2話 何かからの解放 (華奈)
2話 何かからの解放 (華奈)
今日こそはバスケ部の先輩達に本当のことを告げようと決意をして、昨日と同じ場所で先輩達を待つ。
のんびりと晴れた空を見上げる以外にすることが無くて暇である。スマホを持っているわけでもない、読書をすることが好きなわけでもない、ということで暇を持て余している。
こんなに時間があるならば、バスケをしていた時の自分にたっぷりと時間を分け与えてあげたい気持ちになる。
「あ、華奈ちゃん、今日もいるね。」
「ほんと、ありがたいこと限りない!」
カナのことを見つけた先輩達が、ガヤガヤと話しながらやってきた。
学校の敷地を出ればすぐに住宅地になっているため、古いブロック塀があるためか、声が反射してうるさく感じる。
先輩達が来たのを感じても、いつもみたいに逃げることはせずに、自分の心を落ち着けながらじっと待ち続ける。
視力の良い方であるカナは、向こうから来る先輩と目が合っているように思ってしまうけれど、相手側は目が合っているようには思わないだろう。
「華奈ちゃーん!」
とうとうカナと5メートルくらいの距離に先輩達が近づいてきた。今日も笑顔でいる先輩達に対して、カナの本当のことを暴露するのが辛かった。
せっかく今日もバスケ部に誘おうとしてくれいるのに、ここで『ドクターストップで本当はバスケできません』と言ってしまうのは、人間性が疑われるだろう。
それに、カナ自身、カナのことを聞いて先輩達が悲しんでしまう顔をあまり見たくなかった。
「華奈ちゃん、今日もバスケ部に来てくれる?」
「カ、カナは……」
断ることに対して、申し訳なさで先輩達を直視することができなかった。視線を下にやると、目の前の先輩の制服に、元バスケプレイヤーである 夢咲 華奈 の影がしっかりと映っていた。長いツインテールのカナの影が、まるでカナに対して「まだ華奈はバスケができる、続けろ!」と訴えているように感じる。
髪の長さを変えずにバスケをプレーできるようにと、お母さんがツインテールにすることを提案してくれた。カナはそれからというもの、ずっとツインテールにしていた。
今でもカナの髪型は現役時代と変わらず、ツインテールのままである。そう、いつでもバスケができる髪型なのだ。
本当はバスケがしたくて仕方が無かった。身体が壊れないと信じて、もっともっとバスケをしていたかった。だけど、現実は無慈悲なもので、バスケをしたいカナを肉体的にも精神的にも苦しめてくる。
ドクターストップをかけられた2ヶ月前の時点で、カナの両膝はまだ酷い症状ではなかった。しかし、もう少しバスケをしてしまえば、バスケの出来ない体になるだろう。
「でも、カナは……」
カナの口が本能的に勝手に動いてしまう。止めなきゃいけないと分かっているが、バスケを好きな気持ちを止めることはできない。
「バスケ、いき……」
「ねー、菜月ちゃん!みんなが集まっているところに、ツインテールの女の子がいるー!私、みたい、みたいー!」
カナの言葉を遮るかのように遠くの方から、アニメキャラの様な甘い声が聞こえてきた。小学校低学年のような話し方で、一瞬だけ小学生が校舎内に誤って入ってしまったのかと疑った。
しかし、声のした方を見ると、実際にそこに居るのは小学生ではなく先輩達のようだった。見た目から推測するに、2人ともカナ達と同じ学年ではなさそうで先輩のようである。
「うっ、胡桃だ……」
「今は絡まれたら面倒だよー」
そう言ってバスケ部の先輩達は向こうの先輩達の姿を見るなり、蜘蛛の子を散らすようにカナの周りからササっと離れていった。と同時に、片方の先輩がカナの方に走って向かってくる。
カナは何が起ころうとしているのか、考えを巡らせていて逃げるという選択肢が考えついていなかった。
座ったままであったカナの所まで来ると、満面の笑みでカナの隣に座ってきた。
「私、西川 胡桃っていうの!」
近くの割には大きすぎる声に、思わず耳を塞ぎたくなってしまう。もう少し声量を考えて欲しかったものである。
「カ、カナっす!夢咲 華奈っす、よろしくお願いしみゃ……⁉︎」
カナが自己紹介をしているというのに、胡桃先輩はなんと無礼な先輩なのであろう。何も言わずに突然、カナのツインテールをキュッと掴んだ。
