95 黎明のカヴァティーナ - 1
パレードは終わった。
それはもう、どっと疲れたけれど。
街道に集まる国民に笑顔で手を振り、皇帝が民衆の前で行った演説や感謝の言葉を聞き続け、解放されたのは夕方近くなってから。
やっと自室に帰ってきた時には、正直言ってレイエンフィリアはクタクタになっていた。
────いや、別に何かしたわけじゃないんだけども。
気疲れした。本当に。
マリンが静かに用意した紅茶に口をつけ、ふっと一息つく。
「マリン、アラドとベンクを呼んで」
「はい、姫様」
手を伸ばして、用意されたクッキーを口に運ぶ。パレードで街中を回ることはいい。別に構わないが、昼食も無しで立て続けに演説が行われるのはいかがなものか。
「食べ過ぎない程度であれば、今日は目を瞑りますからもう少し食べてもいいですよ。お疲れでしょう」
「本当に疲れたわ。このスケジュール体制はどうにかしないとね」
「「失礼いたします」」
「嗚呼、ごめんなさいね、呼び出して」
「いえ、何か御用事でも?」
レイエンフィリアは手に持った茶器を机に置いた。ゆっくりと3人──アラドとベンク、そしてマリンに──向き直った。
「この後の事なのだけれど。貴方たちには休暇を与えます。休暇と言っても、後数時間しかないけれど。せめて城下町を巡っていらっしゃい。せっかくのお祭りだもの、私に付き合わせてばかりでは申し訳ないわ」
「えっ、ですが姫様」
「いいのよ。着替えなら自分でできるし、食事はキリルになんとかしてもらうわ」
やってくれるでしょ?という目でキリルを見れば、仕方ないな、という表情でキリルが頷く。
「マリン、毎年私に付き合わせてしまって、しっかり祭りを見て回ったことはないでしょう?行ってきなさい。何を見てきたのか、私に教えてね」
「…………は、はい……」
「そんなわけで、アラド、ベンク。彼女と一緒に回ってね」
「俺たちの意見は無視ですか」
「おいアラド!」
「あら、貴方はこんなに可愛いマリンを1人で祭りに行かせてしまうのね?酷いわ。マリンはこんなに可愛いんですもの。男性に引っ張りだこになってしまうわよ?」
「…………チッ」
「ア・ラ・ド!殿下、申し訳ありません!俺は喜んでお供しますよ、マリン」
「ベンクさん、ありがとうございます。……その……アラド、も、来ては、くれません、か……?」
珍しく顔を真っ赤にしたマリンが、おずおずとアラドの礼服の裾を掴む。式典用に装備な飾りがつけられた礼服は、機動性に欠けるけれど品がある。金糸で刺繍された裾をちょこんと摘んだマリンを見つめて、アラドは小さく呟いた。
「……まぁ、貴方が構わないのであれば」
ぱぁ、と、花が咲くようにマリンは微笑んで、「お願いします」と言った。
♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔∴∵∴♔
「よかったんですか、着替える前にマリンを送り出して」
「いいのよ、少しでも長く楽しんで欲しいもの」
「貴女がいいなら、いいですけど」
パーティションの向こうから、キリルのため息が聞こえてくる。
レイエンフィリアは自室で、(とても頑張って)着替えていた。言葉では楽しんでほしいと言ったものの、レイエンフィリア自身も着替えてからマリンを送り出せばよかったと後悔していた。
────コルセットってどうしてこうも外しにくいの⁉︎
ドレスを脱ぐ時点で大変だったのに。
モタモタとなんとか1人で着替えはじめて一体何分経っただろう。
「はぁ」
「あからさまにため息つかないで!」
────頑張ってるのに!
視界が暗くなる。
照明が落ちたのではなく、正面に影がある。
目の前に──
「き、りる……」
「今は暁人。ほら、鏡の方向いて」
「い、今!下着姿!」
「今更だろ。ほら動かない」
あれだけ難しいと思っていた皇女としての装備は、キリルの手によっていとも簡単に解かれていく。
「構造を理解していないからそうなるんだ」
「いつもマリンが着せてくれるんだもの」
「着せてもらっている時、何をしているのか意識してみればいい。はい」
「……あ、りがとう……」
今顔を上げられるのはまずい。
見られてしまう。
「……なんでそんなに赤くなってる?」
「き、かないで……」
「へぇ」
悪戯っぽく笑うと、キリルはレイエンフィリアにぴたりと寄り添って、耳元に口を寄せて囁く。
「……何を想像した?」
「……っ、な、にも……!」
「ふぅん」
「ひゃ」
息が耳にかかる。
腰に手がまわって、後ろから抱き締められているみたいになる。
熱い吐息がくすぐったくて、レイエンフィリアは身を捩って逃げようとするけれど。
「……っあ」
首筋に顔を埋められて、声が出る。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
こんな、こんな──
「今から着る服でも、この位置なら見えるか見えないかギリギリってとこだろ」
「また、跡……!」
「牽制。これから街に行くんだから」
「一緒に行く癖に」
「それでも、しておかないと。だからさっき、出掛けるマリンにアラドを付けたんだろ?ベンクをつけた理由がわからないけど」
「?」
街娘っぽい服──サイズを聞いてキリルが買ってきた──を手にとっていたレイエンフィリアはキョトンとした顔でキリルを見つめた。
「え?だって、ベンク1人でいかせても寂しいでしょ?」
「だからって友達以上恋人未満の2人に同行させるか?普通」
「えっ?誰と誰?」
「は」
「ん?」
「えっ?」
「えっ」
「えぇ……」
「???」
キリルは頭を抱えたくなった。
アラドとマリンの2人に決まっている。
さっきだって空気が甘かっただろうが。
というか初々しい2人のやり取りを微笑ましげに見つめていたじゃないか。
それで?それでも尚?
────気付いてないって……ありえるか⁉︎
前途多難だ……。
未だにキョトンとしているレイエンフィリアに、キリルは説明を諦めた。
新章突入です。
が、おそらく非常に短いと思います。
15もいかないかな?
黎明という言葉は、夜明けの日が昇っていない暗い時間帯の事を言うそうです。また、物事の始まりとも。
黎明のカヴァティーナ編が終わると、起承転結の『転』が始まります。
転が始まる前の物語。
レイエンフィリアちゃんが【殺戮の皇女】たる所以となる物語が、転で始まります。その直前の、平和だった頃の物語を黎明のカヴァティーナで綴っていきます。
次回更新は2週間後、6月19日の12時です。
よろしくお願いいたします。




