18話 姉妹の天秤 前半 (琴音)
1ヶ月ぶりくらいの投稿で申し訳ございませんでした
18話 姉妹の天秤 《前半》 (琴音)
① 打たれた終止符
私自身、学校に親しい友達が少なく、アイドル部のメンバーと居る時間が自然と多くなる。神楽は家が市内にあるため、家から通学しているので、寮内では、ほとんどの時間を華奈と一緒に過ごしいている。
いつものように、華奈と、食堂にあるテレビで朝のニュースを観ながら朝食を摂っている。
「次は、『Venus Live』のコーナーです。」
そういえば、昨日から『Venus Live』の2ndシーズンが開催されたようだ。初戦は、Cosmicrownのライブバトルだったらしい。
昨日は部活がハードだったせいで疲れ過ぎていたため、夜8時くらいに寝てしまった。そのため、夜8時半からのライブバトルを観れなかった。
どうせ、Cosmicrownが勝利を収めるんだろうな。と思いながら、結果が報じられるのを待った。
「昨日から始まった『Venus Live』の2ndシーズン。無敗の王者Cosmicrownが大敗し、グループ結成以来から続く無敗の歴史に終止符を打たれてしまいました。」
自分の耳を疑った。寝起きだから、寝ぼけているのかもしれない。
Cosmicrownが敗れた……?
ニュースのお姉さんが言っていることが分からない。Cosmicrownが、私の姉が、敗れた……?
「いやー、Cosmicrownが敗れるとは思いませんでしたよ。リーダーの香織さんが出場していなかったとはいえど、負けるとは思いませんでしたよー。それにしても、対戦相手のGTXも新人ながら洗練されていましたよねー……。」
ニュースの解説者が、腕を組み渋い顔をして話す。周りのゲストの人たちも、お通夜の時のような顔をして黙り込んでいる。
急に身体から力が抜ける。右手から箸がカランカランと音を立てて、食堂の床に落ちた。
頭が真っ白になって何も考えれなかった。脳が働いていないようだった。
「Cosmicrownが負けた……?お姉ちゃんが居ない……?」
自分の情報処理が追いつかずに、言葉をポツリポツリと呟くことしかできない。
悪夢なんだ、きっとそうだ。そう自分に言い聞かせてみるが、この悪夢は覚めてくれない。
「こ、琴音……。あの……。」
華奈に肩をチョンチョンとつつかれる感覚がある。夢ではなく、現実世界だ。
不安そうに私を見つめる華奈の瞳に、絶望に打ちのめされ、死んだような顔をした私が映されている。
Cosmicrownが負けたことも、姉がライブに居なかったという報道も、それを聞いた私が死んだような顔をしていることも。これが現実なんだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
無敗のアイドルグループCosmicrownが敗れたことは、一夜明けた今日でも、世間では大きなニュースとして騒がれていた。
『Cosmicrownが負けた』や『香織、大丈夫なの?』などという言葉が、Twitterのトレンド入りしている。YouTubeでは、昨日のCosmicrownのライブバトルの様子の動画が多くアップされている。また、新聞でも号外が出されたりと、メディアをも騒がせるほどのニュースだった。
それくらい、Cosmicrownの敗北というのは、世間にとって衝撃的なことだったのだ。
『Venus Live』というアイドル活動を主としたテンターテイメントの王者として君臨しているCosmicrown。3年前に結成されて以来、ライブバトルでの戦績は無敗。
『KYU48』や『ユアユイ』などのいくつかの有名なアイドルグループが『Venus Live』に参加していないため、Cosmicrownは真のアイドル界の頂点ではないという人も少なくはない。
しかし、Cosmicrownの『Venus Live』での戦績は全勝無敗。アイドル界の頂点かどうかはさておき、『Venus Live』の頂点であることは間違いない。
ライブバトルで、いつも圧倒的な差で勝利を収める無敗のCosmicrownは、多くの人々を魅了していたに違いない。姉がそのグループのリーダーであることもあり、私もそのアイドルグループに魅せられているうちの1人である。
だからこそ、今回のことはショックであった。受け入れ難い事実だった。
改めてTwitterで、『Cosmicrown』と検索をかけてみる。トレンドの欄は、殆どがCosmicrown関連の言葉で埋まっていた。
恐る恐る、『Cosmicrown』と調べてみる。数秒前ツイートだけでも画面の上から下まで並んでる。ツイートを更新すると、大量のツイートが更新されて並んでいく。
『香織ちゃん居ないと、Cosmicrownも無敗じゃなくなるのか……。でも、次回、頑張ってほしい!応援してる!』
『Cosmicrownが負けたなんて……。私は信じられない……。』
その反応をするのは、当たり前のことだろう。負けたとしても、僅差ならまだ受け入れられる。
だが、結果は圧倒的であった。
「どうしてなのよ……!」
お姉ちゃんがいたら勝ったの……?相手のアイドルは何者なの……?Cosmicrownに何があったのよ……!
