08 邂逅のプレルーディオ - 06
レイエンフィリアが歩けば、廊下を歩いていたメイドや衛兵は壁際、あるいは柱付近に寄って頭を下げる。
父が部隊長だったというだけあって、その娘である玲華も、見ず知らずの人間から頭を下げられるのは多少慣れていた。
九龍院家には、いつからかそういった暗黙の了解がある。おそらくだが、『アルディ』である父親への間接的な敬意だろう。おそらくだが!
レイエンフィリアは意気揚々と王城内を進んでいく。
「あら?そう言えば」
「どうかなさいましたか?」
「えぇ。貴方よ、貴方」
黒髪君を扇で指し示しながら言うと、えっ、と言う表情で黒髪君は自分を指差した。
「……自分ですか?」
「そうよ。隣の騎士のことは、さっき貴方が『アラド』って呼んでいたからわかったけれど、貴方の名前を聞いていないわ」
「し、失礼しました!名乗るべきなのかよくわからず……!」
「あら、どうして?」
「自分が殿下の護衛につくのは今日限りですので、名前を名乗るのは殿下への、自分の誇示に見えてしまわないかと」
────そうか、身分に違いがあると、そう言う風にみられないか気にするのね。いわゆる自分アピールに見られないか不安だったわけだ。
「アピールに見えようが見えまいが、名前を教えて頂戴。私、貴方の名前が知りたいの」
「はい、自分は『ベンク・ライフェール』と申します」
「ベンクね、覚えたわ。貴方の名はアラドで合っているのでしょう?」
今度は赤茶色の髪を持つ、ベンクにアラドと呼ばれた男に視線を向ける。
「は。自分は『アラド・クラメンディーレ』です。自ら名乗らなかった無礼をお許しください」
「構わなくってよ。アラド、ベンク。二人とも、名乗ってくれてありがとう」
さ、行きましょう。そう言ってレイエンフィリアは歩き出す。
目的はただ一つ、この王城の警備の配置や割り振り──いわゆるシフト──を管理してる部隊『第17部隊 星』の部隊長の部屋だ。
後方に控えるのは三人の騎士。
レイエンフィリアの今日の護衛の騎士、アラドとベンク、そして見習い騎士のフェルガ・イーネルだ。
扉の前に立つ二人の衛兵に微笑むと、二人は軽く会釈をして、レイエンフィリアの代わりに扉をノックする。
「誰か」
扉の向こうから、おそらくラ・ステッラの側近と思われる男の声がした。
側近が二人いるのはわかるが、自分が直に見聞きした記憶ではないため、声と容姿が微妙に一致していないのである。
レイエンフィリアから見て、右手にいる衛兵が答える。
「第3皇女、レイエンフィリア・グレイ ・レイヴヴィヴァーニア様です!」
「皇女が!?通せ」
今度の声はラ・ステッラ本人のものだった。驚きを隠せないようで、レイエンフィリアの名を聞いた途端、室内からガタン!と大きな音がした。ついでに、紙が床に落ちるバサバサッ、という音も。
「アラド、ベンク。二人はここで待っていて。イーネル、行きましょう」
「はっ、はいっ!」
「そんなにガチガチにならなくてもいいのよ?ほら、深呼吸して。顔が青いわ」
「はい……」
すーはー、とイーネルが深呼吸しているのを横目に見ているレイエンフィリアの後方から、
「ぐっ……」
と言う呻き声が聞こえた。
驚いてレイエンフィリアが振り返ると、そこには左の脇腹を抑えるアラドと、平然と左隣にいるベンクの姿があった。アラドは苦しそうに脇腹を押さえながら、かなり鋭い眼光でベンクを睨んでいる。
「えっ、アラド、どうしたの……!?」
「こいつのことならお気になさらず。さ、ラ・ステッラがお待ちですよ。イーネルもそろそろ落ち着いてきたようですし、お部屋に入られては?」
「そ、そう…ね」
訝しげ、と言うより、どうしたのかしら?といった表情でレイエンフィリアは二人を見ていたが、ベンクに深読みを許さない笑顔を向けられ、イーネルに視線を移す。
「もう大丈夫よね?さ、行きましょう」
衛兵に向き直り、軽く頷く。それを見た衛兵は、相当仕込まれたのであろうブレのない仕草で扉を開ける。
レイエンフィリアは改めて姿勢を正し、中に足を踏み入れた。




