82 慟哭のカンタータ - 19
「キリル、お前は知っているか?いや、知らないだろうな。知るはずもない」
「?なんですか?」
「お前、名前は何だ?」
「……は?……な、は?名前なんて、知ってるでしょう?」
「…………」
目の前の養父は何も言わない。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
そして一つの予感が脳内を駆け抜ける。
────バレて、いる?
「……貴方は、“どこまで”」
「かかったな」
「……っ⁉︎」
「お前、こちら側の人間だな」
「なっ」
「誰だ、“名を名乗れ”」
「いや、待ってください。貴方こそ、誰ですか!」
決死の覚悟で言い放つ。
九龍院の人間か、否か。
それで、こちらが名乗る名前が変わる。
九龍院を名乗るか、一般人っぽい名前でやり過ごすか。
答えを、待つ。
目の前の男が、立ち上がる。
「俺の名は九龍院 修二。『第十二部隊〈双魚〉』人員選抜部隊現隊長。キリル、名を名乗れ、これは十二大幹部の命である」
まず、跪いた。
考えるより先に、何よりもまず、先に。
そして、首を垂れた。
そうして、やっと。
「失礼、いたしました。じ、ぶん、は、次期当主候補、第6位。【暁】所属、九龍院 暁人、です。お久しぶり、です。修二様」
「……そう、か」
ゆっくりと椅子に腰掛けて、彼は項垂れた。
「お前が、来てしまったのか」
「修二様?」
「よりにもよって、お前が」
「なんの、話を」
「暁人」
「は、はい!」
「頼む、よく聞いてくれ。俺が今から言うことをよく聞け。そして、それをそのままレイエンフィリアに伝えるんだ」
「それは、はい。もちろん」
「いいか暁人。よく聞け」
この世界で“人を殺すことができるのは転生者だけ”だ。
「──は」
少しの時間、硬直する。
そして紙の束を投げ渡された。
「読め」
それは報告書だった。
それも、かなり奇妙な内容の。
「修二様、これは」
「それがこの世界の普通だ。この世界においては、“死”と言う概念がない。概念がないから、こうなる。死は現象ではなく、理解の域に及ばない奇怪なナニカでしかない」
「そ、んな」
「俺は既にメイリア妃を殺してしまった。故にウェリンターレから恨みを買った。“あの方”はレイエンフィリアの元側近を殺した。故にイーネルに恨まれレイエンフィリアが襲われた。なら、お前は?」
「……フェルガ・イーネルを」
「そうだな。お前はイーネルを殺した。ならばお前は誰に恨まれる?」
「……恨まれるような親族が?イーネルの一家は既に……」
「【憤怒の悪魔】だ。彼を敵に回した。これはまずいぞ」
「何故」
「レイエンフィリアはクルースを殺した。そして【色欲・強欲の悪魔】を手中に収めている」
「はい」
「人の身に、【悪魔】の力は過ぎたものだ。従えているとは言えど、それは変わりない。そこに、お前やレイエンフィリアを恨んでいる【悪魔】を強制的に従わせればどうなる」
予想もつかない。
それが正直な言葉だった。
新しい報告書の束が出てくる。
“かなりの厚みの”。
嫌な予感がする。
「……そ、れは」
「何だと思う?」
ゆっくりと近づき、報告書の内容を目で追う。
皇城内の大臣だったものの骸。
皇城内の使用人だったものの骸。
城壁付近の街に住むゴロツキだったものの骸。
城壁付近で盗みを働いていた女性だったものの骸。
その他、キリルが拘束されていた1ヶ月間で起こった不審な事件の報告書は5cmを越していた。
血の気が引く。
「今すぐレイエンフィリアの元へ行け。彼女を止めろ」
「まさか」
「彼女を壊すな。レイエンフィリアも転生者ってことはみんなわかってる」
「みんなって」
「それは言えない。お前が気付け。ただ一つ言えるのは、皇城のみんながレイエンフィリアを疑ってるってことだ」
