表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結済】殺戮の皇女  作者: イチノセ
88/160

88  慟哭のカンタータ - 24

怖い。


分からないことが、怖い。




「マリン?どうしました?」


「ベンク、さん……」


「顔色、真っ青ですよ。えぇっと……アラド、呼びましょうか?」


「そ、れは……「呼んだか?ベンク」」




使用人控え室の扉を開けて、アラドが現れる。マリンの青い顔を見て顔を一瞬顰めてから、後ろ手に扉を閉めた。




「マリン」


「アラド……」




しゅんと俯いたマリンに歩み寄り、ベンクにアイコンタクトを送る。




────2人きりにしてくれ。




それを正しく受け取ったベンクは、肩を竦め、微笑みながら部屋を出ていった。きっと声は聞こえない程度の場所で、控え室とレイエンフィリアの寝室を見張っていてくれるだろう。




「マリン」


「……アラドっ!」




泣きそうな顔でマリンがアラドの胸に飛び込む。その細い肩は小刻みに震えていて、アラドはマリンを壊してしまわないよう、努めて優しく抱き締めた。




「……わたし、怖いんです」


「ああ」


「姫様が、別人みたいで」


「そんなことない」


「だって前まで、何でも私に話してくれたのに……」


「最近は話してくれない?それが嫌なのか?違うだろう?……ほら、吐き出して、全部。俺が聞くから」




確認するように目線を合わせたマリンは、アラドの瞳を見つめたまま呟く。




「お優しい方なの」


「ああ」


「お仕事で人を殺めた日は、1人で泣いてしまうような、弱い方なの」


「ああ」


「でも今はまるで、抜き身の刃みたい。触れただけで全てを切ってしまうような、ナイフみたい」


「君さえ?」


「私さえ」


「…………」


「何も聞かずに、身の回りのお世話をするのはいいの。それがメイドですもの。その、初めて、キ、ス、マークを、見た時は、ど、動揺しちゃったけれど……それでもね、動揺しちゃいけないのが仕事だもの。あれ以降は顔に出していないつもりよ、気がついても」


「そうだな」


「でも時々、背筋が冷たくなるの」




例えば、入浴の時。


レイエンフィリアに背を向けて、下着を棚に置いている時、ふと、後ろから視線を感じて振り返ったことがあった。


当然、レイエンフィリアはこちらを向いていない。気のせいかと視線を戻そうとすると、鏡越しのレイエンフィリアと目が合った。


獲物を前にした獣のような、今にも舌なめずりをしそうな、獰猛な目。


気付かないふりをして準備を整え、声をかければ、そこには普通のレイエンフィリアしか居なくなるけれど。




「そんなことが、何度もあって」


「…………役目から外れたい?」


「そんなことはないわ!私の役目だもの。他の誰にも……お母様にだって、あげないわ。でも……でもね、怖いの」




再び彼の胸に顔を埋めて、アラドの匂いを肺に取り込む。




────嗚呼、やっぱり、好き。




包み込んでくれるような、貴方の香り。とても落ち着くから、こうして話せるの。




「知らないフリ、見ないフリ、そんなのはメイドたるもの当たり前よ。口に出さないのもね。でも……!傷付きやすい姫様が、どうしてあんなに変わってしまったのか、わからなくて怖いの……!私がいない間に、何があったの?髪が短くなった理由は?冷たく笑うようになったのはいつから?」




何故?

何故?

何故?

何故?




「いったい、どうして……?」


「……わからない」




再び視線が絡み合う。

アラドの表情も苦しそうなものだった。




「俺も、わからない。正直に言うと、何も。わからないことばかりなんだ。でも、それでも……」




暗い表情だったアラドは、迷いを振り切りように目を閉じて、力強くマリンを見つめ直す。




「俺はあの時、殿下について行くと決めた。生半可な覚悟で、中途半端な俺が、それだけは決めたんだ。『この人を信じていこう』って。そして殿下は、そんな俺に応えてくれた。信じてくれた。なら俺は、俺を信じてくれた殿下を信じないといけない。それは部下の義務だ」


「アラド……」


「マリン、殿下が急に人が変わったようになって驚いているのはわかる。痛いほど、知ってる。君が悩んでいるのも知ってた。それを口に出せずにいるのも。でもマリン、君が信じた殿下は、別人になったのか?違うだろう。君は、君だけは彼女を信じ続けないと」


「……!」


「君まで殿下を信じられなくなったら。俺たちまで信じられなくなったら。本当の意味で、“あの2人”は孤立してしまう。それだけはダメだ。孤立させちゃいけない。ますます歯止めが効かなくなる。信じるんだ、全てを懸けて。いつか話してくれる時が来る、そう信じて」




いつになく真剣で、嗜めるような、言い聞かせるような、けれど、まるで自分にも向けて喋っているような。そんな雰囲気で紡ぐ彼の言葉に、圧倒される。




「俺たちで受け止めよう、俺も君を支えるから。そばにいるから。その悩みを共有しよう。俺もそうだよ、1人じゃないよって、言うから。だから、支えよう、信じよう、俺たちで。俺たちが信じた主を」




頷く。

涙がこぼれたけれど、気にせず。

だって、そう。信じてるから。




「ほら、1人で泣かないで」




貴方なら拭ってくれるって、知ってるから。

そして、こう言ってくれるの。




「『泣きたいなら、俺も一緒に泣くよ』」




痛みも悩みも、全て共有して。




────姫様、信じてます。心から。




私たちの全てを懸けて、貴方を支え、信じ、守ります。何があっても。だからいつか、私たちにも話してください。何があったのか。笑ったりなんかしない、疑ったりなんかしない。全て受け止めて、それでもお仕えしますから。


私も貴方も、境遇は同じ。

捨てられて、拾われて、ここまで来た者同士。


貴方は騎士団に、私はお母さんに。

拾われて、立場に迷って、そして、姫様に拾われた者同士。


だから、逃げない。

たった今、そう決めたの。

次回更新は明日、5月4日の12時です。


そろそろ息抜きの回が来るのですが、そこにたどり着くまでが長い……頑張ります!

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