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ギャルズメロディー3期  作者: キスよりルミナス
4章  新たな始まり
19/30

19話 姉妹の天秤 後半 (琴音)

上林香織のアイドル活動引退から少し経ったある日。琴音が、鈴音先輩に事務所に呼び出された時の話です。

19話 姉妹の天秤 《後半》 (琴音)



 日曜日の正午すぎ、街中の人混みに呑まれながら何とか、福岡の大手芸能事務所の《ミュージック・スターズ》まで着いた。

 なぜ、私がここに来たかというと、鈴音先輩から『伝えたいことがあるから、事務所に来てほしい』と、LINEが届いていたから。

 一般の人は、事務所内に入ることは禁じられている。今回は、鈴音先輩が社長に私の立ち入りを許可してもらって、私は特別に入れることとなった。

 事務所内では、多くのアイドルとすれ違う。さすが大手アイドル事務所である。


 《ミュージック・スターズ》といえば、昔からアイドル業界に力を注いでおり、ユアユイやCosmicrownなどの有名アイドルグループを生み出した事務所だ。

 Venus Liveのおかげでアイドル活動が流行しているので、アイドル関係の事務所は勢いが強い。《ミュージック・スターズ》も例に漏れることなく勢いが強い。Venus Liveの頂点であるCosmicrownの所属する事務所なので、他の事務所と比べても勢いは格別である。

 そんな《ミュージック・スターズ》だが、Cosmicrownに頼りすぎていたのかもしれない。ここ最近のCosmicrownの連敗、姉のアイドル活動引退によって、少しずつ勢いが他の事務所と並んできたようだ。むしろ、周りよりも勢いが弱いくらいだ。

 

 ここに所属する多くのアイドル達は、相当な努力を積んでいるのかもしれないが、アイドルの世界は弱肉強食の世界。いくら頑張っても、勝者にならなければ意味がない。

 残念なことに、ここですれ違ったアイドルの大半は、強者の方には立てていないだろう。強者はCosmicrownを含む一部のアイドルグループだけなのだから。


 「あなた、香織さんの妹の上林琴音よね?」


 「……っ!?はい……、そうです……。」


 私の目の前に現れたのは、里見学園のアイドル部『八賢伝』センターの2年、神田久美である。県大会のライブバトルの時に、久美さんからは格別なオーラを感じたので、顔と名前を覚えた。

 『八賢伝』といえば、この前の県大会で私達を圧倒的な差で下して、九州大会へ進出。九州大会も勝ち進んで全国大会を3位で終えたらしい。

 久美さんは、そんな里見学園のセンターなだけあって、Venus Live のアイドルにも引けを取らない実力の持ち主だ。悔しいが、今の私では勝てない。


 「私の名前は、神田久美。里見学園のセンターを務めてるの。あなたのアイドル活動も拝見させてもらってるわ。」


 久美さんは、爽やかな笑顔をしている。今年の『八賢伝』のイメージに反しないクールなキャラである。

 アイドルたるもの、いつどこで誰に見られて見られても良いようにしておくのは大事だ。トップレベルのアイドルともなれば、日常からそれを意識しているのだろう。


 「桜咲学園のアイドル部に所属してます、上林琴音です。よ、よろしくお願いします。」

 

 「突然で申し訳ないんだけど、香織さんの件、何か知らないかしら?」


 久美さんは、心配そうな顔つきで私のことを見ている。

 姉がアイドル活動を引退してからというもの、姉のことについて頻繁に訊かれるようになった。妹の私なら何か知っているだろうと思っているからだろうけど、私ですら何も知らないから答えることはできない。

 ただ、『知らない。』と言うことしかできないのだ。


 「いえ……。姉は私に何も言ってくれずに……。」


 その言葉を聞いた久美さんは、「そうなのね……、」と、ため息まじりに呟いた。あの姉の一件のことになると、みんな同じような反応をする。残念そうに肩を落とすのだ。姉に原因があるのに、毎回のようにこのような反応をされると、私が罪悪感を感じてしまう。

 姉のことを私に尋ねてくる人たち全員に、『お姉ちゃんのことを私に訊かないでよ!』と訴えたいほどではないが、私の気持ちになってくれる人が居たら嬉しい。

 

