84 慟哭のカンタータ - 21
水音がする。
狂うくらい甘くて、心地よくて、一度でも味わえばもっともっとと手を伸ばしそうになるくらい、深い快楽の音。
────嗚呼、もっと。
手を伸ばして触れたものに、縋り付く。
「玲華?」
ゆっくりと目を開ければ、思った以上に近くにあった顔に驚いた。
「あきひと……っ⁉︎」
掠れた声しか出なくて、ケホケホと咽せてしまう。喉が痛い。
「水、飲むか?」
こくこくと頷けば、甘い口づけが降ってくる。口を開けろと促されてゆっくり開けば、冷たい水が流れ込んでくる。
「飲めたなら風呂に行こう。その髪、ちゃんと洗ってやらないと。それに──」
耳元で囁かれた言葉に、甘い悲鳴をあげて玲華は顔を赤らめた。
「な、にを……」
「この状況でそれを聞くのか」
「でも、だって」
「いいから、行くぞ。マリンに見られたいならいいけど」
「……っ!!」
その言葉で、玲華の意識は周囲全体に行き渡った。
脱ぎ散らかされた大量の血塗れの服。血液がこびり着いてゴワゴワする銀の髪。
「え、まって。なに、コレ……」
「記憶は無いか」
「え、待ってよ。これ、私が、やったの?」
玲華の顔から血の気が引いていく。
それを見た暁人は、部屋が見えないように玲華の目の前に回り込み、口付ける。
「……っ」
「お前のせいじゃない」
「でもっ」
「【悪魔】と──ガイネルンと揉めていたんだろう?その間肉体を勝手に使われたんだ」
「そんな……」
「お前のせいじゃ無い」
もう一度、口付ける。
「揉み消しの算段はついてる。大丈夫だ。お前が壊れないうちに引き戻すために“こうした”んだから」
つぅ、と脚を撫で上げられ、玲華の体がびくりと反応する。
「壊れる前に引き戻せて、よかった」
「ガイネルンは」
「心に隙があれば、【悪魔】たちは手を伸ばしてくる。けど、ちゃんと満たされてしまえば、ほら、ちゃんと自我が保ててる」
そう言って、暁人は玲華の胸の中心に指を立てた。
「隙を見せないこと。戦いの場面でもそうだっただろう?」
────戦い。
苦しげに息を詰めて、玲華は俯いた。
うつむい、て──
「きゃあ!!」
裸の胸を、シーツを手繰り寄せて大急ぎで隠す。そんな姿を、暁人はケラケラと笑った。
「散々見たのに。今更だろ」
「……っぅ〜〜〜〜!」
笑みを深めて、暁人はシーツごと玲華を抱え上げた。
「まずは髪を洗って、ちゃんと手入れをしましょう。レイエンフィリア」
「っ」
「ほら、行くぞ」
耳元へキスと共に囁かれれば、レイエンフィリアに抵抗の意思は無くなった。
こうなった暁人──キリルは揺らがない。身を任せるほうがいいのだと、経験で知っていた。
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ひとり、恋をした。
美しい彼女に。
初めて彼女を見た時、雷に打たれたような衝撃が疾って。
目が離せなくなった。
心が躍った。
胸が高鳴った。
身体の全てに血が巡った。
異母兄妹だと聞いても落胆しないほど、心の全てを奪われていた。
皇帝の話は全て耳に、脳に入っている。
ただそれでも、目も意識も彼女から離れなかった。
綺麗。
可愛い。
美しい。
愛おしい。
触れたい。
手を繋ぎたい。
共に歩きたい。
その手に口付けたい。
微笑む顔が見たい。
彼女の唇に────
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暗い中目を覚ました。
「…………はぁ」
部屋の中は月明かりで照らされてはいるが、決して明るくはない。自分の白い腕も、高い天蓋もしっかりと見えるけえど、それでも、暗い。
────義理の妹への、恋。
深い愛の夢だった。
思春期真っ只中であろう、14歳の初夏。
彼は彼女に出会った。
周囲に言われるがまま、貴族との婚約を済ませたはずの彼の、本物の初恋だった。
────まぁ、今はその婚約者にちゃんと惚れちゃってるわけだけど。
無理な恋は諦め、彼女に少し似た婚約者に、ちゃんと恋をした。初恋じゃない、けれどそれがどうした。
“僕は”彼女を愛している。
「…………」
廊下に気配を感じて、神経を研ぎ澄ます。
足音が無い。
気配も薄い。
殺しのプロか?暗殺者か?
なんにせよ、いけない。
バサバサと、バルコニーの縁に1羽の鳥が止まる。
白くて、手乗り文鳥みたいに小さな鳥。
気配が近づく。
扉を睨んだ。
殺気は無い。
誰だ?
鳥は動かない。
呼吸が浅くなる。
通信魔術の掛かった宝石に手を伸ばす。
部屋に一つ以上、城にあるすべての部屋に設置されたこの石。
使用人だろうが、大臣だろうが、誰に知られることもなく言葉を交わせる。欠点は、多少でも魔術が使えなければ相手からの言葉が聞こえないこと。
けれど、得意であれ不得意であれ、魔術を一切使えない人間は城にいない。
そっと、宝石をベッドの中に引き込んだ。
と、同時に、部屋中に静かなノックの音が響きわたる。
「誰だ」
答える前に扉が開く。
「…………」
見えたのはまず、銀糸。
今はもう何も感じなくなった、美しい彼女。
深い愛。
それはまだある。
恋愛から、親愛に変わった初めての恋。
そんな、彼女が。
「……まったく、そんな格好で、こんな時間に男の部屋に来るものじゃないよ」
真っ白なネグリジェ姿で、扉の前に立っている。恥ずかしそうな、奥ゆかしい笑顔で。
「レイエンフィリア?」
次回更新は明日、4月30日、土曜日の12:00となります。
よろしくお願いします!