次々と頭に疑問が浮かんでくる私は、Cosmicrown大敗の真相を知るため、Cosmicrown所属のメンバーが通う桜咲学園高等部へと急いだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
登校時間であることもあり、高等部の生徒達がズラズラと正門を通っていく。その人達の間をスルスルとくぐり抜けて、高等部の姉のクラスへと向かった。
階段、廊下を駆け抜けた。私とすれ違うたびに、みんなが私のことを不思議そうな顔で見てくる。その視線すらも大して気にならないほど、私の心の中には余裕が無かった。
暑い中走って汗だくになり、息が上がりながらも、姉の所属するクラス高校1年B組の教室に着いた。
教室のドアをガラリと勢いよく開けて、教室の中を見渡す。
「……お姉ちゃんっ……?」
ドアにもたれかかって息を整えながら、再度教室を見渡してみる。姉はいない。
「琴音っ!何しに来てるの!」
誰かに左の肩をグッと掴まれたので振り返ると、私がここにいることに驚いた様子を見せた楓先輩がいる。そして、その楓先輩に隠れるように立っている、しおれた様子の鈴音先輩もいる。
楓先輩と鈴音先輩なら何かを知っているかもしれない。
楓先輩の私の肩を掴んでいた手を、肩から離してギュッと握る。
「お姉ちゃんは……!?私のお姉ちゃんは……!?」
私が感情に任せて楓先輩に尋ねると、楓先輩は何も言わずに顔をしかめる。明らかに何かがあったのだろうと悟る。
何も答えてくれない楓先輩の代わりに、鈴音先輩が口を開いた。
「……琴音ちゃん、その事で話があるんだ。ちょっと来てくれる?」
連れて行かれたのは、高等部のアイドル部だ。桜咲学園高等部のアイドル部は、中等部とは違い、部員がそこそこ多いようで、部室とレッスン室も結構大きなものとなっている。
朝のこの時間は誰もいないらしく、話すのにちょうどいい場所となっている。
「香織は、もう家に帰ってるよ。もちろん、学校も休んでる。部活のアイドル活動すらも苦しくなったんだって……。」
気力を失った様子の楓先輩が呟く。楓先輩の言葉には、諦めの気持ちが含まれているように感じた。
先輩達のその様子を見ていると、姉のアイドル活動を辞めたことは、前回のライブバトルで負けたことの要因の1つにもなって来るだろう。
「……うそ……。そんなこと、お姉ちゃん言ってなかった……!」
あんなにアイドル活動を大好きだった姉が、そんなことを言うなんて全く想像がつかない。夏休み前、姉が部活中に倒れた時に会った時も、姉からはアイドル活動へのアツい気持ちが伝わってきた。
そのため、楓先輩から姉の辞めた理由を聞いた私は寝耳に水だった。
「……言い出したのは最近になってからかしら。突然、Cosmicrownの練習に来なくなったの。香織にLINEで理由を尋ねても、既読はつくけど返信が返ってこないわ。」
気まずそうに黙り込んでいる楓先輩の代わりに、鈴音先輩が答えてくれた。ずっと一緒にいた鈴音先輩達にすらも、教えられない理由があるのだろう。
Cosmicrownの敗北を姉は知っているのだろうか……。Cosmicrownのリーダーである姉が、突然、アイドル活動を辞めたことは、メンバーに精神的なダメージを与えてしまっている。
お姉ちゃん……、どうしてアイドル活動を辞めてしまったの……?
