86 慟哭のカンタータ - 23
“ 彼”は“誰”だろう。
玲華を抱えながら、暁人の脳内を支配していたのはその疑問だった。
────殿下も俺のことを知っていた。養父さんから聞いたのか?それとも他の誰か?
自分の他にも、レイエンフィリアとして玲華が転生していた。養父として修二様がいた。なら他にもいたって不思議じゃない。
恨みを買って当然。そんな家だった。
というかむしろ──
────何人、来ているんだ?何人殺された?
知っているだけで、今のところ4人。
「ね、あきひと……」
「うん?」
「も、だいじょうぶ……だから」
「さっきから、瞳孔の開いた目で物欲しそうに俺のことを見てるのに?」
「や、そういう意味で見てたんじゃなくて……」
「わかってる。『殺したい』って思いながら見てたんだろ」
「……っ!」
「殺気も感じ取れないほど、未熟だと思うなよ玲華。こんなんでも【暁】だったんだ」
「ご、めんな、さい……」
「いいよ、ちょっと待ってろ」
そう言って、たった数歩。
するり、と。
玲華の手が、暁人の頬に伸びる。
何事かと目線を玲華に向ければ。
「……っ」
陶酔しきったような、蕩けきった甘い目。
「わたし………」
暁人の耳元に擦り寄るように、頬を寄せて。
「貴方を……」
それでもなお溢れ出る、殺気。
「……殺したい」
今すぐにその喉笛に噛みつきたい。
そんな気配さえ感じさせるほどの、殺気。
「ちょっと待てって、言ってるのに」
苦笑いしながら言えば、切なそうな吐息と共に衝動を堪えるような表情に変わる。
「だって……」
目の前に、貴方がいるんだもの。
玲華の目が、光を失う。
焦点が合わなくなり、瞳孔が開き、口元に笑みが浮かぶ。
玲華の左手が、暁人の頬を撫でる。
冷たい指先が、輪郭を辿っていく。
「玲華、目を閉じて」
「……?」
「1分だけでいい。ちょっとルール違反な手で部屋に戻るから、それまで目を閉じていて」
「どんな?」
「空間転移」
魔術なんて使えないくせに。
そう玲華は思ったけれど、素直に目を閉じてみた。
体に感じた、暁人が歩くと同時に感じる振動は、たった4歩分。
「目を開けて」
その言葉と同時に目を開けば、そこには。
「ここ、私の……」
「そ、君の寝室への扉」
「どうして」
「イル・バガットに貰ったんだ。空間転移用の宝石」
一回きりだけど。
そう続ければ、少し正気に戻ったレイエンフィリアが呆然と扉を見ていた。
扉に向かって、声を掛ける。
「マリン、俺です。キリルです!」
しばらくして扉が開き、マリンが顔を覗かせる。
「お戻りですか」
「マリン、朝まで人払いを」
まず入るよう促したマリンに従い、室内に入る。
メイドのマリンにさえ、玲華は嬉しそうに殺気を向けたけれど、抱え直すふりをして意識を自分に向けさせた。
「マリン」
「ええ、失礼致します」
ベッドに玲華を座らせ、マリンの気配が去るまで待って、彼女に向き直る。
「メイドにまで殺気を向けないでください。マリンは鈍いから良かったですけど」
「だって……」
また、だ。
目から光が消える。
あっという間に、【悪魔】に飲まれてしまう。
────嗚呼、なんかもう、“面倒くさい”な。
暁人も暁人で、意図的に目から光を消す。
彼の纏う雰囲気が変わったことを、玲華は敏感に感じ取った。表情を固くし、少し、怯えたような目で暁人を見上げた。
「あ、暁人……?」
「流石、よく気付いたな」
その雰囲気は、“今の”玲華なら身近に感じてしまうもの。
「喰らい尽くせ、【アンリオーネ】」
「ひっ」
玲華が身を固くする。
逃げようと、ベッドに座ったまま後退る玲華を捕まえて、その首筋に甘く噛み付いた。
「ひぁ!」
暁人の中にいる【悪魔】が。
【なっ、お前っ!】
玲華の中で暴れる、【悪魔】の力さえ。
【やぁ、ガイネルン。お前のその衝動……とぉっても──】
──美味しそう、だね?
喰らい、尽くす。
「……ぁ、ぁ……」
じわりと滲む血液さえ、ゆっくりと味わうように舐め取って。
「れいか」
暁人はそっと、玲華をベッドに押し倒す。
彼の目もまた、欲に塗れている。
「【メイリア】、また頼めるか」
【ふふ、本領発揮?】
「【悪魔】にはならないよ。そういう契約だ」
【いいわ、だから貴方のこと、大好きなの】
【アンリオーネ】が、ガイネルンを喰らっている。その隙に。
玲華の意識が、思考が、【色欲】に塗れていく。1秒1秒、時間を経るごとに、玲華の身体は熱を帯び、瞳が蕩けていく。
【ガイネルン】に直接聞かせるように、暁人は玲華の耳元で囁く。
「【悪食の悪魔】の力を舐めるなよ、【憤怒】の力さえ、【アンリオーネ】からすれば立派な捕食対象だ」
「んぁっ!」
【悪魔】への囁きさえ、今の玲華には刺激が強くて。
「ははっ、真っ赤」
「だって……」
「さっきから『だって』ばっかりなの、気付いてるか?」
「誰のせい……」
「さて」
再び、耳元へ。
「俺かな」
笑みを深めてそう言い、耳朶に口付ける。
「ひゃあ!」
「耳、弱いな」
「っ〜〜〜〜!」
顔を真っ赤にして、口付けられた耳を手で隠すようにしながら、玲華は暁人を睨み付ける。
────全然、怖くないけど。
むしろ、可愛い。
【メイリア】の術に、自分までかかったみたいに、体温が上がっていく。
────嗚呼、逃れられない。
逃す気も、無い。
玲華に深く口付け、舌を絡ませながら、頭の片隅で思う。
【契約だ、少年。だが期待はするなよ、俺は喰う事にしか興味がない。そんな俺を満足させられるなら、力を貸してやる】
やっと、やっとだ。
君を満足させられた。
これでようやく、【悪魔】の力を借りられる。
次回更新は明日、5月2日の12:00です。
お楽しみに。




