73 慟哭のカンタータ - 12
おそらくベンクの術によって、キリルのいる3号館の客室の扉全てが開かれてすぐ。
探知が使い物にならなくなり、キリルはイライラを募らせていた。
「クソ!なんなんだ!なんで宝石が使えない⁉︎」
イーネルとやらを惑わせるために、空間転移を使ったが、それがかえって仇となってしまった。
「と言うかそもそも誰だフェルガ・イーネルって!!」
キリルは件の時にはいなかったので、フェルガ・イーネルと言われても全くわからない。
とにかく厄介な男だということは、レイエンフィリアやアラド、ベンクの表情で察しがついた。
虐められていた見習い騎士、を、演じていた。むしろ手を上げていたのはイーネルの方。
「証拠作りに自分の骨折るって、アホだろ!」
その時。
「きゃぁぁぁあぁあああ!!」
「玲華!!」
声がしたのはキリルのはるか後方。何枚ものドアの向こうのどれか。
「ああもう!!」
防火のために被ってきた水が滴る体を翻して、キリルはまた走り出した。
「どこだ!玲華!!」
もう躊躇いなんて振り切って、轟々と燃える炎に飛び込んでいく。チリチリと髪が燃える。でももうそんなのはどうだっていい。
視界を塞ぐ煙を掻い潜り、一枚一枚の扉を確認し、やっとの思いで、そこにたどり着く。
「玲華!!……っ」
ドアからメインルームに続く廊下のような場所。そこには、銀色の髪が一房、いまだに燃えながら落ちていた。
メインルームに飛び込み、燃え移った上着を脱ぎ捨て、自分もチリチリと燃え続ける髪を小型のナイフで切り捨てる。ベッドルームに続く扉を蹴り開けると、左腕で首を拘束されたレイエンフィリアの姿が目に入った。
レイエンフィリアを拘束する男は、室内に入ってきたキリルに驚くことはなく、ナイフを向けていた。
「お前がフェルガ・イーネルか」
「誰だ、お前」
「殿下の側近、キリルザードだ。殿下を解放しろ」
「断る。思い知らせてやるんだ、殺された兄さんと同じ目に遭わせてやる!」
「殺された兄さん?」
キリルは眉を顰めた。イーネルなんて名前に、当然心当たりはない。
「っ、わかってるわ、貴方、キリルの、前の側近、ヒューゴの弟でしょう」
「ヒューゴ……ヒューゴ・アンバースの弟か」
「そうだ、犯罪者扱いされ、国を追い出されて、名前も容姿も無理やり変えて戻ってきたんだ。なんの罪もない、ただ、お前を守りきれなかったって言う理由だけで処刑された兄さんと同じ目に、お前も遭わせてやる」
「おい待て、それは違う!」
「違うものか!追っ手によって父さんも母さんも死んだんだ!」
「馬鹿!話を聞け!」
「お前も!この業火の中で首を掻き切って殺してやる!」
「レイエンフィリア!記憶を無理やり見せてやれないのか!」
「この体勢じゃ無理!!」
────じゃあなんだ?俺の説得に全てはかかってるって?冗談じゃない。
けれど、やらないと言う選択肢は一切なかった。
「お前、自分の家族がとんでもないことやらかしてたって知らないのか」
「とんでもないこと?」
「ドラゴン殺しだ」
宝石が産出されるこの国の山にはドラゴンが住む。一部のドラゴンは空中騎士団が指揮し、それ以外には自然のまま手を出さないよう、法によって定められている。
しかし、ドラゴンが生息しない国からしたら、大金を払ってでもドラゴンの体の一部を求める裏行商人もいる。
「お前の一家は、国が総力を上げて保護しているドラゴンを何体も殺して国外へ売っていたんだ。皇城に仕える者として忍び込み、その生業をこなしていた」
「はぁ?」
「知らなかったのか?」
「知らない、知らない!そんなわけない!そんなことをあの人たちがしているわけがない!」
「ならもっと言ってやるさ。処刑を決めたのはエイルワード殿下であって、レイエンフィリア殿下が決めたわけじゃない!」
「う、嘘をつけ!」
「嘘じゃない!ヒューゴが処刑された時、私はまだ昏睡状態のようなものだった!処刑を命じてもいないし、承認もしていない!」
「ちがう!!」
「現実を見なさい!たかが私の暴走を止められなかった程度で、処刑なんかされるわけない、でしょ!!!」
そう言った途端、レイエンフィリアは首を締め上げるイーネルの鳩尾に肘を勢いよく入れた。
「ぐっ!」
「キリル拘束!!」
「うっ、ぐ、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その声と共に、キリルとレイエンフィリアの体はベッドルームから弾き飛ばされた。メインルームの壁に思い切り叩きつけられる。
「ぐぁっ!」
「っあぁ!」
ばたりと床に倒れ込んで、2人とも意識を失った。
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「ベンク、しっかりしろベンク!!」
突如開け放たれた扉。その全てに殿下の姿はなかった。アラドは正直、殿下よりも親友の安否が気になって仕方なかった。
何か膨大な宝石魔術を使って以来、糸の切れた人形のように倒れてしまったベンク。一向に意識は戻ってこず、声を掛けるごとに焼け爛れたように喉が熱くなる。
「とにかく、外に……!」
階下は既に炎に包まれているだろう。逃げる算段を立てるしかない。
とりあえず近場の部屋に入り、バスルームの水を頭から被った。これで少しはマシだと信じて。ベンクの鼻と口を塞いで、彼にも掛ける。
水が滴るほどになったのを確認して、ベンクを背負い、大きく息を吸う。
ここからはスピード勝負だ。行くしかない。ぐったりとしたベンクと、水を含んだ2人分の護衛騎士の服は重い。
それでもアラドは、吸い込んだ空気を肺に溜め、息を止めて部屋を飛び出した。
本日で、年末年始の連続投稿は終了となります。
ものすごくタイミングの悪い終了となり申し訳ないです。
が
明日は通常通りの更新となりますので結局更新します。はい、更新します!
火事の中、煙が揺蕩う建物の中でこんなふうに話すことはできないと思いますが、まぁ、そこはフィクションということでお願いします。作者もわかってます。ごめんなさい。
次回更新は明日、1/9の12:00となります。
宜しくお願いします!




