ、今の気持ちが心の中に現れたんだと思う。
私の華奈に対する印象は1回変わってしまい、華奈のことを好きになれない自分がいた。むしろ、華奈の気持ちを信じられなくて、拒否・拒絶したい自分がいた。今までの優しさ・親しさは、全て「好き」という気持ちだけによって行われていたんだと考えてしまっていた。
しかし、今年になって華奈を見て、その気持ちは薄れていった。
華奈は明るかった。部活中、マネージャーとしてみんなをサポートしていて、常にみんなの元気の源だった。
華奈は誰に対しても懐っこい。ちょっと事情を抱えた胡桃先輩、結構怖い菜月、感情がデリケートな琴音、厳かな雰囲気を纏う神楽、誰にでも懐いていた。
華奈は一生懸命だった。部活が廃部になりかけた時、誰よりも頑張って部員を集めていたし、胡桃先輩の手伝いも頑張っていた。とにかく一生懸命だった。
私が友達として好きだった華奈は、華奈の本当の姿だった。決して、好きだから見せていた偽りの面では無かった。
そんな華奈は、自分の気持ちに正直だった。ここが、私が1番魅入られた部分だったのに、私は自らその性格を潰してしまった。自分でしておいて言うことは、信じられない話だし、許された話では無いと思う。
しかし、華奈には、もう私なんかによって自身に嘘をついてほしくなかったから。
沈黙の時間がしばらく続いた。私と華奈の間には、部室の窓から入ってきた冷たい空気が通り過ぎていった。
風がサァーっと吹き抜けてから、華奈は決意したのか、外からの新鮮な空気を吸い込んだ。
「椿先輩のこと、好きっスけど……。……華奈の好きと椿先輩の好きは違うし……。」
様子を伺うように私のことを見ながら、華奈は本心をさらけ出してくれた。
「それって、好きの捉え方が違うだけで、華奈の好きもボクの好きも、相手を大切な存在と思う気持ちは一緒だと思うんだけどなぁ……。ま、これから2人で一緒に考えよ?好きって気持ち。2人で見つけ出した答えなら、私と華奈、気持ちを共有できるんじゃない?」
「り、了解っス!一緒に考えましょ。」
華奈の顔がパァッと明るくなり、晴れやかな笑顔になった。
華奈本人じゃないし、華奈の好きな気持ちが何なのか分からない。友達的にか恋愛的にか。正直言って、どっちでも良かった。どちらであっても、その大切な気持ちを受け入れられるようになったから。
いつか華奈と私で、好きな気持ちが分かって、その気持ちをお互いに共有できる日が来たならば、私も自分のことを「私」って言えるだろうな。
次回もよろしくお願いします




