89 慟哭のカンタータ - 25
「この忙しい時に時間を作れとは、無茶をおっしゃいますね」
「仕方がないだろう?可愛い妹のためだ」
「予定を無理やりこじ開けた俺を誰も褒めてくれない」
「よくやったね、褒めてあげるよ」
「棒読みです、殿下」
「思ってないからね」
「なんて主だ……」
そんなやりとりを少しして、時間を潰す。
目の前の書類にざっと目を通し、サインをして、次の書類へ。ノックの音はまだだろうかと思いながら、考えない考えない、と自分に言い聞かせて。
──耳が音を捉える。
「来た。レイエンフィリアたちの足音だ」
「では、お茶を用意いたします」
「ああ」
アーノルドがたてるカチャ、と言う小さな音を聞きながら、次第に大きく鮮明に聞こえてくる足音に注意する。
────さて、お姫様はどうなった?
響くノック。
応答の声と返事。
扉が開けば、そこには──
「…………父、上?」
意図しない来訪者、が。
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『今日の10時ごろ、僕の予定を空けておくよ。それまでには済ませて、謁見の間においで。暁人』
そう言われたのだと言うキリルに従い、エイルワードの謁見の間に向かっていたレイエンフィリアは、目の前に扉がある、というところまで来て足止めされてしまった。
「レイエンフィリア第3皇女殿下、今しばらくお待ちください」
「?……お兄様と約束をしているのだけれど」
「存じております。ですが、急な来訪がありまして」
「急な来訪?どなたか聞いても?」
気まずそうに視線を逸らし、衛兵は言葉を濁らせる。
「申し訳、ありません」
「いいえ、私こそごめんなさいね、無理に聞き出そうとしてしまって。……なら、控えの間で待たせてもらおうかしら。案内をお願いできる?」
「承知いたしました。こちらです」
謁見の間のすぐ近くに用意されている控えの間に入り、キリル、アラド、ベンクと共にソファに座る。
あくまで一時的に待つための部屋なので、広さそのものはあまりない。四畳半といったところだろうか。
「レイエンフィリア、申し訳ありません」
「何を謝るの。来訪者のことなんてわからないもの、気にしなくてもよくってよ」
「……ありがとうございます」
レイエンフィリアの右隣に腰掛けたキリルは、ペコリと頭を下げた。
真正面に座ったベンクは、興味深そうに周りを見回しながらアラドに声をかける。
「……それにしても、来訪者って誰なんでしょうね」
「来訪者、としか言われなかったから、見当もつかないな」
「殿下、心当たりありませんか?この時間はいつもこの人が来てるなー、みたいな」
「心当たり……うーん」
誰だろうか。
そう考えたと同時に、扉がノックされる。
「レイエンフィリア第3皇女殿下、王太子殿下からご伝言で、準備が整ったから来るように、とのことです。謁見の間にどうぞ」
「ええ、ありがとう」
「失礼いたします」
足音が遠のくと、廊下に出て、改めて扉の前に立つ。
衛兵に目配せをして、扉をノックさせる。
「レイエンフィリア第3皇女殿下です」
「通しなさい」
「はっ。殿下、どうぞ」
衛兵が開けた扉をくぐり、エイルワードに向けて首を垂れる。
「お兄様がお呼びだと伺いましたので、参上致しました」
「ああ。待たせて悪かったね。さ、お座り」
「失礼いたしますわ」
「護衛の2人はお下がり。アーネスト、君もだ。人払いを頼むよ」
「承知いたしました」
扉が閉まり、人の気配が消えた途端、エイルワードが溜息をついた。
「困ったことになったよ」
「困ったこと?」
「まずはお座り。お茶が冷めてしまう」
小さく一礼して、レイエンフィリアはキリルと共に席に着く。テーブルの上には、すでに2人分の紅茶が用意されていた。エイルワードの分の紅茶は、少し減っているように見える。
────お兄様が、数口しか紅茶に口をつけられないような来客者……?
「父上が来た」
「……お父様が?」
「ああ。君の殺戮行為が目に余る。話を聞ききたいから私も同席しろ、とね」
「…………」
目を見開いて、口を噤む。居た堪れなくなり、視線を外した。
「レイエンフィリア」
「……お互い、全てを話さないかい?口調も立場も全て捨てて、素の自分達で話そう。なぁ、キリル。君だって、薄々勘付いているんだろう?」
「……あくまで、なんとなく、です。確証はありませんが、そうなんだろうな、と」
「……?キリル、どういうこと?」
「…………」
キリルはレイエンフィリアに視線を向けず、エイルワードに視線を向け続けている。
助けが欲しくて、レイエンフィリアはエイルワードを縋るように見つめた。
「お兄様……」
「レイエンフィリア、腹を割って話そう」
「…………」
「人払いは済ませた。ここには僕たち3人しかいない。誰に聞かれる話でもないんだよ」
「……待ってください、お兄様」
「君を庇おう、レイエンフィリア。それを約束する。だから話してくれ」
「……そんな、まさか」
「レイエンフィリア、キリル。“君は何者なんだ”」
次回更新は明日、5月5日の12時です。
よろしくお願いいたします。