胡桃先輩は、カナのついんてーるを掴むと目を輝かせて、揉んだり手に絡めて弄り始めたりと遊び始めた。
「かわいー!ふわふわしてる、私のと同じ。ふわふわ、あははははは!」
まるで赤ちゃんが新しい玩具を見つけたかのように、カナの髪で楽しそうに遊んでいる。本当に何を考えているのかが読み取れないくらい、胡桃先輩の言葉では感情が伝わってこない。
美しく大人っぽい顔立ちで、ウェーブのかかっているロングの髪型。
妖艶な雰囲気を放つ美人なのに、行動や反応が見た目に合わず随分と幼稚すぎて、随分と奇妙であった。多くの人に会ってきたカナでも、初めて会ったタイプの人に、分からないという恐怖を感じそうになった。
「ちょっ、なっ、なんなんすか?や、やめるっすー!」
カナは必死に抵抗しようとするが、胡桃先輩は聞いていないのか一向に手を離してくれない。
カナの髪を強く引っ張ったりせずに優しく触ってくれているからいいけれど、それでも分からない恐怖でカナを襲ってくる。
「ちょっと、胡桃先輩。ダメですよ、その女の子嫌がっていますよ?」
胡桃先輩と居たもう1人の先輩が、息を切らしながらもカナ達のところに到着してくれた。
「やっとマトモな先輩が来てくれた……!」と安堵の念に浸かっていたけれど、もう1人の先輩がここに来た瞬間にその考えが少し変わった。
確かにまともそうな人ではあるものの、目つきが鋭くて、普通の状態でも睨まれてるような気がして怖い。
また、短めのショートで肩にギリギリかかるほどで、千紗と僅かながら似ている。(本当にごくごく僅かなんだけどね……)
首にかけるヘッドフォンが、イマドキの洒落た中高生を思わせる。
「うー、……私、悪いことしちゃった。ごめんなさい、今度からしないから、ゆるしてください」
ショートの先輩から注意された胡桃先輩は、カナのツインテールから両手を離してペコリと頭を下げて謝ってくれた。
なんだか謝る姿が、あんまりにもションボリとしていたので、小さいことで一喜一憂する少し可哀想に思えてくる。
「別にいいっすよ!気にすることないっす!」
私は顔に笑顔を作って胡桃先輩を元気付ける。私の笑顔を見た胡桃先輩は、またすぐに表情に笑顔ができる。
表情がコロコロ変わる、話す時は稚拙さが全開に曝け出ている。まるで幼児のような様子の胡桃先輩。
こんな先輩を見ていると、「胡桃先輩、成長をしているのかな?」と不安のみが自分の内に溜まってゆく。
「ねぇ、君!」
「はっ、はい!」
ショートの先輩が、ボーッと考え事をしていたカナを呼ぶ。鋭い眼光で睨まれては、どんなことを言われてもカナの体が固まってしまう。
何を言われるのか分からない恐怖を、固唾を呑み静かに言葉を待つ。この緊張の緩まない瞬間がいち早くも終わって欲しいな、なんて思っていると、ショートの先輩が口を開いた。
「私達と一緒に居てほしい!もし良ければ、胡桃先輩をフォローしてあげてほしいんだ!」
「フォロー……っすか?」
胡桃先輩のフォローをして欲しいと言われたが、どういうことなんだろう……。
その言葉の意図を汲み取る事のできないカナは、しばらくショートの先輩と見つめ合うことに。それにより、周りの空気は依然として緊張が続いたままである。
それなのに、視界の端に写っている胡桃先輩だけは目をキラキラと輝かせて、ショートの先輩を見ている。
この先輩、今の空気感がどんな状態か分かっていないのかな……?
「お願いしたいんだけど、いいかな?」
ショートの先輩が手を合わせて頭を下げてくる。バスケ部からの勧誘では何回かそのようなことがあったけれど、それ以外のことでは初めて頼み事を受けた。
ショートの先輩の真剣な頼み方を見て、カナが必要とされていることを察した。行く当ても無く彷徨うカナのことを必要としてくれるならば、それに応えたいと思う。
「激しい運動をしなくていいなら、カナはいいっすよ!」
「ありがとう。これから、よろしく!」
ショートの先輩から差し伸べられた手に、カナは自分の右手を乗せて、了解した意を込めて大きくうなづく。ショートの先輩がカナを見て安心した笑顔になる。
何かの苦しみから解放された笑顔と例えた方がいいような笑顔だった。
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