「どうして」
「どうして?理由がいるか?普段命令に忠実で自己主張なんかしなかった第3皇女が、お前のためだけに議会に乗り込んで、王太子まで動かして議会を覆しておいて?」
「……っ」
「第3皇女はひどくお前に御執心なようだ」
「そんな、待ってください」
「ウェリンターレから恨まれている俺の義息を庇い続けるレイエンフィリアが、昔と違いすぎることくらいみんな気づいてる」
「修二様」
「フォローはしてやる。揉み消しも。だからレイエンフィリアを壊すな。それはお前の役目だ。彼女が誰なのか知ってるんだろう⁉︎」
「それはっ」
「彼女は誰だ、場合によっては盤面がさらに狂うぞ」
言うべきか否か。
キリルには選択権がない。
「彼女は、玲華、です。九龍院 玲華。美風様のご友人の」
「は」
硬直するのは、修二の番だった。
「待て、まずいぞ」
「えっ、何がですか」
「彼女が何で美風様のご友人で、彼女のそばにいつもいるのか知らないのか、お前は。暁人お前、美風様の監視役を仰せつかっていただろう、壮也様から」
「ええ、そうです。監視役で、玲華のことはずっと見ていて……」
「ならなんで気付かない⁉︎ただ同年代というだけの理由で壮也様が玲華を美風様のそばに置くものか!!選ばれただけの理由があるに決まっているだろう!」
「は、え……な」
「彼女は、玲華はな、“殺しの天才”だ。伊達に九龍院家の戦闘部隊隊長と副隊長の娘じゃない。彼女を構成する全てが九龍院なんだ。だから彼女は自分を嫌ってる。何処までも普通を彼女は求めているのに、周囲と才能がそれを許さない。殺しの結果を求められ、それに辟易し、九龍院を出て行ったのは知ってるだろう」
九龍院を出て料理の学校に行ったのは知っている。けれどそれが、その理由が、そんな……
「殺しの天才故に、自分を忌み嫌って、家を出たと?」
「そうだ、そしてそんな殺しの天才が今、レイエンフィリアを恨む【憤怒の悪魔】に取り憑かれて何をしている?」
キリルは報告書に目を落とす。
これは、既に──
──彼女が狂っている、結果では?
「今すぐ行け。彼女の元に。謹慎が解けてすぐにここへ来たんだろう」
「は、い」
「キリル、いいか?クルースは悪魔に囚われたメイリアを手元に呼び戻すために悪魔と手を組んだ。そんなメイリアが悪魔に堕ちたのは王太子妃、レチータが原因だ。寵愛を受けているのが憎いってな」
「…………」
「イーネルは家族を殺された恨みで悪魔と手を組んだ。全員、自らの意思で手を組んでる」
「何が言いたいんです?」
「奴らは甘言で誘い込んでくる。その手を取らせるな。【憤怒の悪魔】がレイエンフィリアに手を伸ばしてるのはイーネルを殺された怒りからだ。決して善意じゃない。奴の手を取らせるな。連中の欲は底なし沼と変わらない。悪魔の欲からレイエンフィリアを“掬い上げろ”」
「もちろんです」
キリルは執務室を飛び出して走った。
走って、走って、そして、目の端に映ったものを確認して足を止める。
息を呑むって、こういうことか。
それを実感した。
「玲華……!!」
また走り出す。
城壁についた異様な血痕。
足跡のようなものと、手の跡のようなもの。
嗚呼、嗚呼。
どうか、間に合って欲しいと。
そう願いながらレイエンフィリアの私室の扉を開ける。
「レイエっ……」
言葉を止めて気配を探った。そしてまず鼻が反応する。
血の香り。
隣の部屋から臭う、鉄の香り。
生唾を飲みながら、隣の部屋へ。
嗚呼。
レイエンフィリア。
「レイエンフィリア」
努めて甘い声を出せば。
美しくて、優しくて、蕩けるような甘い瞳で、彼女が振り返る。
「…………、……?」
はず、なのに。
次回更新は4/17、12:00です。
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