 そして、問題は、やりとりが終わった後の間である。


 私から何も言うことが無いから黙っているが、それによって、久美さんも引きづらい状況になってしまった。お互いに気まづい時間が続いてしまう。


 「おーい。琴音ー。」


 私と久美さんの沈黙を破ったのは、私の名を呼ぶ声だった。声のした方を振り返ると、楓先輩と鈴音先輩が立っていた。

 2人は休日にも関わらず制服を着ている。それぞれの所属するファッションブランドの、秋の新作発表会に向けた打ち合わせがあったらしい。昨日、通話で鈴音先輩と話していたときに、そのことを言われた。


 「琴音さん、これからも頑張って。それじゃあ。」


 その場の空気を読んだ久美さんは、それだけ私に伝えると、サッと場を立ち去った。


 「久美と琴音ちゃん、仲いいの?」


 さっきの会話だけで親睦を深めることが出来たかと言われると微妙なので、「いえ、ちょっと話したくらいで…。」とだけ答えた。

 鈴音先輩は、意外そうな顔をして私のことを見ている。前に、先輩達から見た私の印象というものを、姉から聞いたことがあるが、先輩達は『琴音ちゃんは、美人だけど友達多くなさそう。』という意見でまとまったらしい。

 そんな私が、別の学校の先輩と話していたら、意外に思うのも無理はないだろう。

 

 「ま、いいわ。ちょっと、私についてきてくれる?」


 私は鈴音先輩と少し距離を置きながら、鈴音先輩について行った。楓先輩は「先にレッスン室に行っとくから。」と言って、私たちと別れた。

 私が着いた場所は、事務所の6階にある小さな会議室だ。ここのフロア自体、会議室ばかりのフロアで、人影がほとんど見られず不気味な場所であった。

 鈴音先輩が部屋の鍵を閉めた音が、部屋の中に響く。


 「先週、香織がアイドル辞めた原因、香織が教えてくれたの。……言うべきかどうか、ずっと迷ってた。でも、言わないといけない気がしたの…」


 鈴音先輩は私から顔を背けて告げた。


 小さな会議室の中に緊張が走る。今まで知ることの出来なかった、姉の引退の理由がわかる。

 

 しかし、私は妙なことに気がついた。

 

 世間では引退理由が公表されていないのに、鈴音先輩は知っているということだ。大抵の場合、仲間に理由を言うところまでは分かるのだが、事務所の方に理由を言わないのは珍しい。


 ファンが心配しているだろうし、あれだけ世間を騒がせているのだから、余程の事情じゃない限り、公表しなければならないだろう。

 鈴音先輩が理由を聞いたのは先週。仮に、事務所に言うのが遅れたとしても、1週間はかからない。


 つまり、引退の理由は公表できない理由となる。


 体調不良、不祥事。それらのことでも、公表されるのに、それ以上に公表できない引退理由があるのだと考えると不安で仕方ない。


 「……お姉ちゃん、なんて言っていたんですか?」


 「『私は琴音のためにアイドルを辞める』って……。」


 鈴音先輩から言い放たれた衝撃的な一言に自分の耳を疑った。それが嘘であって欲しかった。

 

 しかし、鈴音先輩の表情は変化しない。それが全てを示していた。


 「いろんな人にそれぞれのアイドル活動があるの。ファンのため、お金のため、将来のため。……香織のアイドル活動は、琴音ちゃんの憧れであり続けるため。」


 姉のアイドル活動を、Cosmicrownが無名だった時代から知っている私だからこそ、姉のアイドル活動が何だったのか分かる。姉のライブが終わると、決まって姉は私に電話をくれた。


 『琴音、私のライブどうだった?』


 『今度会ったら、アイドル活動一緒にしようね。』


 鈴音先輩や楓先輩のライブ後の振り返りは、観客の反応に重点が置かれていた。

 しかし、姉のライブ後の振り返りは、私からの感想を聞くだけだった。観客の反応については、殆ど触れていない。と、以前、鈴音先輩が笑いながら語っていた。


 それほど、姉のアイドル活動は、私に対してのものだった。


 「憧れになるつもりが、気がつけば、妹を傷つけるアイドル活動になっていた。自分が姉だったから、琴音ちゃんが自分と比べられる。その度に、辛辣な評価を受け続ける妹を見ているのが辛かった。そして香織は、『自分がアイドルだったのが間違いだった』って考えちゃったの。」


