エピローグ──救済
ある墓石の前に、ひとりの若者の姿がある。
昼下がりの太陽を浴びながら、心地よい風が彼の身体を優しく撫でている。
彼の肩や、背中や、足元に落ちる熱は、近頃では暑いと感じる日も増えてきていた。
だんだんと寒さから解放されるこの季節がまた巡ってきたのだと、若者は墓石を見ながらやはり感傷的な気持ちになる。
──あなたがいなくなってからの年月が、あなたと過ごした年月を、静かに上回ろうとしていた。
彼は今日、その事実に思い当たって、なんとなくこれまでの人生を暮石の主に報告していた。
その墓石には、彼がこの世で最も愛情をもらい、彼に命を捧げてくれたひとが眠っている。
そちらはお変わりないですか?
彼は最愛のひとに問いかける。
僕はもうすぐ、出会った頃の父さんと同じ歳になります。
最近は部下もできて、責任のある仕事も任されるようになってきました。
この前は、同僚に女性を紹介してもらって、デートもしたんです。彼女は僕よりみっつ歳が上で、落ち着いた、とても思いやりのある人です。彼女も僕のことを気に入ってくれているようで、近々また一緒にご飯を食べに行く約束をしました。
若者は幼いころに戻ったような、無邪気な表情で微笑みかける。
そういえば、今日もこの後、あの人たちが来てくれるって連絡がありましたよ。それとあのふたり、正式に別れたみたいです。今じゃすっかり新しい人生を歩んでるって。ふたりとも何か吹っ切れたみたいで、今を楽しんでるみたいですよ。父さんに会いに来るときは、父さんもいた学生時代に戻ったみたいだって、ふたりして嬉しそうに。父さんはいつもふたりとどんなことを話してました?
静かな墓地には、ひどくゆったりとした時間が流れている。もしこの時、時間の流れを目にすることができたとしても、それは視覚では確認できないほどの、微々たるものだったに違いない。現に若者がそんな風に動きを最小限にして、墓石を見下ろしているのだ。まるで彼がこの景色を切り取った写真のなかにいるとでもいうように。
しかし、よくよく見ると若者の表情だけがすっかり様変わりしていた。数分前まではとても寛いだ、穏やかな顔つきをしていたのに、今はなんの感情も窺えない。
そのうちに若者の口がおもむろに開いて、か細い声が落とされていった。
もう、いいかな──
その言葉は誰にむけて放たれたのか。自分への肯定のように受け取れたし、相手にたいする疑問のようにも捉えられた。
若者は今も無表情のまま、ただ墓石を見つめつづけている。
彼は永遠にそうしているのかと思われた。
次第に彼の影が薄くなる。
彼の頭のなかで、ふたたび言葉が浮かんだ。──もう、いいかな。
しかしその瞬間、誰かが若者の名を軽やかに呼んだ。彼は思わず振り返る。ふたりの人影が、こちらに向かって手を振っている。彼は先ほど浮かんだ言葉を、そっと心の奥にしまいこむ。そしてまた墓石を見ると、わずかに表情を柔らかにして、言った。
──父さん、あの人たちが来てくれたよ。