91 慟哭のカンタータ - 27
「父上が……転生者……?」
────待って、待って待って。
一体、何人が。
九龍院の人間が、一体何人殺されているの?
「自ら名乗ってくださった。父上は浩二様だ」
「九龍院 浩二様、ですか」
「暁人は、よく覚えていますよね。貴方の師匠のようなものですし」
「ああ。兄の桐人と一緒に、魔術を習っていました。生憎、俺には才能がなくて、初歩の初歩で躓いたけれど」
「俺としても所縁は深い。俺自身も魔術の師匠は彼だし」
浩二は九龍院の中でも魔術に精通した人物で、誰もに尊敬されている人だった。
そんな彼まで、殺されてこちらに来た。
────嗚呼、嗚呼。恨むわ、オルディネ。
ねぇ、一体何人をこちらに送ったの?
「玲華ちゃん」
「……?」
「浩二様は、皇帝の立場として君から話を聞きたいと言ったんだ。『今は俺が皇帝だから』って。決して玲華ちゃんの立場を悪くするためじゃない。皇帝も、君たちの味方だよ。それをわかった上で、聞いてほしい」
「はい」
「薔薇祭の終了後、君の査問会が行われることになった」
査問会。
玲華は声に出さずに呟いた。
クルースの末路を話した時のように、大臣や貴族、皇族の前で質疑応答を行う場だ。
クルースの時と違うのは、一言一句その全てが記録され、貴族の職についている一家その全てに情報が共有されることだ。
査問の場で疑いが掛かれば、国中で名が知れ渡る。
「玲華ちゃん」
「はい」
「気付いていないかもしれないけれど、この世界には“死の概念”だけじゃなく、もっと大きな概念が欠落しているんだ」
「大きな概念」
「“犯罪”だよ。罪という概念もないんだ」
「「…………は」」
罪という概念が無い。
頭の理解が到底追いつかない。
なんだ、この男は何を言っている?
「つ、みの概念が、無いって、そんな」
「わからないよね。僕もそうだ。この国の報告書を全部ひっくり返さないと、わからないと思うよ」
「何が、あったんですか」
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僕が転生してきたのは今年の4月。
エイルワード本人の記憶を頼りに仕事をこなしつつ、書物庫に籠もって過去の報告書や査問の記録書を漁っていたんだ。
その結果、僕たちの認識では犯罪としか思えない事案でさえ、処罰されることもなくただただ肯定されていたんだ。
フェルガ・イーネルの一家がやっていたドラゴンの密売の件だってそうだよ。
ドラゴンの密売がイーネル一家の仕事だった。彼らは仕事をしていたのだから仕方がないね。
その一言で片付けられてしまうんだ。
ドラゴンの密猟や密売は罪である。と法律に記載されていても、だ。
犯罪を許容する、というより、法令に逆らう=罪という思考がないんだね。
なんてったって、【裁定者】が僕たちの世界に形だけ似せて作ったハリボテの理想郷だ。
“理想郷に犯罪は無い”
そういうことなんだろう。
俺はエイルワードとして、フェルガ・イーネルの兄……君の元側近を処刑にした。処刑方法は法令に従って。
そうしたら、大臣や貴族から異様な目で見られたよ。
ドラゴン殺しが罪だなんて、誰も認識していないから。
それでも、罰は下すべきだと思ったんだ。
悪かったよ。勝手に処刑してしまって。
公には君を守れなかったから、と言っておいたけれど、彼の処刑の真相はこれなんだ。
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気持ちが悪い。
暁人が真っ先に思ったのはそんな単純なものだった。
犯罪の概念が無い?
つまりは何か?ここは無法地帯と変わらないじゃないか。
「『当たり前に組み込まれた狂気と永遠の皇国、偽物の楽園。表面に騙された、美しいだけの理想郷』」
「……玲華、その言葉は?何かの引用?」
「いいえ、オルディネに言われたの。あの花園で。きっと、この世界のことを揶揄しているんだと思う」
「『当たり前に組み込まれた狂気と永遠の皇国、偽物の楽園。表面に騙された、美しいだけの理想郷』……ね。言い得て妙じゃないか。暁人もそう思わない?」
「確かにね。『当たり前に組み込まれた狂気』なんて言葉は特にだ」
この世界に生きる人々の“当たり前”には、犯罪という概念も、死という概念もありはしない。
まさに、狂気。
「査問会には俺も出席する。フォローもするし、擁護もする。そこは任せてくれ」
「ありがとう、ございます」
「俺からも感謝を、秀夜」
「貴方に言われると照れますね」
「そう?感謝の言葉を口に出すのは、意識的にいつも行なっていることだけれど」
誰かに何かをしてもらう。
ならお礼を言うのは当たり前。
それが暁人の“当たり前”。
────そこが、壮也様が暁人を側に置く理由の一つだって、気付いていないんでしょうね。
玲華は小さく笑いながら、誤魔化すように紅茶を口に含んだ。
「そうだ、玲華ちゃん」
「?」
「薔薇祭、君は知ってる?」
「言葉の上でだけは」
薔薇祭は、この国で行われる宗教的な祭だ。
この国で広く信仰されている、ヴァーニア教。女神ヴァーニアが女神になった日と言われている10月25日と、彼女に感謝するための26日の二日間に渡って行われる。
国中で、それぞれの場所で、それぞれの思いをのせて、感謝の気持ちを伝える日。
「感謝の気持ちを、硝子の薔薇に込めて贈る」
「素敵な風習だよね。玲華ちゃんは誰かに贈るのかな」
視線が暁人に向く。
暁人はそれを笑顔でかわし、玲華に向き直る。
「マリンやアラド、ベンクたちに暇でも出しますか?」
「それもいいかもしれない。でも、私も街に行きたいわ。マリン、アラド、ベンク、それに貴方にも、感謝の気持ちはいつも抱いているもの。言葉にできないだけで」
「なら、お忍びで城下町に行く?俺は──というか、エイルワードはいつも城門から祭を眺めているみたいだから、今回もそうしようと思っているけど」
「お忍びで……許されるのかしら」
「いいんじゃないですか?」
「以前から、レイエンフィリアはこっそり城を抜け出すことがあっただろう?記憶にない?」
「……あります。マリンに叱られている記憶も」
『心配したんですよ!』
『護衛も付けずに城下町に行くなんて!』
裏を返せば、護衛がいれば目を瞑ってくれるのかもしれない。
「暁人」
「ん?」
「えっと、キリルとして、城下町に出るときは付いてきてくれる?」
「…………お望みとあれば」
明らかに、玲華の顔が明るくなる。
その表情を見て、暁人は微笑みながら、玲華の髪を耳にかけた。
秀夜はそんな2人の様子を見ながら、気配を薄くしつつ紅茶を口に含む。そして、秀夜は知った。
────あー、冷めた紅茶ってさらに不味い。
次回更新は明日、5月7日の12時です。
よろしくお願いいたします!