 それを聞いて絶望した私は、膝から崩れ落ちてしまう。立ち上がろうとするも、体に力が入らない。

 

 私のアイドル活動が、姉のアイドル活動を終わらせてしまった。という事実を受け入れることが出来なかった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※


 

 「琴音さん……?どうしたの、暗い顔をして……。」


 私がトボトボと事務所の廊下を歩いていると、さっき出会ったばかりの久美さんが立っていた。

 会った時は私服だった久美さんは、今はレッスン着を身に纏っていた。自主練でもしていたのだろうか。わずかに呼吸が乱れている。

 いつもの私なら、「なんでもないです。」と返してしまうが、今の私は、このことを誰かに話して、私を助けてもらいたいという気でいっぱいだった。だから、さっき出会ったばかりの久美さんにも話してしまった。


 「さっき、鈴音先輩から聞いたのですが……。お姉ちゃんがアイドル活動をやめた原因、私にあったんだそうです……。」


 誰にも話さないようにと約束した上で、姉が引退した原因について、鈴音先輩から聞いたことをありのままに話した。

 私が話している途中、久美さんは表情を変えることなく私の話を聞いていた。

 

 私が話し終えると、久美さんは一度大きく深呼吸をしてから口を開いた。


 「……どちらかのアイドル活動存続のためには、もう片方のアイドル活動を犠牲にしなければいけなかった。」


 私がアイドル活動を続けるために、姉がアイドル活動を辞めてしまった。私がアイドル活動をやめていれば、姉はアイドル活動を続けることができた。

 自分と妹を天秤にかけた結果、私のアイドルを優先させてくれたのだろう。世の中の人が、姉と私を天秤にかけたら、間違いなく姉のアイドル活動が優先されるだろう。きっと、そのことを考えた上で、姉はアイドル活動を引退した理由を公開しなかったのだろう。

 姉は苦しかったに違いない。自分のファンを見捨ててまで、私のアイドル活動を守ろうとした。

 私のアイドル活動は、知らないうちに姉を傷つけていたのだ。


 「もう、私はアイドル活動をやめた方がいいですよね……?」


 きっと、私の話を聞いた久美さんは、私に対して怒りを覚えるだろう。久美さんだけでないはずだ。姉のアイドル活動引退の理由を聞いたら、誰だって私に対して怒りを覚えるだろう。

 それくらい、姉はみんなにとって大切な人なのだ。自分の罪の重さを分かっている。


 だから、私は決めた。アイドル活動をやめると。


 「……香織さんは、自分のファンより琴音さんの方を選んだ。それくらい、あなたのアイドル活動を応援してくれている。それなら、あなたのやるべきことは、その気持ちに応えてあげることなんじゃない?」


 久美さんは優しく微笑んでいる。私の想定していた結果では無かった。私がアイドル活動を続けていくことに怒るどころか、むしろアイドル活動を続けろと言ってくれた。

 元々、久美さんが悪い人だと思っていたわけではない。だけど、姉のアイドル活動を辞めた原因が私にあったと聞いたら、「なんでこの人のために……。」って、なってもおかしくない。

 

 「……怒らないんですか?私のせいでお姉ちゃんがアイドル活動辞めたっていうのに……。」


 「怒る……?まぁ、琴音さんまで辞めちゃうと私も怒ってしまうかしらね。」


 久美さんは笑顔でそう言うが、きっとコレは本気だろう。これ以上、私は罪を重ねるわけにはいかないんだ。

 これからの私のアイドル活動は、ただのアイドル活動ではなくなりそうだ。


 「そうですね……、私が辞めちゃダメですよね。私、お姉ちゃんのためにも頑張ります!」


 私の背負っているものは重たい。多くのファンを裏切ってしまってまで、私のアイドル活動を応援してくれる姉の意思。私の背中を押してくれた久美さんの気持ち。

 それだけじゃないと思う。もっと多くのものを背負っている。私に立ち止まってる暇は無い。

 

 私は『罪を償うためのアイドル活動』のスタートを踏み出した。

遅れてすみません

次回もよろしくお願いします

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