② 新しいカギ
Cosmicrownの大敗から数日後。『上林香織がアイドル活動の活動休止を発表した。』と、姉の所属する芸能事務所が発表した。
その発表も世間では騒がれるような結果となった。『Venus Live』の王者の敗北、そのグループのリーダーの活動休止となると、メディアも黙ってはいない。
テレビ番組では、アイドル活動の専門家などを呼んで、今回の出来事について討論している。ネットニュースでは、訳の分からない憶測が飛び交っている。
誰も真実を知らないままで、本人しか活動休止の理由を知らない。
LINEを送っても既読スルー、電話をかけても無視される。妹の私にすらも、姉は何もコミュニケーションを取ろうとしてくれない。姉は完全に心を閉ざしてしまったようだ。
「お姉ちゃん……。どうしたんだろう……。」
誰にも私の悩んでいる姿を見せたくなかったから、誰も来る気配の無い校舎裏に来た。
スマホを開きメッセージの返信が返ってこないトーク画面を見つめる。この前までやり取りの続いていたトーク画面は、昨日送った私のメッセージが一番下に来ている。既読がついているだけだ。
「どーしたの?暗い顔して……?」
誰かに声をかけられた。声からアイドル部の部員以外だと推測できる。
こんな所に他人が来るなんて思ってなかったから、少々驚いた。
誰なのかと顔をあげると、そこに立っていたのは見たことある人物だった。
ショートの髪をして、私と同じくらいの身長。制服の腕の辺りに『生徒会長』と書かれた布をつけている。
そうだ。この方は、桜咲の生徒会長である。
生徒会長だから見たことある、という理由以外にも、この人を見たことあるような気がした。
「ボクは生徒会長の 朝比奈 椿だよ。よろしくね!」
「……よろしく、お願いします……。」
この前の生徒会長承認式や全校集会の時と違って、結構軽い感じである。見た目は元気な少女なので、こっちの軽い感じのキャラの方が合っていると、個人的には思っている。
ただ、こんな軽い生徒会長には、心を開くのも難しいものだ。自分の中で勝手に警戒心が芽生えてしまっていた。おかげで、私の返事は固くなってしまう。
「アハハ、そんなに固くならないで。それより、キミ、暗い顔してんじゃん?どーしたの?」
「べ、別に……。私は、なんの心配もいりません。」
生徒会長といえど、ただの赤の他人。そんな人に自分の秘密にしておきたいことは、明かしたくなかった。
「ふぅーん……。てっきり、何か悩んでるかと思ったよ。Cosmicrownのことや、お姉さんのことでお困りかと……。」
「なっ……!どうして……⁉︎」
自分の考えていることが、生徒会長にはお見通しだったようだ。1回も話したことがないのに、どうしてわかったのか不思議でたまらない。
私の反応を見て、「やっぱり、そうだったんだね。」と微笑んだ。生徒会長というのは、生徒の手本となるべき人物のはずだ。それなのに、遠慮、配慮という言葉を知らないのだろう。
そういう人も世の中には少なくないので仕方ないだろうと思い込み、私はハァっとため息をつく。
「生徒会長たるもの、生徒の事情くらい知ってるよ。キミが、上林香織の妹だってことも知ってるよ。だから、最近に起きたことを振り返ると、そうなんじゃないかなって。」
「私が悩んでる事は誰にも話さないで欲しいです。他の人にまで心配かけさせたくないので。」
「わかったよ。」と、生徒会長は、優しい笑顔でうなづいてくれた。
私が悩んでいることは、他の人には知られたくない。みんかには、姉のことだけを心配して欲しかったから。
姉がアイドル活動を休止してから、多くの人から姉の心配をされるようになった。
「お姉さん、体調不良なの?」
「香織ちゃんはアイドル活動戻ってくるよね?」
「Cosmicrownに香織さんが居ないと寂しいよ。」
姉だけに心配の声をかけられていた。私のことは、『上林香織の情報を手に入れるだけで道具』としか認識されていなかった。
決して、私も苦しんでいるということに気づいていない。
でも、私は今のままでいいと思っている。みんなが、大好きな上林香織だけを見て、私の悩んでいることに気づかない。同じクラスの中にも、姉がアイドル活動を休止したことで、精神的に不安定になる人たちもいるので、そんな人たちに私のことまで気にさせたくはなかった。
「……キミと同じで私も辛い思いしているよ。」
生徒会長は声がふるえている。私に表情が見えないように、校舎裏の端にある桜の木の方に顔を向けている。私も、生徒会長をはさみ向こう側にある桜の木に目をやる。
ここに入学する前に、あの桜の木を私は見たことある。
『私、お姉ちゃんみたいな凄いアイドルになりたい。だから、今 度帰ってきたらアイドル活動教えて?』
桜の花びらがヒラヒラと舞う中、姉を見上げながら言ったセリフを思い出した。あの頃から……、いや、それ以上も前から、私は姉に憧れていた。
憧れだった姉を追いかけてきて頑張ってきたのに、才能に恵まれなかった私は姉のようにはなれなかった。
それでも、アイドル活動を頑張って来れたのは、姉が居たから。
「私、もう無理だよ……。」
目の前にいる生徒会長、そして私。それ以外にも、多くの人達に悲しい思いをさせてしまっている。これだけは、アイドルとしてやっちゃいけないことなのに……。
どうして、お姉ちゃんはアイドル活動辞めたの……?
次回もよろしくお願いします